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2010年1月

2010年1月30日 (土)

車お宝話(217)(新)回想録・・・(5) ジュリアSS

 

ぼちぼちスーパーカーの話しにと思いつつ、仲々辿り着かない・・・

それはそうだろう、10年ほどの道のりを、僅か数枚分の
原稿用紙程度の内容で書けるわけがない・・・。

書いているうちに、次から次へと思い出されてくるから、
それを書けばいいようなもんだが、思い出される内容は
断片的なモノが多いから、始末に悪い・・・

2年以上まえに書いた、最初の「お宝話」のときは、
スラスラと書けたもんだが、それをもう少し掘り下げてとなると
仲々厄介な作業になる・・・

たとえば「アルファロメオ」の話しひとつ取って見ても、
あれもある、これもあると、1台や2台の"アルファの思い出"
ではないのだから、まとまる訳がない・・・

それこそ1台1台の思い出を全部書いていたら、1年経っても
スーパーカーの話には辿りつかないだろう・・・!

ところが根っからクルマが好きだし、思い入れもあるから、
そうは簡単に割愛出来ないから、厄介で始末に悪い・・・。

それでも、こんな調子で駒を進めていることを言い訳にして、
ぼちぼちと書かせてもらうことにする!

と言う訳で、今日は特に想い入れのある「アルファロメオ」の
お話を一題・・・。

「アルファロメオ ジュリアSS スプリント スペチアーレ」

A4

通称ジュリアSS・・・1958年に発表されたこのクルマは、
ベルトーネ時代のフランコ・スカリオーネが、スパイダー用の
シャーシに、当時としては最先端の流線形ボディを架装した
アルファロメオの高性能モデルとなっている・・・

A3

以前にも確か書いた記憶があるが、敢えてもう一度書くと、
フェラーリ・ディノ246GTと良く似ている・・・

と言うのは、形の狙いは全く違うが、ハンドメイドの如きデザイン
なのに実用性が高いこと・・・

性能的にはさほどでもないが、乗っていて深い味わいがあり、
クルマを降りて"振り返った"時のデザインの良さが感動的なのも、
ディノとよく似ている。

インテリアのデザインと、造りの良さは抜群で、オリジナルな
味付けが、なんとも言えず魅力的だった・・・

コクピットはタイトだけど丁度いい感じで、体を包み込むシートは
スポーツカーとしての雰囲気を、充分醸し出している・・・

長いシフトレバーを操って、当時のアルファ独特のお尻にググッと
くる感触を楽しみながら走っていると、どこまでも走りたくなる・・・!

上質な乗り心地と、DOHCのエンジン音、マフラーから漏れる、
なんとも云えないリズミカルな音質・・・

でも、美術館から抜け出てきたような造形は、実車を前にしないと
良さが解らないかも知れないな~・・・!

僕は今もそうだが、クルマを降りて振り返った時、「ああ美しいな~」
とか「カッコいいな~」と、思えなければ所有する気になれない・・・

ところが、年々そういったクルマは少なくなってしまった・・・!
 
これは僕の勝手な独り言だからあまり気にしないで読んでほしいが、
1年半ほど前に、友人が「AMG・E55」に乗ってきて、
これを買おうと思うのだが、調子を見てほしいからとステアリングを
僕に任せた・・・

暫らく試乗してクルマを降り、少し離れて振り返ったときに決まった!
僕なら”いらない”と・・・。

なぜなら、その頃乗っていた"シャンパンゴールド"の古い「ジャガーXJR」
の方が断然美しいし、味がある・・・

100130_01

僕は年齢的に、低くて、伸びやかなデザインが好きだから余計だろう・・・!

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2010年1月28日 (木)

車お宝話(216)(新)回想録・・・(4) 小排気量車

前回のお宝話のラストに、「それもこれも100回以上、
東京~京都を高速道路で往復したからこその副産物・・・!」
と書いたが・・・

それは 2007.11.23日 のクルマお宝話(5)に、
《この頃、東京で仕入れて東名高速で京都まで走った
 回数は100回を超えると思う。》と書いたことによる
もの・・・

次に《その中でも,特に印象に残っているクルマの話をしよう!》と、
ポルシェ356と同じエンジンの、912の話しをしているが、
実は、当時のポルシェ912より高いアベレージで走れる
マシンは、以外にもアルファロメオ1300Jだった・・・

この頃のポルシェは、まだまだリアーエンジンの悪癖が強く、
とくに直進時の安定性には不安があった。

お宝話(6)でも、このアルファロメオ1300Jのことには
少し触れているが、今日は当時のアルファロメオのことや、
そのとき触れなかった車のことを、しっかりと書こうと思う・・・

