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2010年1月22日 (金)

車お宝話(215)(新)回想録・・・(3) 輸入車販売のコツ

前回「東京で、ポルシェや、珍しいお宝のクルマを探し出し、
東名高速をぶっ飛んで京都に運ぶ」と簡単に書いてしまったが、
その中身は結構濃厚だった・・・

というのは”輸入車は壊れるのが当たり前”と言われた時代・・・!

これは冗談のような本当の話しだが・・・

あるとき日産のディーラーから輸入車の販売方法を伝授して
欲しいと頼まれた・・・

当時の日産自動車がVWと提携して造っていたサンタナを、
日産サニー系列で販売していたのだが、これが壊れてばかりで、
話にならないのだという・・・

僕から言わせてもらえば、サンタナなんぞ壊れない部類なのだが・・・!

ところがサニーばかりを売ってきたセールス諸君にとっては、
壊れまくるクルマだから売りたくないと・・・

でもディーラーの社長にして見れば、なんとか売らなければ
メーカーからお叱りを受ける・・・

そこで僕がセールスマン120人の前で、輸入車販売のコツを
話したのだが、これが冗談のようで本当の話し・・・

僕が「輸入車は壊れるのが当たり前なんです、壊れないことより、
   操縦性や性能、安全性に重点を置いて造っているんです」

  「その代わり運転の楽しさは桁が違う、だから壊れることと
   楽しさを秤にかけて、車の好きな人に勧めればいいんです」と!

  「車が好きな人の中には、壊れるから可愛いと言う人も
   いるんですから・・・」   

まぁ嘘のような本当の話しだが、あながち外れてはいないと思う。

だから当時、東京~京都間を高速道路で往復するということは、
実はもの凄いチャレンジだったのだ・・・

まさに長距離高速テストで、このテスト走行で壊れなければ
安心してユーザーに勧めることができるし、お金もかからない!

それには、クルマの程度や、状態が、飛び切りいいものを探す
必要がある・・・

・何度か失敗して憶えたことは、「安い物に良い物はない」
 「安かろう悪かろう」ということだった!

・少々仕入価格が高くても、走行距離の極力少ないものや、
 飛び切り程度の良いもの、特殊な車だけを集めることにした!

そんな考えを徹底していたら、程度がいい中古車や特殊な車は、
京都の「tomitaauto」が偉く高く買ってくれると、評判になり、
全国からどんどんと電話が入るようになった・・・

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だからデイトナコブラや、ポルシェ904など、レーシングカー
まで手に入ったんだろう・・・。

102411

その後、数年を経てからのことだが、ディーラー物、ヤナセ物、
に次いで「トミタ物」の言葉もちらほら出てきた・・・

多分、独立後10年ほど経た頃だと記憶しているが・・・
この信用は後々まで僕に恩恵を与えてくれた・・・。

仕入れ先にも、銀行にも、初取引先にも、信用ある知名度は抜群だった!

そして、その頃には二玄社の「カーグラフィック」に広告を出して
いたから、仕入れと販売の両面で知名度が全国的になっていった。

そうそう有難いことに、その頃の自動車雑誌の人気投票で1等賞に
なったりもした・・・

それもこれも100回以上、東京~京都を高速道路で往復したから
こその副産物・・・!

だから、どんなことでも経験して見るべきだよね~・・・!

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1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

書き込み過ぎなので、この辺でお休みをと恐縮しながら。
一見華やかに見える、外車販売はいまも昔も難しいのですね、事実ある正規ディラーの承認を得た店舗がわずか1年半も経たず店ごとなくなった例が去年、京都西院にあります、しかも未だにインターネットにhpが残ってるのがまずい。 メーカーの意向なのか日本法人の,代理店への設備設定基準が厳しいようです、例えばこの年式の車はこのcpu診断機を備えていなければ契約解除するとかあるようです。今の車は診断機がないと若いメカには手が付けられないでしょうね、いい加減な業者がなくなるのはユーザーにいいことですが、同じ正規代理店の表情なのに、舞台裏の見えない業界です、
外車だけは少々値は張っても信頼のできる店でなくては。でも東名、名神を名車で突っ走れた時代はいいでしょうね、今は混みすぎです。

