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2010年5月

2010年5月31日 (月)

車お宝話(245)(新)回想録・・・チューニングカー Ⅱ

当時を思い出し、チューニングカー・ビジネスについて、じっくりと回想
してみたが、やはりその時は全てのタイミングがその方向へと、流れて
いたのだと思う・・・

ノッテるときって、物事の流れが自然に一つの方向へ行くでしょう・・・!
アレですよ、その時も・・・!

スーパーカーブームの波に乗り、ひとつの峠を超えたところで我に返り、
次に目指すものを自然に求めていた時期だと思う・・・。

そんな状況の中で最初にAMGのことを知ったのは、確か自動車専門誌
モーターファンの、成江淳氏の記事だったと記憶している。

スーパーカーは素晴らしく魅力的だが、話にならないほど実用性に乏しく、
トラブルも絶えなかったから、ブームが下火になると同時にバッタリと
姿を消してしまった・・・

当時のスーパーカーは乗って楽しむというより、所有する歓びの方が
勝っていたと思う。

だから正直なところスーパーカーで長距離走行した後は、精神的にも、
肉体的にも疲れきってしまい、暫く乗る気がしなかったのも事実・・・!

そんな時、「性能・信頼性・ルックス」と、三拍子も揃ったチューニングカー
に出会ったんだから、一瞬にして心を奪われても不思議ではない・・・

では「チューニングカー」と「スーパーカー」は、なにが違うのか・・・?

・・・最大の相違点は、信頼性と実用性だろう!

それはチューニングカーを造るベース車が、大自動車メーカーによって
造られている大量生産車だと言うことに尽きる・・・。

膨大な時間と莫大な資金をつぎ込み、可能な限りのテストをクリアした、
実用的で信頼性の高い車が、チューニングカーとなるべきベース車に
なっているのだから・・・

一方、当時のスーパーカーはフェラーリにしろ、ランボルギーニにしろ、
マセラッティーにしろ、小規模生産で、ほとんどハンドメイドに近い
クルマたちだった・・・!

今でこそ、そのスーパーカーたちは大自動車メーカーの傘下で、
潤沢な資金と共に完成度の高いクルマを造って大きな信用を得ているが、
当時の状況では、とても信頼性と実用性を確保することは、無理だった。

話を戻す。・・・・・そんなとき、当時メルセデスベンツの輸入元だった
ウエスタン自動車の人が書いた、「AMG」の記事を目にした・・・

この記事を読んだときの衝撃は、今もハッキリと記憶にあるが・・・
迷っていた僕の心に光がさし、一瞬にして晴れた想いがしたものだ・・・!

ちょうどその頃、自分の愛車・メルセデス350SLに、モモのステアリングを
取り付け、メッシュのワイドホイールに、幅広タイヤ、そして自製のタコ足・
マニホールドを取付け、得意げに乗り廻していたんだから・・・

このタコ足の効果は抜群で、レスポンスと加速は著しく向上したと感じていたが、
当時の風潮ではメルセデスベンツを改造するなど、もっての外で、親しい評論家
でさえ「ベンツはノーマルで乗るクルマだと思うけどな~」って言ってた時代・・・!

だから、この「AMG」の取材記事を読んだときは、僕の強い味方が現れたと
正直思ったし、大きな自信にもなった・・・。

このときの気持ちを素直に表現すると、今流行りの幕末の志士みたいなもので
広い世界に同志を得た心境、今すぐにでも西ドイツの「AMG」に飛んで行って、
話がしたかった・・・!

(この章は『お宝話(20)AMG社に契約に行く!』に詳しく書いているので、
詳細は省くが、ぜひ参照を・・・)

四方を海に囲まれた島国の日本で、チューニングカーがビジネスになるなど、
当時は誰一人として、思っていなかっただろうに!

でも、なぜか僕の心がときめき、一直線にチューニングカー・ビジネスに走って
しまった・・・

そのときは僕なりに天命だと信じて、大きな賭けに出たのかもしれないな~・・・!

