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2019年10月

2019年10月28日 (月)

車お宝話(518)自動車メーカーになった男 11話

Yoshikazu Tomita (No.11)

自動車メーカーになった男──想像力が全ての夢を叶えてくれる。第11回

前回までのあらすじ──当時はまだ珍しかったチューニングカービジネスに乗り出したトミタオート。AMGの総代理店となった富田が次に目をつけたのはBMWをベースに使うハルトゲだった。そして、富田が暖めていた野望は、日本車をベースとしたオリジナルコンプリートカーを造ることである。“改造車”=暴走族御用達というイメージだった時代に、それは無謀な挑戦にもみえた……。

当時六本木のカローラと呼ばれ、若者に絶大な人気を誇っていたBMW。そんなBMWのチューニングカーが、ホットスポットであるマハラジャで展示されていたのだから、いやでも注目を集めた。

AMGからハルトゲへ

AMGと契約して2、3年が経ったころ、東京のとある会社が「AMGの商標登録をしたから使うな」、と突然言ってきた。商標登録することなど、富田の意識になかったのだ。そこで富田はAMGを諦め、違うブランドを探し始める。そうして見つけたのがBMWベースのチューニングカーを作っていたハルトゲだった。

こんどはぬかりがなかった。商標登録はもちろん、株式会社ハルトゲジャパンを設立し、輸入代理店として本格的な活動体制を整えたのだ。この頃、後にオリジナルカー開発において重要な役割を果たすエンジニアの解良喜久雄がトミタオートに合流している。国産F1マシン「KE007」のメカニックを担当した人物だった。

AMGとのビジネスはまだ実験的なものだった。パーツのみを輸入してユーザー向けに組み付けることが主だったのだ。ハルトゲではそれをもう一歩、発展させたいと富田は考えた。アルピーヌA108を見て「これなら造れる!」と思った頃の怖いもの知らずの気概が、当時の富田にはまだあった。

AMGに続きハルトゲでもブランディングにこだわったのは、富田がブランドこそが最大の資産だと感じていたから。富田は今もこの学びを講演などでの大きな柱にしているという。

ハルトゲジャパンとマハラジャ

誰も知らない、もちろん富田さえも知らなかったハルトゲブランド。日本中のクルマ好きに認知してもらうべく富田が取った戦略もまた、当時の輸入車販売業界では異例のことだった。

1984年のこと、社会現象となっていたディスコ“マハラジャ”でハルトゲブランドの発表会を行ったのだ。ハルトゲというブランドを披露しただけじゃない。BMW635CSiをベースとしたグループAマシンで日本のツーリングカー選手権に参戦することも発表した。その日、マハラジャは“ハルトゲの日”となり、多数の有名人が駆けつけ、またテレビや新聞など多くのメディアに取り上げられて、ハルトゲは瞬時にして日本中のクルマ好きに知れ渡ったのだった。

その後もハルトゲはマハラジャに展示された。マハラジャが全国展開すると、ハルトゲも帯同し、知名度は益々上がっていく。BMWベースのチューニングカーであるという認知も広がった。マハラジャとハルトゲのコラボレーションステッカーが人気を呼ぶなど、ハルトゲの“眠らない”マハラジャ・ショールームもまたひとつの社会現象となっていた。

全日本ツーリングカー選手権を制す

クルマ好きの間でハルトゲという名前がいっきに浸透した理由は、なにもマハラジャで飾っていたからだけではなかった。そのパフォーマンスもまた、クルマ好きを魅了したのだ。

1985年に始まった全日本ツーリングカー選手権グループAにおいて、ハルトゲBMW635CSiが見事に年間チャンピオンに輝いたのだった。けれどもこの実績が後に自分を苦しめることになろうとは、夢にも思わなかった。

マハラジャのスタッフが着用していた赤いコスチューム。イベントの際も大々的にコラボしてマハラジャ×ハルトゲの世界観を打ち出した。

マハラジャとコラボレーションすることで、チューニングカーの世界をそれまでになくオシャレで華やかなものとして演出してみせた富田だったが、その一方で、パフォーマンスにはこだわり続けていた。

