2.奇跡の杖

2007年12月28日 (金)

奇跡の杖(最終回)

奇跡の杖



忘れる・・・ことの大切さ


嫌なこと、苦しいこと、辛いこと、

悔しいこと、憂鬱なことなどは、

完全に忘れてしまうこと。

理性や理屈で考えれば考えるほど、心がそのことに
捕らわれ独占されることになる。

心が独占されると、感情は乱れ、食べられなくなり、
動けなく
なる。


やがて病気となってしまう。

これは、霊長類にあって、人間特有の脳の働きのようで、
猿は自分の子供が死んだ悲しさをすぐに忘れて、次の行動に移る。

人間はとかく後ろ向きに考えるのが得意な生き物で、
心が独占され、毒されてしまうと、死に至ることもある。


好きなこと、得意なことなどに熱中し、

出来る限り嫌なことから離れて、

忘れてしまうこと。



取り越し苦労退治


取り越し苦労ほど厄介なものはない。


自らが自分自身の中に、わざわざ最大の敵を作っている
からに他ならない。

この厄介者の退治には、自らが作り出した仮想、
それが取り越し苦労そのものなのだと気づくことが、
追い出す秘訣。


他ならぬ私の場合も、この厄介者の退治には、
十七年もの長い年月を要した。


何事にも精一杯努力して、もう大丈夫だと自信満々に
なっていても、大きな問題に直面したときには、
先々がどんどん不安になり、取り越し苦労はますます
増長する一方だった。


人間誰しも、取り越し苦労は、当たり前の感情だと
思っていたそんなあるとき、とある著名な経営者から
言われた言葉に、目からうろこが落ちた。


その経営者曰く、「俺は取り越し苦労は絶対にしない。
お前との違いはそれだけだ」と。

はっとして気づく。その経営者も一人の人間のはず。
自分には取り越し苦労があって、彼には無い・・・
ということは、即ち「心を不安にしているのは、
自分自身」じゃないのかということに。


今の私は、こんな心境になっている。

「心悩ますな。天に任せよう」と。


つまり、取り越し苦労は存在しえない。
自分が勝手に悪い想像をした結果に過ぎない。


このように、「想像力」とは、悪く使ってもものすごい力で、
心を不安に陥れてしまう「力」がある。


コツ集


「信じて疑わない強い心」が、

一番奇跡を起こしやすい。

「できると信じきってしまう心」が、

願望を叶える「力」

「疑いや不安」があると、願いは

決して叶わない。

「素直な気持ち」で、願望が叶った

ときのことを「想像」する。


もともとあなたの力は、無限なのだ。





自分の「心」は自分でコントロール

する以外に道はありません。




あるがままに、現実を受け入れ、

執着を無くし、

自分よがりな感情を無くす。

そのときこの上ない静寂と

平和が心に宿る。

邪気の無いその心に、

不思議な「力」が湧いてきて、

新しい世界が見えてくる。

奇跡の杖

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2007年12月19日 (水)

奇跡の杖(7)

奇跡の杖

想像力で叶える

好きなことや得意なことを想像してみること。

もの造りなら、完成した姿をはっきりと想像する。


願い事なら、叶ったときの状態を、楽しく想像する。


仕事の願いなら、うまくいった最高のカタチを想像する。


あなたが叶えたいと願うことを自由に書いてみよう。








願望の叶え方


出来ると信じきってしまう心を持つこと。


願望を叶える力は心にある。

疑いや不安があると、決して願いは叶わない。

疑いや不安は一切考えてはならない。

私は、二十年前に取材で将来の夢を聞かれ、
「必ず自分たちで一から車を造る」と信じて
疑わない気持ちで答えた。

それから十年後、取材で答えた内容と程近い
形で、車造りを成し遂げ、発表することになる。

取材当時は何の根拠も計画すらも、まったく
無かったのに。

しかし、空想の中では毎日この車を走らせていた。


今までの自分を振り返って見て、思いがけない
出来事、願望が叶ったようなこと、あるいは、
奇跡のような出来事があれば、思ったまま
書いてみよう。

奇跡の杖

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2007年12月12日 (水)