このあと手がけるBMWベースの「HARTGE」だって似たようなもので、
まだまだ島国の日本には、不必要だと思われていたが、初志貫徹を貫いた・・・!

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2010年5月26日 (水)

車お宝話(244)(新)回想録・・・チューニングカー Ⅰ

 

久々に『回想録』にもどって、現在から過去を振り返ってみようと思う。

直前の回想録は『スーパーカーブーム』をⅠ~Ⅲまで取り上げたので、
次の章は『チューニングカー』に進むことにしよう・・・

最初にチューニングカーに触れた「お宝話」は、2008.01.19 に書いた、
『チューニングカーの章』のタイトルだが・・・

このときは大雑把に、「AMG」と「HARTGE」の出発点を記しているが
この「AMG」の出発点からは、もう既に30年の年月が流れ去っている・・・

1981年にAMG社を訪問したとき、僕はまだ36歳だったから、
間違いなく四半世紀はとっくに越している・・・

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その36歳の若者が、未来を信じて西ドイツの片田舎まで行ったんだから、
余程その時は、チューニングカービジネスの将来が見えていたのだろうし、
また自信もあったのだろう・・・

当時の懐かしい「AMG」の工場を、写真で紹介しよう!

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この事は、”2008.01.19”のお宝話にも書いているので紹介する!

『今後、間違いなく発展するだろう韓国やタイのことを考えて、
 それに将来的には確実に中国も成長すると!
 だから誇張ではなく、国際競争力が必要だと本気で考えていた。』

ここで興味深いのは、36歳だった若者が、やがて遠い先には中国が
発展すると考え、マークしていること・・・

そしてあれから30年、本当にその通りになってしまったんだから・・・

自動車の販売台数では、今や中国は押しも押されもしないダントツ
の世界一になったんだから、凄いことだ!

そして韓国は、もっと早く追いついてくると、当時から考えていたのだが・・・

「韓国車も品質が上がり、日本車と肩を並べるところまできている。
 とりわけ現代自動車については、トヨタとホンダを飛び越えたという
 評価も出るほどだ。」と!

今やこんなコメントを、米国の調査会社が出すほどの国となってしまった。
まぁこんな感じだから、ホント日本もうかうかとはしていられないよ!

・・・『だから誇張ではなく、国際競争力が必要だと本気で考えていた。』

・・・う~ん、このくだりは特に興味深くておもしろい。
チューニングカー・ビジネスで国際競争力をつけようと思っていたんだから!

いまでこそ「AMG」の成功によって、世界中の自動車メーカーから
メルセデスのチューニングカー・ビジネスは羨ましがられているが、
当時はまだまだ、一部の人の為の特殊なビジネスだった・・・

大規模な自動車メーカーと、特殊なチューナーが手を結ぶことによって、
大きな付加価値を持つブランドとなることを、メルセデスは証明して見せた。

僕も、これと寸分変わらない考えを貫き通したつもりだったが・・・

『ブランド力と技術カがあれば、小さい企業でも大企業に太刀打ちできる!』
『消費者相手のビジネスに於いて、ブランドカは最大の資産である!』

そんな想いを持ち続けてチャレンジしてきたが、やはり自動車文化の歴史が
浅い日本では、日の目を見なかった・・・。

このチューニングカー・ビジネスの続きは、次回にじっくりと・・・

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2010年5月22日 (土)

車お宝話(243)モナコ・グランプリで思うこと・・・!

先週の週末は久々にモナコ・グランプリの予選と決勝を見てしまった!

もちろんテレビでの観戦だが、ちょうど週末は東京出張だった事もあり、
内心は予選も決勝も見れないかもしれないと思っていたから、余計に
楽しめた・・・

やはりモナコGPの映像は迫力があるし、レース以外の景色も美しい・・・!

これは大事な要素で、F1にそんなに興味がない人でも意外と飽きずに
テレビを見ている、やはりモナコの美しい景観と、ネームバリューには
人を引き付ける要素が多分にあるのだろう・・・

そんなモナコにひと月ほど前は居たんだから、テレビで見ていても余計に
臨場感が迫って来る・・・

特にトンネルを駆け抜けるスピードは、改めて人間業じゃ~ないと、
つくづく感心、恐れ入りましたのひと言ですよ・・・!

