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2010年5月26日 (水)

車お宝話(244)(新)回想録・・・チューニングカー Ⅰ

 

久々に『回想録』にもどって、現在から過去を振り返ってみようと思う。

直前の回想録は『スーパーカーブーム』をⅠ~Ⅲまで取り上げたので、
次の章は『チューニングカー』に進むことにしよう・・・

最初にチューニングカーに触れた「お宝話」は、2008.01.19 に書いた、
『チューニングカーの章』のタイトルだが・・・

このときは大雑把に、「AMG」と「HARTGE」の出発点を記しているが
この「AMG」の出発点からは、もう既に30年の年月が流れ去っている・・・

1981年にAMG社を訪問したとき、僕はまだ36歳だったから、
間違いなく四半世紀はとっくに越している・・・

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その36歳の若者が、未来を信じて西ドイツの片田舎まで行ったんだから、
余程その時は、チューニングカービジネスの将来が見えていたのだろうし、
また自信もあったのだろう・・・

当時の懐かしい「AMG」の工場を、写真で紹介しよう!

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この事は、”2008.01.19”のお宝話にも書いているので紹介する!

『今後、間違いなく発展するだろう韓国やタイのことを考えて、
 それに将来的には確実に中国も成長すると!
 だから誇張ではなく、国際競争力が必要だと本気で考えていた。』

ここで興味深いのは、36歳だった若者が、やがて遠い先には中国が
発展すると考え、マークしていること・・・

そしてあれから30年、本当にその通りになってしまったんだから・・・

自動車の販売台数では、今や中国は押しも押されもしないダントツ
の世界一になったんだから、凄いことだ!

そして韓国は、もっと早く追いついてくると、当時から考えていたのだが・・・

「韓国車も品質が上がり、日本車と肩を並べるところまできている。
 とりわけ現代自動車については、トヨタとホンダを飛び越えたという
 評価も出るほどだ。」と!

今やこんなコメントを、米国の調査会社が出すほどの国となってしまった。
まぁこんな感じだから、ホント日本もうかうかとはしていられないよ!

・・・『だから誇張ではなく、国際競争力が必要だと本気で考えていた。』

・・・う~ん、このくだりは特に興味深くておもしろい。
チューニングカー・ビジネスで国際競争力をつけようと思っていたんだから!

いまでこそ「AMG」の成功によって、世界中の自動車メーカーから
メルセデスのチューニングカー・ビジネスは羨ましがられているが、
当時はまだまだ、一部の人の為の特殊なビジネスだった・・・

大規模な自動車メーカーと、特殊なチューナーが手を結ぶことによって、
大きな付加価値を持つブランドとなることを、メルセデスは証明して見せた。

僕も、これと寸分変わらない考えを貫き通したつもりだったが・・・

『ブランド力と技術カがあれば、小さい企業でも大企業に太刀打ちできる!』
『消費者相手のビジネスに於いて、ブランドカは最大の資産である!』

そんな想いを持ち続けてチャレンジしてきたが、やはり自動車文化の歴史が
浅い日本では、日の目を見なかった・・・。

このチューニングカー・ビジネスの続きは、次回にじっくりと・・・

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