奇跡の杖(6)

奇跡の杖

日々の実践

①「明るく元気にいきいきと、感謝の心で今日一日」
と朝起きたら必ず心の中で唱え、昼と夜を合わせて、
日中三回唱えて習慣にすること。

私の職場では、毎朝の朝礼で、全員で唱和している。
とかく人間は、ほって置くと悲観的になり、元気がなくなる。
意識して心を前向きにするこの習慣を使えば、全ての
道が開け、すばらしい人生が目前に開ける。

②意識して明るく前向きな「言葉」で話すこと。

後ろ向きで消極的な言葉を絶対に使ってはいけない。
私は、メールや書き物の場合にでも、実践している。
言葉には、※「言霊」と言われるように、魂がこめられている。
だから心に残るのだ。

知らず知らずのうちに、後ろ向きの言葉を使っていると、
長い年月の中で、心はやがて消極的になってしまう。
「苦しい」「面白くない」「もうだめだ」「やる気がない」「嫌い」
「憎い」「情けない」などなど

二度と使わないと誓うくらい、決心することが大切である。

人生にとって、心の使い方ほどシンプルで大事なものはない。

家族、友人、恋人、仕事、夢、食事、健康など、これらは
どれをとっても大切に違いないが、これらを思う中心軸に、
心がある。

心は思い、心は考え、心が行動を決めていく。

後ろ向きの心は、自信のない行動に現れ、考え方も
後ろ向きになる一方になってしまう。

明るく前向きな言葉を使い、意識して心を
前向きに使えば、自信に満ちた行動に跳ね返り、
積極的で想像力に溢れた、好循環の中に身を置く
ことができる。

※言霊(ことだま)

古来より言葉には霊力が宿るとされる。良い言葉を
発すると良いことが起こり、悪い言葉を発すると凶事が
起こるとされた。

奇跡の杖

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2007年12月 5日 (水)

奇跡の杖(5)

奇跡の杖

宇宙の力

以前に何かの本で読んだ記憶だが、ロボット
学者が一番多いのは日本だそうだ。


それは、日本のロボット学者達の子供時代、
手塚治虫の鉄腕アトムに興味を掻き立てられ、
想像力を膨らませたことに起因していると、
日本のロボット学者本人達が、次々語った
そうである。


私自身にあてはめてもまったく同じで、
子供時代にスロットレーシングと呼ばれた
おもちゃのミニカーに夢を馳せ、本物が
見たい→乗りたい→手に入れたい→造りたい
と、次第に夢が膨らみ、三十年以上の年月を
かけて、これらを全て現実のものとした。


心をプラス思考に、想像力を膨らませ
続けた結果、次々と想像したとおりに
実現していった。


また、他の事でも、積極的に強く想像した
ことは、これまでの人生において、全て
実現してきたと思う。


私は、成功した人や秀でた人達と親しくなる
につけ、みな同様の心の使い方をしている
ことを知った。


心を前向きに使い、想像力を高めることが
できれば、誰にでも同じようにできる・・・

言い換えると


「意識して前向きに生きる習慣を身に付けた
人ほど、豊かで幸せに暮らしている」という
ことである。


想像力は無限だ。宇宙の力も無限だ。
全ての生命の根源となる宇宙の「力」の中に
地球があり、この地球の中に私たちは存在
している。


だから私達は、宇宙の力の中に存在している
ということだ。


宇宙の力は無限大、想像力も無限大、このこと
に気づき、無限の想像力で、宇宙の無限の力と
同化させ、すべての願いを叶えることができるのだ。

奇跡の杖

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2007年11月28日 (水)

奇跡の杖(4)

