« 車お宝話(213)(新)回想録・・・(1) 奇跡の杖 | トップページ | 車お宝話(215)(新)回想録・・・(3) 輸入車販売のコツ »

2010年1月20日 (水)

車お宝話(214)(新)回想録・・・(2) お宝探しの旅

   

第一回目の「クルマお宝話」に、僕の35年間のクルマ人生
には大きく3つのウエーブがあると書いた・・・

独立して最初の10年は、スーパーカーブームを中心とした
ウエーブと紹介したが、実はそんな単純なものではなかった。

お宝話(4)で書いているが、せっかく日本初のスポーツカー
専門店としてスタートしたのに、独立してからたったの2,3年
で「輸入車専門店」に鞍替えせざるを得なかったからだ・・・

それは、当時、駆け出しのtomitaautoが絶好調だったから、
同業者がスポーツカーは儲かると思ったのだろう・・・

スポーツカーを扱う店が急に増え、仕入が大変になり、
追い詰められて「輸入車専門店」に切り替えたと言うのが実情だった!

《だがチャレンジャーのトミタはすぐに決意した。
「輸入車専門店」をやろう!
 これが後々スーパーカーブームに続くのだが、
 まだまだ機は熟さず。》・・・・お宝話(4)より。

・・・そう簡単に書いてはいるが、実は大変だった!

《国内で仕入れた輸入車で勝負するが、
 これが「クセモノ」だった。
 来る客、来る客、ロクなヤツが来ない。》

《この頃の欧州車や米車の客層は最悪だったのだ。
 わざとクルマを壊して「どうしてくれる」、
 「金でカタを着けよう」「クルマを換えろ」などと、
 全く仕事にならない。》

《暴対法などない時代で、ほんとに困ったが
 負ける訳には行かない!
 日本刀、拳銃、猟銃など、いろいろ持って来て
 チラチラ見せて脅す!
 監禁もされたけど、怖がってなんていられない。
 クルマを取られたり、お金を取られて店が
 つぶれる方が余ほどコワイ!》

《本気でクルマと命を引き換えにと思っていた。》

《トミタオートに続けと独立した若い経営者達は、
 皆、ヤツらに潰された。》

《戦後25年はまだこんな感じだった。》・・・お宝話(4)より。

やくざ映画じゃ~ないが、毎日が喧嘩の出入りみたいで、
ほとほと嫌になり、こんな辛い時期が2年ほど続いたとき、
いっそ外車屋なんか止めてしまって、静かな仕事がしたいと、
日本で最初に出来た「ファッションビル・BAL」に店を出した。

なけなしの金をはたいて、ファッション・ブティックの横に、
コーヒーショップを持つ、お洒落な店を出す・・・!

1日の大半を、この「ファッションビル」で過ごすようになる。
だって、どうせ自動車の店に行っても、また喧嘩しかない・・・

・・・店番1人を残して、嫌なことが通り過ぎるまでと、
   自分に言い訳をして・・・

・・・多分、嫌気が頂点に達して、心が逃げていたのだろうな~!

本音は、新しい仕事が軌道に乗ったら、自動車屋はやめようと
思っていたのだが・・・

果たして・・・なんとこの新しい仕事が軌道に乗ってしまったのだ。

ところが不思議なことに、飯が食える自信がついたからなのか・・・
それとも、お金に対する脅迫観念が薄らいだからなのか・・・

それまで嫌で嫌で仕方のなかった、輸入車専門の「外車屋」を、
もう一度死に物狂いでやろうと決めてしまった・・・!

《そうだ!見得やハッタリでクルマに乗るヤツは
 相手にしないで、クルマ好き、スポーツカー好き
 の人だけを対象にクルマ選びをしよう!》

《考える必要もないくらいすぐに決まった。
 真っ先に頭に浮かんだのはポルシェだ!》・・・お宝話(4)より。

こうしてクルマお宝話(5)で紹介したように、
東京で、ポルシェや、珍しいお宝のクルマを探し出し、
東名高速をぶっ飛んで、京都に運ぶ・・・

09104

その頃の僕にとって、このクルマお宝探しの旅は、
楽しくて、楽しくて、仕方がなかった・・・。

02082

04046

そうして100回以上も、東京~京都をお宝に乗って
往復するうちに、少しずつ、少しずつ、スーパーカーブーム
が近ずいてきた・・・!

I6

やはり心は持ちよう、気の持ち様だよね~・・・。

嫌で嫌で仕方がなかった「外車屋」を、もう一度死に物狂いで
やろうと決めたことが、最高の結果を引き出した・・・

102413

考え方を少し変えるだけで、苦しさが楽しさに変わったし、
スーパーカーブームにも、先鞭をつけることが出来たんだから・・・!

Countac1

|

« 車お宝話(213)(新)回想録・・・(1) 奇跡の杖 | トップページ | 車お宝話(215)(新)回想録・・・(3) 輸入車販売のコツ »

1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

2枚目の画像 モーガンの後ろにE-TYPEが顔を出してますね、ご存知と思いますが、これの!71モデル12気筒でしかもルーフがタン色皮でフランス車のように後方にめくれる貴重なのを一時所有したことがあります。ナンバーは輸出元、カルフォルニアのまま、異国での虚栄心ですね、フランスは案外ルーズでした、帰国の時すっかんピンで金にこまり後ろ髪引かれる思いで知人のフランス人にうりました。

車と言うのは できるなら生涯所有した全部を手元において置きたいものです たとえソレが’s42年のカローラでも、あの3億円事件当時 三鷹が住みかでしてデカイバイクも所有、&カローラですから随分刑事がきました。
BALにそのようなお店を出してらっしたとは知りませんでした、今や隣の紀伊国屋も記憶の中です。

投稿: aphrodisiaque | 2010年1月21日 (木) 12時18分

そうですか、Eタイプですか・・・!