ディスコとサーキット。硬軟織り交ぜた富田の戦略は、後のラクシャリーとパフォーマンス、ソフトとハードを融合したマーケティングの先鞭をつけるものだったのだ。

やっぱり自分で造りたい

しょせん、人が造ったブランド。AMGとハルトゲを日本に紹介した富田だったが、常にそんな思いがくすぶっていた。もちろん、いつかは日本車をベースにやってみたいという思いもあったのだが、輸入車販売が本業という立ち位置は変わっておらず、FAIA(外国自動車輸入協同組合、主に並行輸入業者の集まり)の企画委員長を務めるなど、多忙を極めていた。

ある日、FAIAの会議で東京へ出張していた富田に京都のオフィスから連絡が入った。東京から日産自動車の人間が数名突然やってきて「社長に会いたい」と言っているらしい。帰りは明日だと伝えたが、それなら「明日まで待っている」、という。

サイドにあしらわれたストライプは、のちのトミーカイラブランドにも通じるデザイン。国産チューニングカーへとファンを自然と流入させるためにこのような戦略をとった。

いったい大メーカーの日産が自分に何の用があるのだろう?全く心当たりもないまま、富田は用事を切り上げて京都へトンボ帰りすることに。急いで戻ってみれば、オフィスに伝言があった。円山公園に近い有名料亭で待っているという。

料亭の部屋に入ってみれば、そこには10名近くの関係者が待っていた。その中に富田が最も世話になった人物の顔を見つけて、富田はただ事ではないと知る。

次回予告

富田の元へと突如現れた日産自動車のシークレット部隊。富田の親友であり、兄貴分であり、師匠でもあった人間が日産のトップと話をつけて始まった物語だった。夢でもあった日本車ベースのチューニングカービジネスがひょんなところから始まろうとしていた。日産という大企業の懐に飛び込んだ富田。すべてが順調に進んでいたかに見えたが、そこに立ちふさがったのは“日本の大企業”そのものだった。

文・西川 淳 編集・iconic

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2019年10月10日 (木)

車お宝話(517)ZZで秋のベッキオバンビーノを走る 3

秋晴れの気持ちいい空気の中を、「ZZ」と僕は快調に走っている。

久々のマニュアル車、5速ミッションを回転を合わせながら走る楽しさは格別!

天気もいいし、車は好調だし、昨日までのモヤモヤは吹っ飛んでしまった。

柄にもない、僕の一番嫌いな言葉「撮り越し苦労」が杞憂に終わったということ!

そんなことを考えながら、立派なアーケードの中をパレードしながら、

ひとりほくそんでいたら、しばし展示を兼ねた休憩ということに・・・

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朝の8時半にスタートしてから、すでに3時間ほど経て、昼前になっている。

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白石君にぼちぼちドライバー交代をと告げると、待ってました、といい返事!

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流石は白石君、手慣れた動作で「ZZ」を走らす。

彼も普段は赤い「ZZ-EV」のオーナーで、「ZZ」の事はことさら好きなのだとか!

彼の素顔はレーシングドライバーの他に、レーシングシュミレーターの設計、製作

まで、自分でするという稀な才能を持つ。

午後からは助手席で白石君のナビ、と言っても、一度もナビをした経験がない!

当の彼も、そんなことは先刻承知とばかりに、僕などあてにせず、ひとりでこなす。

曲がりくねった山道を、ほんとうに楽しそうに「いいですね~ ZZ」って言いながら、

すっ飛んで行く・・・

そんな彼を横目に、早く僕も運転したいな~って!

もうこうなったら、若い頃に戻った気持ちで、「ZZ」を目一杯楽しむぞ~・・・!

