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2010年3月 6日 (土)

車お宝話(226)(新)回想録・・・スーパーカーブーム Ⅰ

  

スーパーカーブームは、僕が独立開業してからちょうど
10年後の、1977年頃を頂点としたものである。

独立開業してから5,6年経ったころから、ぼちぼちスーパーカー的
なクルマが入庫するようになってきた・・・!

当然、その当時は「スーパーカー」などといった呼び名ではなく、
単にイタリア製のスポーツカーと呼んでいたが・・・

その後、ランボルギーニ、フェラーリ、マセラティ、デトマソなど、
当時は特殊だったハイパフォーマンスなイタリア製スポーツカーを、
「スーパー・スポーツカー」と名付けて雑誌の広告に掲載した・・・

だから「スーパーカー」の名称は、当時はそんなところからマスコミが
作った造語だろうと云うことになっていた・・・。

余談だが、この当時の自動車雑誌は「イタリアン・エキゾチックカー」と
紹介しているところも多かったように記憶しているが・・・。

このスーパーカー・ブームの切っ掛けとなったのは、なんと云っても、
池沢さとし氏が連載した、漫画、「サーキットの狼」だろう・・

1975年から少年ジャンプに掲載された、「サーキットの狼」は、
1979年の半ばまで4年半も続くが、事実上この漫画の終焉が
ブームの終焉ともいえる・・・。

後にモータースポーツにのめり込む池沢さとし氏だが、
当時から大のクルマ好きで、この「サーキットの狼」を連載する前年に
「ロータス・ヨーロッパ・スペシャル」を手にいれ、乗りまわす内に、
この漫画のストーリーを思いついたと、雑誌の対談のときに聞いた・・・

Dsc00735

だから主人公の風吹裕矢は、ある意味、池沢さとし氏でもあるのだが・・・

・・・だからイギリス製のスポーツカー/ロータスヨーロッパで、
当時、見たこともないようなイタリアン・スーパー・スポーツカーを
相手に主人公・風吹裕矢が、「サーキットの狼」のなかで走りまくるのは、
氏の憧れでもあったのだろう・・・

そして、ランボルギーニ、フェラーリ、マセラティ、デトマソなど、
今迄一度も見たことのない、イタリアン・スーパー・スポーツカーを、
一目見たいと思う子供たちが増えて行ったのが、ブームの始まりだろう・・・

この「ロータス・ヨーロッパ」は1966年に発表されたミドシップ
・レイアウトのスポーツカーだが、当初はヨーロッパと北米のみを
ターゲットとしていたから、左ハンドルしかなかったのをご存じか・・・!

04043

云わば輸出専用車で、それまでロータスが果たせなかった海外進出を
このクルマに託したのだろう・・・

だから名称も「ヨーロッパ」で、本国イギリスでの発売は2年後だったんだから・・・

・・・「あのブームって、一体なんだったんだ?」・・・

これは「GENROQ」という自動車雑誌が、2002年の10月号でスーパーカーを
特集したときの見出しだが、本当に、”一体なんだったんだ”と思う。

Dsc00733

    左から2番目が僕で、右端が池沢さとし氏

この取材の時にも散々話をしたが、結局、誰にもよく分からなかった!

僕も永かったクルマ人生のなかで、色々と経験してきたが、
由一「ブーム」と呼べるモノの中心にいたのは、この時だけだろう・・・

まるで商売替えをしたかのように、それまでの地道な商いを放り出し、
スーパーカーたちと旅に出る・・・

積載車にスーパーカーたちを乗せ、各地を巡る旅に出るのだが、
その間お店は開店休業状態・・・!