奇跡の杖

想像は全てを創るエネルギー

私のように、良くない環境で、やる気もなかった少年が、
今までの自分をリセットし、変身していくさまはなんとも痛快である。

マイナスなことは、プラスへの転換のステップだと思う。

まともな就職ができないというマイナスの境遇が、
二十三歳という若さで、大好きな車の会社を設立する
という、プラスの境遇へと置き換わったのだ。

もし有利な就職ができていれば、おそらくは辞めずに
勤めていたことだろう・・・。

しかし、好きな車に触れていたかどうかは分からず、
この素晴らしい自動車メーカーの社長経験も知らないまま、
全ては今と違った人生になっていたはずだ。
満たされた<環境には、実は想像力を乏しくしてしまうおそれが
あると意識しておくことが大切である。

想像力は、人間のみが持つ、最大かつ最高のエネルギー。
地球にある自然が創り出したもの以外は、その全て人間が持つ
想像力によって、創られたもの以外は一切ない。
車も家もビルも、電話も電気も、トイレもトイレットペーパーも・・・

だから、人間にとって想像力はもっとも高貴で大切なものであり、
この上なく素晴らしいものなのである。
想像力が、文明や経済や文化、そして地球上の全てを発展させ、
一方で、地球環境を破壊している現状には、ことのほか悲しみを感じる。

今後ますます、心を清く正しくして、美しく想像することが人間に
求められ、ますます重要なことになっていくに違いない。人生を
素晴らしいものにするもしないも、想像力の正しい使い方が最も
重要だといえる。

だから今、つまらないと感じている人にも、チャンスは無限に広がっている。

奇跡の杖

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2007年11月21日 (水)

奇跡の杖(3)

奇跡の杖

車との出会い、そして独立

中学三年になったとき、私の住む京都に初めて
ミニカーの室内サーキットができた。そこで見た
幻のスーパーカー達。寝ては夢見、起きてはうつつ
幻で、強烈に潜在意識にインプットされることに。

この想いこそが、人生の半分を決定付ける事に
なるのだ。十八歳の時、就職を希望するが、両親が
ないがゆえに、すべてダメ。悔し涙が・・・。

それから、不利な条件で、どうにかこうにか自動車
ディーラーに勤める。しかし断然安い給与。反面、
条件の良い社員連中は、決められた仕事を淡々と
こなすだけで務まった時代である。

自分の車への情熱、技術力、知識、能力のいずれを
比較してみても、はるかに高いと見て取った私は、
潜在意識か※アラヤ識、思い続けてきた自動車の
販売会社を、二十三歳の時に設立独立する。

それからも不思議なことが続く。保証人のない身の上
から、当時の銀行などはみな門前払いだが、なんと
店舗の目の前に国金(国民生活金融公庫)が。

足しげく通い、とうとう六十万円を借り出し、わずかな
手持ちと合わせて開業資金とする。

その後、三十五年間は、「夢を追い求め、挑戦すること」を
合言葉に、快進撃を続けて行った。その間、想像と空想が
私に寄り添い、その通りに現実になっていったのである。

※アラヤ識 (阿頼耶識) 仏教用語。心の真相部の教義。
 一切の存在は、自己の阿頼耶識より作り出されたもの
 と説かれる

奇跡の杖

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2007年11月14日 (水)

奇跡の杖(2)

手帳・奇跡の杖

人生は蘇る

●願っていることが思うように叶わない人
●もっと成長したいと思っている人
●夢がもてない人
●辛いことや苦しいことばかりの人
●誰も頼る人がいない人
●体が弱い人
●意志が弱い人
●やる気が湧いてこない人・・・などなど