どこに行っても、どこを走っても、沿道の人が温かい笑顔で手を振ってくれてる。

もちろんチェックポイントには大勢の人が待ってくれているし、まいど、毎度、

お土産や、飲み物を用意してくれているのには、頭が下がる・・・

PC競技場では朝に聞いていた鳥取の「ZZ」オーナーさんが待ってくれていて、

早速ボンネットの中と色紙にサイン、シルバーの綺麗な車で20年ほど大事に

されているとのこと!

今回はトミーカイラが初登場ということで、結構あちこちで歓迎を受けたけど!

別の休憩のとき、大学教授風の方がやってきて、富田さんですかと!

今日はこの「ZZ」だけがお目当てで来ました、と言われた時はうれしかったな~・・・

岡山県挙げてのイベントだから、エントリーリストや、パンフレットが隅々まで

行き渡っている。

もちろん地元テレビでも案内がされているので、どこを何時ぐらいに走ってくるかも

みなさんよく御存じなのだ!

そんな楽しい1日目を堪能して、宿泊先の温泉へ!

2日目

昨日と違って肌寒い朝、なぜか昨今話題の、ラグビー場からの出発。

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前日と違って鳥取大山の麓を走るコースが多い!

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当然雨の心配も、と思っていたら、雨が降ってきた・・・

道路脇に止めてトップを装着、気温が16度で雨の山麓と来ては寒くてしょうがない!

ヒーターSWを入れて、これでよし、ワイパーも奇麗に掃くし問題なし!

オーナーズクラブにもらったトミーカイラのブルゾンを着て完了。

トップさえ付いていれば、多少の雨はなんとかなる・・・

そんな調子で相変わらず楽しく、走っていたら、雨が止んだ・・・

雨のお蔭で貴重な体験もできた、トップを付けたことも、ヒーターを

入れたことも、雨の走りも、初めてだったんだから!

PC競技を幾つかこなして、全ての競技を終え、あとは帰るだけ。

ゴールの岡山国際ホテルまでは、ナビで行こうということに!

すると偶然にも目の前に、最新のポルシェGTSが!

細い山道を、白石君んは何食わぬ顔でGTSを追い詰める・・・

まぁ、親バカの依怙贔屓きもあるだろうけど、

やっぱり「ZZ」は素晴らしい!

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2019年10月 9日 (水)

車お宝話(516)ZZで秋のベッキオバンビーノを走る 2

さぁ~、いよいよ出発の順番が回って来た!

この順番は年式の古い順にゼッケンナンバーが振り分けられるので、

ゼッケンナンバー順にスタートする。

概ね戦前の車が先頭集団を占めるので、100台近く出走するなかで、

僕の車は「66」番となったのだろう。

先発ドライバーを僕が務め、女性アナウンサーの車紹介のなかを、

大勢の、見送る人たちの拍手をうけ、ゆるゆるとスタートゲートをくぐる。

「そこを左へ」・・・助手席では初出場の白石君が早速コマ図を読んでいる!

僕は感慨深く「ZZ」のステアリングを握りしめ、これから2日間の期待と不安に

浸っている。

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めったにないほどの快晴の中、オープンのZZは快調そのもので、

新車時に乗った感覚とほぼ変わりない!

1時間ほど走ってふと気が付けば、不安などすっかり忘れ、小気味よいシフトを

繰り返し、エクゾーストノートを楽しんでいるではないか・・・

だんだんと心の奥に潜んでいた、得体のしれない何かが表面化してきた!

「これだ」、最近までモヤモヤしていた気持ちが一瞬にして吹き飛ぶ・・・

探し求めていた何かが、いや車が見つかったのだ!

「やはり自分の人生を掛けて造った車が、稀薄になっていた心を救ってくれた」

このサイズ感で求めていたものが、軽いし、走るし、レーシー、

なにより、シフト感と、ブレーキが最高、だから楽しいし、乗っていてうれしい!

以前にも書いたが、僕は「アルピーヌA108」に乗って頭をガツンとやられ、

こんなクルマを造りたいと真剣に思って、45歳の時に開発に取り組んだ・・・

そして49歳の時に1号車が完成したのだが、造る大変さ、お金の苦労等、など、

正直その時は疲れ果てていて、本当の、この車の良さを理解できていなかった

ように思う!