F1グランプリの準備で街中が賑わっていたとき、僕も車でトンネルを
走って見たから、もの凄く実感が湧く・・・

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だってトンネルの出口は300キロ近いスピードなんだから、信じられないよ。
・・・ほんと宇宙人だよね~!

増してやそのトンネルの出口付近で、アロンソが何回もオーバーテイク
するんだから、凄いとしか言いようがない・・・

やはりM.シューマッハを引退に押しやった張本人だと認めざるを得ない!

・・・おっと、こんなF1の解説を僕がしていたって仕方がない。

それより、このモナコ・グランプリを通して勇気をもらった話をしよう・・・。

モータースポーツの頂点であるF1ドライバーは、世界中でほんの一握りの、
選び抜かれた人にしかチャンスはない・・・

ましてや人間が、肉体的にも精神的にも、限界に挑戦するこのスポーツ・・・!

ところが、M.シューマッハもそうだが、R.バリチェロも、J.トゥルーリも、
M.ウェーバーも、J.バトンも、みんなそこそこ年齢を重ねている・・・。

そこで、それぞれの生年月日を調べてみたら、M.シューマッハは1969年、
R.バリチェロは1972年、J.トゥルーリは1974年、M.ウェーバーは1976年、
J.バトンは1980年に、其々生まれている・・・

だからみんな30歳を超えているのだが、中でもM.シューマッハは41歳
と大台を超えている、やはり超人的としか言いようのないドライバーだ・・・!

僕も含めて一般世間の人と比べれば、年齢的には随分と若いかもしれないが、
信じられないほど高次元で走らなければならない、このF1ドライバーの、
繊細で、高精度な寿命は、本当に短い・・・。

そして、活躍できる年齢は20代が常識というその中で、昨年はJ.バトン、
今年はM.ウェーバーが引っ張っているように見える・・・

この30代のF1ドライバーを、世界で活躍するエリート実業家の年齢に
換算したら、おそらく50代から60代の、経験に裏打ちされた勘の鋭い
実業家と云えるだろう・・・

そんな30代のベテランたちが頑張ってるんだから、僕も頑張らなきゃ~
という気にさせてくれるから有難い・・・

その30代ですら凄いことなのに、特に3年振りに41歳でカムバックした
M.シューマッハは、とんでもなく僕に勇気を与えてくれた・・・

僕もまだまだ若いんだから、もっともっとやらなくっちゃ~・・・と!

そこでもっと飛躍させて、M.シューマッハをエリート実業家に換算したら・・・
・・・優に70歳を超えていること間違いなし!

だから僕も、まだまだ頑張らなくっちゃ~と、夢の中で思った次第・・・!

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2010年5月17日 (月)

車お宝話(242)自由な路上駐車は羨ましい限り・・・!

 

パリの写真を見ながら、ふと思った僕のひとり言・・・。

なんとおおらかな路上駐車場なんだろう、隙間があればこじ開けてでも
駐車してしまうんだから、羨ましい限りだ・・・

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現実問題として、この路上駐車はホントに便利で、生活に密着している!
用のあるところに、出来るだけ近く車が止められるんだから羨ましい・・・。

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買い物も、用足しも、食事も、み~んな日々の生活に密着しているし、
配達の人や、納品の人など、仕事で利用する人も同じだろう・・・

必要だから、便利だから、だから工夫をして協力し合うのかな~・・・!

それにこんな状態で駐車するということは、前と後の車にぶつけながら
除々にスペースを拡大していくしかないから、前の車も、後ろの車も、
そして自分のクルマにも多少は傷が付く・・・

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そんな些細なことには目もくれず、今日まで、日々当たり前のように
この状況が続いているんだから、素晴らしいというより、不思議で
仕方がない・・・

これが日本だったら、それこそ事故扱いで、たちまち当事者同士が歪み
合っているだろうな~・・・!

