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2010年6月18日 (金)

車お宝話(249) トミーカイラ・ブランドのいきさつ Ⅱ

   

前回に書いた「AMG」に続く「HARTGE」は、正真正銘僕も知らなかったブランドで、
商標権など、法的な手続きもしっかりとやってスタートしたから、
何の心配もないと思っていたが、またまた落とし穴があった・・・。

BMW635CSIのレーシングカーをブルーの濃淡のハルトゲカラーにして、
第一回全日本ツーリングカー選手権にフル参戦、トヨタ、日産を敵に回して、
見事、初年度はシリーズチャンピオンを勝ち取った・・・

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このレースは、国際イベントの組み込まれた・インターTECシリーズで、
世界的にも注目されていたから、メリットも大きかった・・・

そんなモータースポーツのイメージと、そして社会的な現象にまでなっていた
「ディスコ・マハラジャ」とのコラボが功を奏し、六本木発の「ハルトゲ」の
イメージはもの凄い勢いで浸透し、一躍有名ブランドになってしまった・・・!

ちょうどその頃、東京を中心にしてBMWの3シリーズが爆発的な人気で、
「六本木のカローラ」なる流行語も生まれたほど、ブームになっていた・・・!

そんな時、ディスコ・マハラジャの本店に併設されていたショールームに、
3シリーズベースの「HARTGE・H3」が展示されたのだからグッドタイミング!

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すぐに話題となって、マハラジャとコラボしたステッカーはプレミアが付く
ほどだった。

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・・・ところが、後々まで順風満帆という訳には行かなかった!

いくら努力して有名にしても・・いや!・・・有名になればなるほど
利権を求めて他社が参入し、争い事が起きて来る。

今度は本家のハルトゲ(HARTGE)が莫大なノルマを課してきたのだ。

日本で有名になったハルトゲを扱いたいと、何も知らない同業他社が本家の
ハルトゲに申し入れたのだろう・・・

結局ドイツのハルトゲと法廷で争い、全面的に勝訴はしたが、将来を考えれば
心もとない!

こうして「AMG」に次ぐ「HARTGE」も、夢を掛けるほどには育たなかった。

冷静に考えれば解ることだが、「AMG」ブランドも「HARTGE」ブランドも
自分が創ったブランドではないということだ・・・!

余談になるが、以前に東京に行った折、久しぶりに飯倉の角にある「ポルシェ」の
ショールームを覗こうと行ってみたら、なんと「アウディ」と「ランボルギーニ」が
置いてあるではないか・・・

とっさに、三和自動車がポルシェの利権を無くしたことを思い出したが、
この三和のショールームに「ポルシェ」が並んでいなかった事は少なからず
ショックだった・・・。

日本でポルシェの名前を浸透させたのは、間違いなく三和自動車だろう・・・
僕に近い年齢の人は必ずそう答えると思う。

三和自動車といえば、何十年もカーグラフィックの巻末に見開きで掲載していた
ポルシェの広告・・・

トミタオートの広告はいつもその隣の頁だったことを、懐かしく思い出すが!

それでも、ポルシェの利権問題から三和は手を引かざるを得なかったのだから・・・

・・・自分で創ったブランドでなければ、自由が制限される。

・・・そうして追い詰められた状況の中で、決断する時が来た!

以前から心の中にひっそりと秘めて、誰にも云わなかったブランドをいよいよ
公表するときが来た・・・「トミーカイラ」の出発である。

考えて見れば「AMG」も「HARTGE」も、将来的にオリジナルブランドを立ち上げる
ためのものだったはず・・・

ここからは次回につないで行くことにしよう・・・!

全く余談だが、第一回全日本ツーリングカー選手権に参戦していた頃は、
日産自動車とかなり深い関係にあり、初代「M30」の前身となる
「ハルトゲ・スカイライン」なるプロジェクトを水面下で進めていた・・・

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ところが日産を敵に回して、初年度のシリーズチャンピオンを勝ち取って
しまったものだから、当時の日産レーシングチーム・ニスモの難波社長から
敵外視されてしまい、”ハルトゲ憎し”となってしまった・・・

『メーカー・チームに勝つヤツは強力な敵だ、仲間ではない・・・』と!

紆余曲折いろいろあったが、結果的にこのプロジェクトは「スカイライン・
ヨーロピアンコレクション」となってしまい、「ハルトゲ・スカイライン
プロジェクト」はお蔵入りになってしまった・・・

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まぁこのレースに参戦していなければ「ハルトゲ・スカイライン」は世に出て
いただろうが、さすれば後々の「初代トミーカイラ・M30」は誕生することは
なかっただろう・・・

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”なにが幸となり、なにが災いとなるかは、天のみぞ知る”ということだろう!

                                               つづく

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1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

「自分が創ったブランドでなければ自由が制限される。」まったくその通りだと思いますよ。自分も5年ほど前までコンビニを経営してたのですが、フランチャイズである以上、チェーン店のイメージを壊すようなことはできないし、その上ロイヤリティーを払ったりと色々と悩まされたことがありました。結局行き着いた先は、自分自身で事業を起こそうと思い、今があると言った感じです。振り返れば、自分のコンビニ経験は通過点にすぎなかった訳です。富田さんのAMGやハルトゲも、今から振り返ってみれば通過点にすぎなかったのではないでしょうか。何が幸となり、何が災いとなるかは天のみぞ知る…。これらの出来事は、すべて必然だったと思いますよ。それは富田さん自身に自分のブランドを立ち上げるだけのパワーがあり、そう言う導きだったのでしょう。なんか生意気なこと言ってすみません。うまく言葉で言えませんが、なんか共感できることが多くて…。5月末にそちらに行った時に、奇跡の杖の手帳を多めに貰いましたが、自分としては、この内容を理解し受け入れることのできる人に配ろうと考えてますよ。へぇ〜いいことが書いてあるね〜で終わらして欲しくないですからね。これを生かせる人に広めたいと思ってます。まぁ〜それを見抜く力を自分自身にもしっかりとつけなくてはいけないですけどね。でも自分にとっては富田さんのブログも奇跡の杖も、自分を磨くためにとても役にたってますよ(^-^)v

投稿: 圭.夢工場 | 2010年6月19日 (土) 23時46分

目先に惑わされず、しっかりと目標を立てて遠くを見るということでしょうか・・・!頑張ってください。

投稿: 富田義一 | 2010年6月21日 (月) 11時26分

確かにブランドを扱うというものは制限が厳しいようですね・・・

ところでハルトゲってまだあるのですか?
ハルトゲの名前自身ここで知ったので、、、

僕が住んでいる東京都世田谷区桜新町ではポルシェだけでなくシェルビー、カパロ、デ・トマソ等等たくさんの自動車であふれています。
見ていて飽きないですが、さすがに外車だらけなのでカッコイイ日本車を見たいです。

投稿: あきら | 2010年6月22日 (火) 22時34分

さ~、僕も現在のことは知らないですが、ハルトゲのことはあまり聞かないから芳しくはないのでしょうね~・・・!
だったら頑張って、良いクルマを自分で造ったら・・・。

投稿: 富田義一 | 2010年6月23日 (水) 11時52分

普通にググればでてきますが...

ただ、

なぜか日本語サイトは二つあるんですよね..

http://www.hartge.co.jp/
http://www.hartge-japan.jp/

Tommykaira と TOMMYKAIRA JAPAN みたいなものでしょうか(これは冗談ですが)

投稿: tom | 2010年6月23日 (水) 20時43分

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