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あれから25年以上の時が過ぎ、純粋にこの「ZZ]の全てを知ろうと思った時、

信じられないような「感動」と、「興奮」が僕の心に戻ってきた・・・

それを素直に表現した言葉が、乗って「楽しい」「うれしい」「幸せ」となったのだろう!

1年ほど前、大好きな「アルピーヌA110」が復活したというので、1号車を買う積りで

フランスに出かけたが、一目見て、大きくなったボディにガッカリしたのを思い出す。

よかった、ほんとうに良かった、追い求めているものが見つかったのだから・・・!

つづく!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年10月 7日 (月)

車お宝話(515)ZZで秋のベッキオバンビーノを走る!

久方ぶりにブログネタができたので書きます。

先日、5日、6日の土曜と日曜日に、岡山で開催されたクラシックカーラリー

ベッキオバンビーノに思い切って「トミーカイラ ZZ」で参加。

なぜ ”思い切って” と表現したかと云うと、この車の初年度登録が、

「平成9年」で、西暦でいうと「1997年」となるこの車は22年前のモデル、

なのでクラシックと呼べるかどうか疑問だったのだが、主催者側から

20年を経てれば十分ですよ、と後押ししてもらったので、”思い切って”

参加を決めたという次第!

いままで、ほぼ毎年春と秋に開催されているベッキオには5年程まえから

参加しているイベントで、それまでは、「メルセデス3.5ガブリオレ」

「ジャガーEタイプクーペ」  「パンサーJ72」  「トライアンフTR3」

「ムスタングコンバーチブル」など、交互に使用して参加していた。

景色も良く、何よりも応援してくださる県民の方々の心あたたまるもてなしに、

普段からの非日常的なこのイベントに、すっかり嵌ってしまった!

ところが、回を重ねる度に、なぜか心の底から楽しめなくなる自分もいた。

それは、僕の好きな「ポルシェ356」や「スピードスター」、「アルピーヌA110」

「アバルト」など、小さくて、かわいくて、それでいて結構楽しめる車達・・・

そんな車につい目移りしてしまい、なんとなく、そんな車達を探し始めていた。

それでも頭の中で、ああでもない、こうでもないと、スッキリしないまま時が過ぎ!

もちろん高騰している値段のこともあるが、自分が求めている何かが足りない・・・

そしてあれこれ考えているうちに、やっぱり自分の理想を追い求めた車は「ZZ」

だったことに行き着く!

それだったら、もう 初期の「ZZ」からは25年以上も経っている「ZZ」での出走は?

と考ええるに至って、最初に書いたような次第になったのだ!

とはいえ、なにせ本格的に2日間で500キロほど走るのだ・・・

自分の記憶の中にある「ZZ」は色褪せてはいないだろうか?

本当に期待に応えてくれるのだろうか・・・

そんな期待と不安が入り混じったなかで、「トミーカイラZZ・EV」開発ドライバーの

白石勇樹君と参加することに・・・

いよいよ当日、早朝の新幹線で岡山に到着、いつものスタート地点の

岡山護国神社に・・・

ゼッケン66をつけた、真っ赤な新車のような「ZZ」が待っていてくれた!

一足先に、いつもの上田君が慎重に運んでくれて、用意万端済ませて

くれている!

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赤い「ZZ」は全てカタログ仕様のフルノーマル車で、なんとタイヤも新車時のもの!

もちろん、車両やタイヤの点検は、京都工場の谷口君が時間を掛けて十分に

手入れしてくれている・・・

すると待ちかねたように、同じくこのイベントに参加されている方が、

友人で鳥取の「ZZ」オーナが午後のPC競技場で待っているのでよろしく

お願いしますと、丁寧にあいさつに・・・

聞けば「ZZ」のゼッケン張りやら、その他色々と上田君がお世話になったらしい!

まずは気持ちの良いスタートが切れそうな予感。

続く!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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