投稿: aphrodisiaque | 2010年1月23日 (土) 13時23分

長文で失礼致します。
はじめまして、『デイトナコブラ』が大好きで検索をしていたところこちらに辿りつきました。実は私、35年程前に東京は世田谷区等々力にある中古車屋で現物を見て以来のファンなのですが、これには理由があるのです。
その当時、まだ中学生だった私には『カーグラフィック』誌は内容が大人すぎるのと、そもそも高価であったことから、企画物が多く読み易い『ドライバー』誌をちょくちょく購入しておりました。そんな頃、ある号に「あのデイトナコブラ発見」のような見出しで、名古屋か京都かで発見されたその車を乗りにあの酒井正氏が訪れ、当時を懐かしむといった内容の記事が載ったのです。確か白黒で2~3ページ程度でしたが、トップは酒井氏が運転席に座りハンドルを握っている写真に、同じアングルでコブラに座る、現役当時の氏の古い写真を挿入した誌面構成だったと記憶しています。
実は上記中古車屋でコブラを発見したのがこの記事を読んだすぐ後で、雑誌に載った車そのものが目の前にあるというのがよほど嬉しかったのか、あわててカメラを取りに帰ったことを今だに記憶しています。
結局この時に、まるで偶然芸能人に出会ったかのようにえらく興奮したことが、この車の印象を自身の心の中で偶像化してしまったのでしょうね。
さて、そんな思いの詰まった車ですので、是非はっきりさせたいことがあり書き込みをさせていただきました。
①先に述べたようにこの車は“名古屋か京都で発見・・・”と記憶していますが、酒井氏の訪問場所も含め、発見場所は“京都のトミタオート”で間違いないでしょうか?
②この車は、前のオーナーがATに変換したと書いてあったと記憶しています。これは真実でしょうか? また、変換されていたとしたら、オリジナルのミッションやエンジンなどはどうなっていたのでしょう?
③35年ほど前にこの車を東京で見た時、その中古車屋さんは「もう外人が買っていった」と言っていました。その外人さんは誰だか知っていらっしゃいますか(もしかするとキャロル・シェルビー氏でしょうか?あるいはピート・ブロック氏でしょうか?)
④東京の業者さんには、貴殿がこの車をお売りになられたのでしょうか? あるいは外人さんに売ったのも貴殿や貴殿の関係の方なのでしょうか?

以上、35年来の疑問ですので、もしお答えをいただけるようならありがたいです(なお、公開できないようでしたら、個人的にメールをいただけるなどでご対応をいただければ幸いです。)

何卒宜しくお願い申し上げます。

投稿: 千葉のS | 2010年1月26日 (火) 01時46分

aphrodisiaqueさん・・・

書き込み過ぎとかは余り気にしないでください、返信は出来るときにだけさせてもらってますから・・・。

随分と以前から自動車販売ディーラーは経営が厳しく、これは輸入車も国産も同じようです。

それにしても本物の修理屋さんは日本には少なくなりました

トミタオート時代からの工場はまだ現役で頑張ってますから、なんなりと聞いて下さい。
いつでも紹介しますよ・・・!

投稿: 富田義一 | 2010年1月27日 (水) 12時11分

千葉のSさん、永年の疑問が解けると思いますよ・・・!

まず、世田谷区等々力にある中古車屋さんは僕の友人です。
商談があるとのことで委託販売したと記憶しています。

酒井氏の訪問場所も含め、発見場所は“京都のトミタオート”で間違いないでしょうか?・・・間違いないです。

取材はハッキリと覚えていますが、僕が助手席に乗って京都の北山にロケに行ったと思います。

僕も個人的に大好きなクルマだったので、自分で乗りたいと思いマスタング用のATに改造したのですが、震動がひどくてとても乗れたものではなかったですよ。

ノーマルの状態ではサーキット以外は無理なクルマで、小柄な日本人ではハンドルの重さと、クラッチの重さで病気になりますよ・・・!

無論、元に戻して販売しましたけど・・・。

当時の販売先の外人の方は存じませんが、昨年のオークションで1億7千万円の値段が付いてましたよ・・・びっくり。

余談ですが、キャロル・シェルビー氏はZZを発表した時にレターを頂きましたが、何も言ってなかったですね~!