それに最近は”へんてこな”取り締まり方法で駐車違反を減らそうと
躍起になっているんだから、話にならない!

それもワザワザ警察以外の人を雇って、取り締まりをやってるんだから、
まったく理解不能だ・・・

どうしてこんなにも考え方が違うのかな~、同じ地球に暮らす人間なのに・・・。

車も、道路も、お店も、必要だから、便利だからと人間が造ったモノなのに、
どうしてもっと溶け合うように、自然に使ったり、振る舞ったり出来ない
のだろう・・・?!

日本のそれは、すべてが歩行者優先の、大義名分的なセレモニー・・・
いろんな人が共同生活してることを、忘れてるんじゃ~ないのかな~・・・!

車に乗ってる人って、なにも遊んでる人ばかりじゃ~ないんだから・・・
せっかく便利な乗り物なのに、あれはダメ、これはダメじゃ~役に立たない!

佐川急便の人だって、黒猫ヤマトの人だって、レンタルの花屋さんだって、
セールスの人だって、みんなみんな仕事してるんだから・・・

それなのに新しい駐車禁止の取り締まり方が制定されてからは、可哀そうに
遠くの駐車場にトラック止めて、荷車みたいなヤツを一生懸命引きずって
配達してるんだから、はた目にも大変だと云う事がありありとわかるよ・・・!

そんな現場の労働力が国を豊かにしてるんだから、それを応援しなくちゃ~
いけないのに、まったく逆・・・

本当にそんなことが分かっているのかな~、このパリの情景を見たら
少しぐらい駐車したっていいじゃ~ないかと真剣に思ってしまう・・・

・・・と云うより、情けなくて寂しい想いがする!

もっと働く人にやさしい法規を造らなくっちゃ~、本末転倒だよ・・・!

これは昔から僕の持論なんだが、横断歩道のあり方にしろ、今の問題にしろ、
江戸時代の籠文化を引きずっているから、歩行者優先なんだと思うよ・・・

横断歩道がやたら多く、信号の時間が長すぎる、確かに老人や子供には
優しいだろうが、一方では車が止まるたびに大量に出るCO2は置き去りに
されているんだから・・・

その点、欧米は昔から馬車文化が発達していたから、車と共存するんだよね~!

いくら日本が先進国と云ったって、政治と交通法規はとんでもなく古いから、
どんどん発展する途上国に、その内ついていけなくなるだろうな~・・・!

そうそう面白い話をひとつ・・・

オープンテラスのカフェで灰皿を頼んだら、下を指さして「この地面が
みんな灰皿だよ・・・」だって!

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確かに辺りを見渡してみたら、みんな当たり前のように下に捨てている。

あまりに不思議なので、あとで永く現地に住んでいる知人に聞いてみたら、
スゴイ答えが返ってきた・・・

「移民も多く、末端の労働を確保するため、それ専門に掃除をする人が
 いるので、もし灰皿を用意すれば、その人の労働を奪うことになる・・・」

そういえばトイレにも、公園にも、掃除だけしている人が必ずいたな~!

日本の中だけで暮らしていたら理解できないが、ここにも協力し合う姿勢
があった・・・!

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2010年5月12日 (水)

車お宝話(241)シトロエン・サーボルトとスマート

  

モナコから戻った、パリの思い出に話をもどそう・・・

やはり強烈に印象に残っているのはシトロエンのショールーム。

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ビル自体のデザインと、色彩の美しさは外観だけにとどまらず、
ビルの入口に入った途端、赤一色の階段が待ち構えていたのには
度肝を抜かれた・・・!

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僕も現役時代は日本の先駆けとして、結構派手な色彩を使って、
ショールームを造った経験があるから、一瞬、遠い昔を思い出して
しまった。

壁はレモンイエロー、天井はブラックの艶消しと、当時の常識を
間逆にしたような依頼をしたときの、工務店のオヤジの顔が忘れ
られない・・・!

その感覚が芽生えたのは、なんと云っても20代で最初に行った
イタリアの旅だろう・・・

日本の中しか知らなかった僕が、スーパーカーだけでなく、
その入れ物のショールームにも興味を持ち、それまでの色彩感覚を
一変させたのだから・・・!