その次の写真、マーコスの前はATのマセラティ・インディですよ・・・!

投稿: 富田義一 | 2010年1月21日 (木) 12時29分

ホントですねオレンジのマセラティですね~言う人に言わせるとギブリ以外は鈍重だとか言ってますが私はそこまで乗り比べるお金がなかったので、なんとも言えません、ただマセラティの2,7リッターなんでしょか?エンジン載せたシトローエンsmは本気で欲しかった、ナンバープレートまで6灯のライトともどもガラスの風防のなかに収まってるタイプです、富田さんのお年なら思いだされるでしょう、アランドロンのダーバンのCMに登場した奴です、大して速くありませんが雰囲気がよかった。
で 昨日シトローエンのC6を見に行きました後ろからが別嬪です、ジーンバーキンのすきっ歯みたいで、高級車です、日産フーガがこれでもか!と夜の祇園で厚化粧すればその対極のセンスです。

投稿: aphrodisiaque | 2010年1月21日 (木) 18時52分

初めまして、いつも楽しみにしています。
マセラティのドアミラー凄いですね。
当時はドアミラーのクルマばかりでしたが、
輸入車についても規制があったのですか?

「奇跡の杖」は本当に感動しました。

これからも有益なお話をお聞かせください。

投稿: 昭和36年式 | 2010年1月21日 (木) 21時43分

初めまして いつも楽しく拝見しています。

マセラティはドアミラーなんですね。当時の輸入車
はドアミラーに換装しないといけなかったのでしょうか?せっかくのデザインが台無しになってしいますよね。

奇跡の杖、大変参考になります。

これからも有益なお話をお聞かせください。

投稿: 昭和36年式 | 2010年1月21日 (木) 21時50分

aphrodisiaqueさんMaserati Indyの仕様をお知らせします。

1971製でエンジンはV8 DOHC 4136cc ウェーバー・ダウンドラフトの4連キャブレターでした。

今のシトローエンC6は欲しい車の1台です。

投稿: 富田義一 | 2010年1月22日 (金) 12時22分

昭和36年式さん・・・当時はドアーミラーをフェンダーに付け替えないといけない場合もありましたが、実際のところは各陸運事務所によって見解が違い、抜け道がありましたよ!

ちなみに8828のブルーのクルマは、今となってはホントに珍しいデトマソ・ロンシャンです。

当然オリジナルはドアーミラーです。

投稿: 富田義一 | 2010年1月22日 (金) 12時32分

ダウンドラフトの4連キャブ、スーパーカーのシンボルみたいに私など感じてしまいます、でもこのキャブ調整が極めてナイーブ、特に磨耗が始まるとそんじょそこらのメカニックでは完全調整は無理でしょうね、所有するだけで贅沢です。
c6本気で欲しいのです、実は遠方なのに来週自宅にc6のデモカーをcitroen japonが持ってきてくれます、でもそうするとトミタオートから当時の安田さんにマセを持ってきてもらった時みたいに私は首がどんどん締まります、欲しい ”富田さんにこの車、ほめられて”覚悟がきまりそうです。m30zと2台所有はラーメンすする生活が目前です。
何度も書きこんでいるので掲示割愛されてもかまいません、ただc6がいい車だとおっしゃっていただいたのでつい筆がすすみまして。

投稿: aphrodisiaque | 2010年1月22日 (金) 14時17分

下から二枚目のデトマソ・ロンシャンは小生が幼児だった1975-1976年にトミタオートさんが盛んに並行輸入して、CG(カーグラフィック)誌に広告を掲載しておりましたね!
実はその時からトミタオートさんの先見の明というかチョイスのセンス、なによりデトマソロンシャンそのものに痺れていたのです。メルセデス450SLCとモチーフが被りながらもスリムに、知性あふれる面処理でまとめられたボディシェル、実用に足る4座の室内空間と5.7リッター/330psのフォード・エンジンのコンビネーションに孤高の境地を感じておりました。特にアップして下さったライトブルーメタの個体には何度目が眩んだことか!
何でもこのロンシャン、一定の人気を得て傘下に収めたマセラティの4座GTキャラミにボディ/シャーシを提供したぐらいだから一時代を築いた一台ではないでしょうか。
当時、同様なアメリカンV8搭載の4座GTサルーンとしてイギリスのジェンセンインターセプターがありましたがこちらはそのクライスラーV8が排気量アップ(7000cc→7210cc)にも拘わらず年々排ガス規制でパワーダウンしていく上、労働争議とやらで英国車それ自体のイメージが最悪だったために個人的に魅力を感じません。その点、デトマソロンシャンはミッドエンジンのパンテーラと並んでアメリカンV8を生かした車両のファインチューニングで成功した例と言え、彼アレッサンドロ・デトマソ氏は一定の創業者利益を得たのではと思えてなりません。
マセラティといえば小生、2座のギブリも魅力的ですがなにぶんフル4座フェチの小生のこと、インディの特に4710cc版に心揺さぶられます。端正なビニアーレデザイン、特にオレンジメタの個体なんて不朽の輝きにほかなりません―小生のパソコン机のマスコットとしてフランスはソリド製1/43マセラティインディのミニカーがアクセントを添えております!
by41歳・B型・レクサスIS350+ヴィッツ1300所有・独身・山羊座・一匹の猫のパパ

投稿: 真鍋清 | 2011年10月21日 (金) 22時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/47067/47345429

この記事へのトラックバック一覧です: 車お宝話(214)(新)回想録・・・(2) お宝探しの旅:

« 車お宝話(213)(新)回想録・・・(1) 奇跡の杖 | トップページ | 車お宝話(215)(新)回想録・・・(3) 輸入車販売のコツ »