参考に・・・2008年の二玄社「NAVI」5月号の僕の記事にもデイトナのことが少しですが掲載されていますよ・・・。


投稿: 富田義一 | 2010年1月27日 (水) 12時35分

では お言葉に甘えまして 今暫し。
今日 シトロエンの営業マンがC6の説明に自宅に来てくれまして、その愛車がC2VTR 車好きの私は”乗せて~”....
1600㏄でしたが1100キロのボディでビュンビュン走ってくれました、パドルスイッチが経験ないので回転に合わせてアクセル煽って....面白い、外車は乗って見るべきだですね、国産だと凡その雰囲気は乗らずにつかめますがこのシトロエンは面白かった、ターボでもないのにひゅ~んというエンジン、味なんでしょうね。

富田さんもほめてらっしたC6の試乗は来月半ばにずれ込みました、高級ハイドロを試してみます、速いのはチューンしたM30Zを持ってますので、スピードは期待せず歳相応の虚勢を張らないC6がどんな味なのか楽しみです。

トミタオート時代の工場といいますと、白梅町のですか?工場内中州の様なとこに長いこと置いてあった白いアルピーヌA110が印象的でした、
ホントに腕のいいメカニック少ないですね、国内ディラーみたいに30そこそこで営業に回されたら気の毒ですよ。

メカニックのご紹介の節はよろしくお願いします。
また お邪魔します。

投稿: aphrodisiaque | 2010年1月27日 (水) 20時20分

シトロエンC6の試乗楽しみですね~・・・!

シトロエンC6は中古車も買い得だと思いますが・・・
シトロエンだから何かとお買い得みたいで・・・。

工場は移転して二条城の畔です。

投稿: 富田義一 | 2010年1月28日 (木) 13時33分

富田様

早速のご返答をありがとうございます。

いやぁほんとに35年来の疑問が氷解した思いです。

あの時読んだ『ドライバー』誌は、もう手元にないのですが、内容的には、酒井氏が訪問し、「1967年、ポルシェでのバンク事故以来、自分はレースが怖くなってしまっていたが、そんな思いをおしてコブラでレースに出た。ハンドル、ブレーキ、何もかも重い操作を、力でねじ伏せながらレースを進めたのだが、結局はその重さが恐怖感を消し去ってくれた。自分がレースを続けられたのはこの時のコブラのおかげだ」と当時を振り返って懐かしむ・・・・・と、おそらくこんな趣旨であったと記憶しています。

これってまさに、
>>>ハンドルの重さと、クラッチの重さで病気になりますよ・・・!
を証明していますよね!

そしてATに変換していたことは、おそらく当時のこの記事を読んだ人以外は知らないことだと思いますが、それが、
>>>マスタング用のATに改造したのですが、震動がひどくてとても乗れたものではなかったですよ。
というのは、これもまた新事実の暴露なのではないでしょうか!

そしてそして、
>>>昨年のオークションで1億7千万円の値段が付いてましたよ・・・
なんですが、ある方のHPにこんな文章が・・・
「5月のオークションに出品されていたオリジナルのDaytona Coupe#CSX2601ですが、結局オーナーの最低希望価格を割り込み中止になったようです。
前評判では15億円は付くんじゃないかとも予想されていましたが、6億円まで落ちたところで前オーナーが止めたそうです。」
ひょえーっ!もしタイムマシーンがあってあの当時に戻れたら、私が等々力の店で買ってたな(っていうか、富田さんが手放さないよね・・・)。

今回のご回答で、胸のつかえがとれた思いです。それと、当時の思い出がよみがえってきて懐かしかったのと同時に、心に刻みこまれた少年時代のデイトナコブラとの出会いの記憶が、いまだ衰えていないことに自分自身驚きました。

きっと、よほどインパクトがあったんでしょうねぇ・・・・・

投稿: 千葉のS | 2010年1月30日 (土) 00時37分

千葉のSさん、良かった、良かったですね~!

値段のことならデイトナコブラだけでなく、イオタや904
、その他、億単位になっているクルマは沢山あります。

まぁ新車に近い状態での記憶と、思い出があるのですから、それだけで十分ですよ・・・!

投稿: 富田義一 | 2010年1月30日 (土) 11時13分

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