少しオーバーかも知れないが、今年ブームになっている坂本竜馬が、
初めて黒船を見たとき見たいなもんだろう・・・

だって20代と言えば、今から40年も昔のことなんだから・・・

ちょうど「日本万国博覧会」、別名、大阪万博・EXPO'70があった頃。
何もかもが”世界に追い付け”みたいな雰囲気になっていたときだ・・・!

まぁそんな頃だから仕方がないだろうが、まだこの歳になっても刺激を
受けるんだから、やはりヨーロッパのデザインと色彩は、常に前進して
いるんだろうな~・・・。

その赤一色の階段を駆け降りると、真紅に統一されたショールームに、
WRCのチャンプカーが誇らしげに展示してある・・・

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横にある巨大なヘルメット型のものはドライビング・シュミレーターで
僕は試さなかったが、誰でも自由にチャレンジできるらしい・・・

そこからエレベーターで順々に上がっていくのだが、黒い部屋に辿り
着いて驚いた、ジュネーブショーで展示されていたと思しきクルマが
1台だけ展示してあるではないか・・・

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ネットの情報でしか見たことがなかった怪獣のようなコンセプトカー!

これはシトロエンのEVコンセプトカー第2弾で、名称は「サーボルト」。
3850×1870×1200mmとコンパクトなスポーツモデルなんだが、躍動感が
あり過ぎるのか、やたら大きく感じたが・・・

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もしこのクルマをジュネーブショーなんかで見ていたら、多分興味を持た
なかっただろうし、へんてこなクルマだと思っていただろうな~・・・!

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でもこのショールームと、改めて見たパリの雰囲気から、不思議とこの
クルマの魅力が分かったような気がした。

でも、ちょうど1年前の5月に書いた『車お宝話146フランスの小排気量
スポーツカーたち』に紹介したような、小粋で目を見張るようなクルマには
お目にかかれなかったのは残念だった・・・

車に関して言えば、昔からちっとも変わっていなかったのは、相変わらず
小さくて経済的なクルマが圧倒的に多く、まだまだマニアルミッション車
が幅を利かしているのがうれしい・・・

でも、タクシーの室内が狭いことには閉口してしまう、体が大きい運転手の
後ろの席など、乗れたものではない・・・

そうそう、小粋で目を見張るようなクルマにはお目にかかれなかったが、
ミニやプジョーは台数も多く、仲々のものだったが、そのなかでも圧倒的な
存在感でパリの街並みに似合っていたのが、「メルセデス・スマート」・・・

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申し訳ないが僕はシトロエン・サーボルトより、スマートの方が心に残った。
誰だってパリで「スマート」を見たらホントに欲しくなるから・・・!

パリの為だけに造られたと云ってもおかしくないぐらい似合っている・・・。
そ~か~、現代版のシトロエン2CVはメルセデスのスマートかも知れないな~!

『追伸・・・前回のお話しは、あくまで僕の個人的な意見ですから、
 大変参考になるコメントを頂きましたので是非参照してください。』

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2010年5月 8日 (土)

車お宝話(240)人生は自分がしっかりと決めなければ・・・!

   

何故こんなタイトルにしたのかには、訳がある・・・

実は『車お宝話208クルマは「タイムカプセル」かも知れない!』の
最初の文中に、『先日、友人が僕の家に泊まりに来た時「とみちゃんが
好きなヤツ」と言って、おみやげにクラシックカーのパネルを持って
来てくれた』と書いた・・・

・・・その友人が一昨日、肺がんで逝ってしまった。

中小企業大学の校長を経て、信州大学の客員教授だったが、
車が大好きでメカに強く、よくチタンで車を造ろうよって云ってたな~・・・

僕が以前に、永く中小企業大学の講師をしていたのも、彼が居たからだし、
大のトミーカイラの支援者で、現役のころから現在まで、事あるごとに、
心配と協力をしてくれた、友人だった・・・!