まるで慣れないサーカス団の団長のようで、地に足が付いていない・・・
さしずめ、馬やライオンがスーパーカー、それに跨って芸をする僕・・・

テレビに、ラジオに、雑誌にと、まるでスター気取りだったが、
ブームが終わって見れば何のことはない、収支はトントンだった・・・。

若かったから面白かったし、いつまでも続くと思っていたのだろう・・・!
でもこの経験のお蔭で、目立つことの大切さを教えてもらった気がする。

                           つづく。

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コメント

当時私は中学生で、まさにブームの中心世代でした。
このスーパーカーブームで、いままで見たことも聞いたこともなかった車を知ることが出来たのは、物心付いてからの『カーキチ』である私にとっては嬉しいことでした。ただ、昨日まで車に興味の無かった連中が、ある日突然、「フェラーリは○○だから・・・」とか「ロータスは××だよなー」とか語りだすのを見ると、なんだか自分だけの密かな楽しみを荒らされたようで、無性に腹立たしかったのを覚えています。そんなこともあり『サーキットの狼』は当時もごく断片的にしか読んでおらず、実はいまだどんなストーリーなのかも知りません。

投稿: 千葉のS | 2010年3月 7日 (日) 00時17分

”ブーム”  哀調味を帯びてます。
ちょっとでも長生きしているとソレは時々体現するもののようです。
 タンデムというしみじみとした映画がありました、”タンデム”とは オートバイにも造詣の深い富田さんならご存知のあの2人がけシートの事、
 この言葉は勿論2人の道行にも使えます。

一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった、ラジオカー生放送司会者も今や、放送の旅先で寄ったガススタンドの若いポンピストから ”まだやってるの信じられね~”という冷声を浴びせられる存在に成り果てて、ついには契約も打ち切られ、落ち行く先が田舎のスーパーの客寄せ係り、そこへ失業した、あのタンデムの相棒、元放送技術者が万引きで捕まり再開し、生活のすべてをすててメルセデスで他国に行くという物語です、
物悲しいけど爽快感があります。

ブーム お祭り騒ぎですから何時までも続いたら脈拍が、心臓が持ちません
 私、以前競馬場のゴンドラ席から総てのレースが終わったあとの場内を見下ろしていた経験が何年もありました、人影は既になく 掃除機が外れ馬券を吹き散らすその横で時に札束を数える”その日は”ごく幸運な人、一方 何時も見る顔の地見師{じみし}が うつむいて当たり馬券を探してましたっけ 、その姿達、まさに宴の後。

ブームってそんなもんなんでしょうか?

投稿: aphrodisiaque | 2010年3月 7日 (日) 13時26分

まぁ人それぞれのブームが以前には有ったようですが、多様化した現在はそんな事すらなくなりました・・・

フラフープ、ダッコちゃん人形、ボーリング等など・・・

だから国が成熟し、豊になれば多様化するのでしょうね~!
だから参加できたことが懐かしいですよ!

投稿: 富田義一 | 2010年3月 7日 (日) 18時11分

当時のスーパーカーブーム時、小生は7-8歳でしたがランボルギーニカウンタックやフェラーリに代表されるスーパーカーは非現実的過ぎていまいちついて行けず、同じヨーロッパ車でもメルセデス・ベンツのSクラス/コンパクト、アウディ各種、BMW各種、VWゴルフGTIにプジョー604、ルノー30TS~18GTS(1978年に登場)そしてアルファロメオアルフェッタにフィアット131、シトロエンCX.....という高性能実用車分野こそがアイドルでした!
当時からカーグラフィックを穴が開くほど読み漁り、現地からのルノーのシトロエンのメルセデスのVWの試乗記事に心躍らされ、同誌のエッセイ「自動車望見」がとっておきの記事でした。
富田さんも当時の小生の精神年齢が何歳だったか読めたでしょうか(苦笑)。そんな小生だからこそメインの関心事も当時の51年排ガス規制の国産車の触媒を外して「触媒ストレート」なる直管に替えた場合のパワーアップ幅がどれほどのものか、そしてそれはフルトラCDIを取り付けた場合と比べてどちらが有効なパワーアップか、にウェイトが置かれていたものです―そんなわけで富田さんも排ガス規制やその副産物として生まれた触媒ストレート~フルトラCDIに関する話もブログにアップしていただけたらと切望しております!!

投稿: 真鍋清 | 2012年1月30日 (月) 05時25分

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