この「奇跡の杖」で人生は必ず蘇る。なぜなら、
それらの姿は、四十年前の私自身でもあるのだ。

今までの人生がつまらないと思うなら、
今までの心の感じ方や使い方をリセットして、
素直な気持ちで読んでほしい。

素直な気持ちで接すれば接するほど、
不思議なことがどんどん起きてくる。

奇跡に近いようなことでさえ、身の周りに起きてくる。
何より、幸せで優しい気持ちが、自分の心の中に
充満するに違いない。


実践の証



三歳で戸籍筆頭者


私は三歳で父と死別。母とも同年に生別し、
天涯孤独の身に・・・
つまり、三歳の幼児にして、戸籍筆頭者に
なってしまった。あまりに幼すぎたがゆえ、
家族との思い出すらない。

その後は幸いにも、叔母に育てられたが・・・

しかし、小、中、高校と、子供ながらに戸籍筆頭者
という生徒は他になく、いずれの学校でも、始まって
以来のことで、担任の教師は皆、私が将来就職する
ことは不可能であろうと心配してくれた。



夢を叶える原動力

この心配は後に、現実のものとなる。
しかしこのことが、若くして独立する原動力となり、
結果としては大正解で、自らの境遇に感謝する
に余りある結果となったのである。

思春期の頃は、それこそ他人と違うこの境遇で、
何もかもが無い無尽くしの状態。

満たされない日々。

こんな折、私を満たしてくれたのは想像と空想である。
想像と空想は、私の大の得意技となった。

実は、この想像と空想こそが、後に、私のすべての
夢を叶える原動力になるのである。



チビの奇跡

中学一年の終わり頃、初めて恋をした。
当然?のごとく、ふられた。チビは嫌いだと。
このとき、得意の想像力で、背が高くて強くて
逞しい男になっている自分の姿を空想し、
そして念じた。

「絶対になってやる」と。

当時の私は本当に背は低く、体も細く、栄養失調気味で
元気のない少年であった。
ところが、中学二年になってすぐに、不思議なことに
通学路でバレー部の先輩に声を掛けられ、入部を
勧められた。
このチビでヒョロの自分に?
これはチャンス。当然ながらバレー部に入部した。
この一年で、十四センチも身長は伸び、五十人のクラスの
中で、真ん中より後方になったのである。

それだけではない。一日も休まなかった練習によって、
細い体は逞しく、そして、日に焼けて元気な男の子に変身!

厳しい練習はお腹を空かせ、よく食べるといった好循環で、
栄養失調ともおさらばとなった。

手帳・奇跡の杖

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2007年11月 5日 (月)

奇跡の杖(1)

はじめに

Diaryこの「奇跡の杖」の手帳は、私が実社会を生き抜いて
来た中で、あらゆる分野で一芸に秀でた人、また、
成功を収めた人々から忠告を受けたこと、さらに、
心に深く残った書物の一行などを書きとめて、
私自らが実践し続けてきたことを記している。

まさに、私にとっての実践の「書」である。

四十年の間に、消したり加えたりを繰り返し、結果として
手帳というサイズになり、肌身離さず人生の羅針盤として、
私を支え続けてくれた宝物なのだ。

つまずいたとき・・・落ち込んだとき・・・迷ったとき・・・
常に心のコンパスとなって、いつも元気をくれた手帳である。

繰り返し、繰り返し読むことによって、いまや自分の
心と完全に同化し、「前向きな自分」「夢のある自分」
「健康な自分」へと導いてくれた、私の至極の宝物である。

高いハードルを越える・・・難しいチャレンジを達成する・・・
このようなこともすべてこの一冊が叶えてくれた。

私はある確信に至り、この手帳は自分だけのものとせず、
世の中の人々にご活用頂きたいと考えるようになった
次第である。

あなたがこの杖を常に傍らにおき、人生を歩く支えとするうちに、
やがてあなたはすばらしい奇跡に出合うことになるだろう。

Diary_4

Tomitawalk

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追記:明後日11月7日、信州大学の招きにより、講演をすることになった。
詳細はこちらへ

午後6時からの講演なので、お近くの方は是非!

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