だから今となっては、僕の好きな60年代のブラックとシルバーの
「コルベット」と、ライトグリーンに白いトップの「サンダーバード」が
描かれている、このパネルは、もはや形見となってしまった・・・

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このパネルを最初に見たときから、まだ半年も経っていないのに・・・
本当に人の命は儚いものだと思う!

昨年の暮れに僕の家に泊まったときは、のどが痛いからと煙草をやめて
いたが、2月の初めに検診を受けて、特殊な肺がんと判明したが・・・

それでも気丈な彼は、大阪で講演があるからと、3月にやって来たが、
時すでに遅しで、もう既に「抗がん剤治療」を始めていた。

僕の個人的な考えでは絶対に「抗がん剤治療」だけはして欲しくなかった!

もし「抗がん剤治療」をしていなければ、今だって以前と変わらぬ生活を
送っていただろうに・・・残念で仕方がない。

ハッキリ言おう、彼は癌で亡くなったのではなく「抗がん剤」で死んだのだ!

でも、いくら親しくても、こればかりは命にかかわる問題だから、
「抗がん剤治療」はするなとは、簡単に口には出せない・・・

一生懸命説明した積りだったけど・・・だから残念で仕方がない。

でも、僕は医者じゃないからハッキリ言うが、ほんとにおかしいよ・・・
効きもしない抗がん剤に、なぜ保険が適用されるのだろう・・・???

だから彼だって勧められるままに信じて、「抗がん剤治療」をしたのだろう!

だって保険が効くということは、国が認めた治療方法ということになる・・・。
保険が効くから正しい治療法だと、誰もが思うじゃ~ないか・・・!

今まで僕の身近で、癌でお亡くなりになった人を、随分と知っているが、
一人として抗がん剤で治ったという人を、僕はまだ知らない・・・

手術後に、再発防止の抗がん剤を投与して、治った人は知っているが、
抗がん剤治療だけで治ったという人は、滅多にいないだろう・・・!

彼を含め高齢ならば癌の進行は極めて遅いのに、抗がん剤治療をした途端、
たちまち弱って病人らしくなり、覇気がなく、髪の毛が抜け、痩せこけて、
見る見る別人のようになる・・・

癌になれば仕方がないと殆んどの人は思っているが、それってみんな勘違い!
それは癌のせいではなく、癌を叩くはずの「抗がん剤」のせいなんだから・・・

それだったら、いっそ何もしない方がはるかに楽だし、寿命も永い・・・

健常者でも髪の毛が無くなっていったら、精神的におかしくなるのに、
抗がん剤で著しく免疫力が落ち、肉体的にも精神的にも覇気が無くなって
いる時に、髪の毛まで無くなっていったら、落ち込むのは当たり前だろう・・・

そんな「抗がん剤治療」を、いつまで正しい治療としてこの国は続けて行くのだろう?

それは以前にも書いたが、代替医療を国が認めないから保険が効かない・・・。
だから良くない治療のように思ってしまうし、認知度が上がらない・・・

もっと自由に癌治療の選択が出来る保険制度にしないと、手遅れになって
しまうだろう・・・!

だって、今や三人に一人が癌になると云われているのに・・・

だから、僕は「人生は自分自身がしっかりと決めなければ」と思うのだ・・・!

《人生の生き方をしっかりと自分で決めるように、人生の終結も自分の考えで
しっかりと決める・・・。》

癌の治療方法はいくらでもあるんだから、もっと自分で知識を得ることだと思う。
人任せにせず自分の命は自分で守らないと・・・

立派な建物や施設に騙されてはいけない!そして当然のように「抗がん剤治療」
を勧める、時代遅れな大病院には要注意だ・・・!

国のガイドラインに沿って、癌の治療をしている医者は、それが正しいと信じて
いるから始末に悪いし、知識も少ないんだから・・・。

僕なら「高濃度ビタミンC点滴」と「癌遺伝子治療」をし、栄養療法で癌に
立ち向かうけど・・・!

間違っても「抗がん剤治療」は絶対しないと決めているし、周りにも今から宣言
しているんだから・・・!

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2010年5月 1日 (土)

車お宝話(239)行きは100分・帰りは7分・・・!

   

これはニース空港からモナコ、モナコからニース空港への時間だが・・・

行きはメルセデスのタクシーで、渋滞のために2時間近く掛かって、
モナコ入りしたことは書いたが、帰りはヘリでニース空港へ向かった・・・。

少々時間が足りなくなって、仕方なくモナコからニース空港へは
ヘリにしたのだが、これが予想以上に快適で、病みつきになりそう・・・

いままで絶対にヘリコプターに乗らなかったことを後悔したほどだ!

僕はヘリに乗るのが初めてで、今まで機会があるごとに避けてきたのに、
こんなに便利で快適だとは思いもしなかった。

実はかなり昔のことだが、ヘリコプターらしきもので怖い思い出があり、
その事がかなり影響している・・・

それは相当に古い話なのだが、あるときハンドメイドのホントに簡単な、
1人乗りヘリコプターに乗ってみないかと友人に誘われ、琵琶湖周辺に
試乗に行った事がある・・・

そのとき初心者の僕にお手本を見せようとした友人が、こともあろうに
離陸に失敗して、目の前で手の骨を折ってしまった・・・

当然僕は怖くて乗らなかったし、それからはヘリコプターがトラウマ
になってしまい、ことあるごとに避けてきたのだが・・・

今回は時間がないから仕方がないし、僕だけわがまま云う訳にもいかず、
乗る羽目になったが・・・

ところが案内されて目の前にしたヘリは、デザイン的にも仲々お洒落で、
カッコよく、すぐに興味が湧いてきた・・・

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もともと飛行機が好きで、伊丹空港まで良く見に行ってたぐらいだから、
間近で回るペラの迫力と音には、圧倒されつつ、好奇心いっぱいになる。

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乗り込んですぐ、いとも簡単に垂直に飛び立つもんだから、たとまち虜に
なってしまったが、このイージーさはほとんどクルマと変わらない・・・

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ジェットと違い、長い助走の”さ~行くぞ”といった感じがまったくない
から、これには拍子ぬけしてしまった・・・。

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海の上を低くゆったりと飛ぶその様に、なんの恐怖心も湧かず、ただただ
心地よいフライトを楽しんだが、なんとたったの7分でニース空港に着い
てしまった・・・!

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思い起こせば随分昔の話しだが、鈴鹿で開催された「F1・日本グランプリ」の
フジテレビのパドックに、京セラの稲盛社長(当時)を招待したことがあった。

当時、多少コネがあったフジテレビに無理を云って、結構大きなスペースを
用意してもらったのだが・・・

フジテレビのコパニオンがレースクイーン風のコスチュ-ムで、飲み物とか、
簡単な食事を用意してくれ、仲々リッチなF1観戦だったから良く覚えている。

翌年のレースにスポンサーをして貰おうと、同じ京都経済同友会のよしみで、
代表幹事の稲盛さんと、僕の師匠を、自動車レースの最高峰「F1」に招待した・・・

当然「F1グランプリ」が開催される鈴鹿には、稲盛氏と師匠はヘリに乗って
やってくる!

それに引き替え、僕と解良くんはBMWに乗って早朝に出発し、気の遠くなる
ような時間をかけて、鈴鹿サーキットに到着。
(駐車場に入れるだけでも1時間、出す時は3時間以上もかかったんだから!)

いよいよ鈴鹿サーキットのヘリポートに師匠たちが到着、出迎えに・・・!

「どれくらい時間掛かりました?」と僕が聞く・・・「10分ほどかな~」だって・・・!

そのときは余りピンと来なかったが、いまなら良く解るよね~・・・。

同じ日、京都の友人のK氏も、東京からきた友人のO氏もヘリで来ていたが、
いま思えばF1・GPの開催日に「よくも車で鈴鹿サーキットまで来たよな~」と、
僕のことを思っていたんだろうな~!

師匠に「富田君、帰りはヘリに乗って行く?」って云われたけど「結構です」と、
言ってしまったことが、いまになって残念に思えてきた・・・!

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