まずはこのアルファロメオ1300J(ジュニア)・・・

静かで、しかも疲れず、京都までの長距離を最も早く走ることが
出来た1台だった・・・

最初に手に入れたクルマはダークブルーで、内装がベージュ色、
当時としては非常に質感の高いインテリアで、とても1300cc
クラスには見えなかった・・・

大きなスピードメーターと回転計、そして特製のバケットシート
が付いていたとの記憶がある・・・

ほとんど新車のような状態の1300Jに、確か友人が同乗し、
話に夢中になって、さして飛ばした憶えもないのに東京~京都間
を3時間50分で走ったと鮮明に覚えている・・・

僕の特性として、尻上がりにスピードが上がるし、
基本的に休憩せず、そのスピードを持続させることが得意
だったから、平均4時間少々だったと思う・・・

まぁ当時の道路状況だからこそ、可能な数字なのだろうが、
今なら6時間は掛かるだろうな~・・・!

それでもチューニングレベルがアルファ1600GTより高く、
回転の上がりがマニア向きで、FRらしい抜群の高速性能車
だったから出来たこと・・・

瞬間的には早いが、とても、とても、持続させることが困難な
クルマもたくさん経験したから、このアルファ1300J
というクルマは当時は別格だった・・・。

今ならハンドメイドのクルマや、イタリアの超高級スポーツカー
には量産のクルマは歯が立たないが、当時は全く逆・・・

信頼性も、個体差のない性能も、量産車の方が断然上だった!

だからレースカテゴリーの関係から、小さな排気量の1300J
にはチューニングパーツが多く、当時は世界的に人気があった・・・

僕は以前から、小さな排気量のクルマが大好きだと何度も書いて
いるが、このアルファロメオ1300Jも・・・その中の1台!

フランスのアルピーヌA110を筆頭に、シムカラリー3・・・
イタリアのイノチェンティ・ミニクパーSや、デトマソ・ミニ・・・

おとなしい車だが、ルノー4(キャトル)など、どれをとっても
僕にとって特別な思い入れがある・・・小排気量車たち!

アルピーヌA110のことは、何度も書いているからご存じだろうが、

A110red
まだ国内に2~3台しかない頃に、フランスから大量に仕入れて
アルピーヌA110ブームを起こしたし・・・

A10832_2

シムカラリー3も、1号車を輸入しておおいに話題になった・・・。

C5

当時、誰も知らないイタリアのイノチェンティ・ミニクパーSなんぞ、
現地から数十台も輸入して、登録するのに大変な苦労をしたもんだ・・・!

04012

デトマソ・ミニは、当時のデトマソ日本総代理店としてパンテーラ
だけでなく、このミニの拡販と知名度向上にも躍起になって全力を
注いだ・・・。(当時tomitaautoがデトマソ日本総代理店をしていた)

Pantera1

ルノー4(キャトル)の時も、僕自身がパリの本社ショールームに
出向き、日本向け1号車をオーダーして、日本に於けるルノー4の
拡販と知名度向上の礎を築いた。
(この当時はルノー日本総代理店・日英自動車の京都地区代理店)

これらの記事は『2008年・二玄社「NAVI」5月号』の中に、
「夢をのせて」のタイトルで、僕のインタビュー記事として詳しく
掲載されているので是非参照してください・・・。

                           

                          つづく。

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2010年1月22日 (金)

車お宝話(215)(新)回想録・・・(3) 輸入車販売のコツ

前回「東京で、ポルシェや、珍しいお宝のクルマを探し出し、
東名高速をぶっ飛んで京都に運ぶ」と簡単に書いてしまったが、
その中身は結構濃厚だった・・・

というのは”輸入車は壊れるのが当たり前”と言われた時代・・・!

これは冗談のような本当の話しだが・・・

あるとき日産のディーラーから輸入車の販売方法を伝授して
欲しいと頼まれた・・・

当時の日産自動車がVWと提携して造っていたサンタナを、
日産サニー系列で販売していたのだが、これが壊れてばかりで、
話にならないのだという・・・

僕から言わせてもらえば、サンタナなんぞ壊れない部類なのだが・・・!

ところがサニーばかりを売ってきたセールス諸君にとっては、
壊れまくるクルマだから売りたくないと・・・

でもディーラーの社長にして見れば、なんとか売らなければ
メーカーからお叱りを受ける・・・

そこで僕がセールスマン120人の前で、輸入車販売のコツを
話したのだが、これが冗談のようで本当の話し・・・

僕が「輸入車は壊れるのが当たり前なんです、壊れないことより、
   操縦性や性能、安全性に重点を置いて造っているんです」

  「その代わり運転の楽しさは桁が違う、だから壊れることと
   楽しさを秤にかけて、車の好きな人に勧めればいいんです」と!

  「車が好きな人の中には、壊れるから可愛いと言う人も
   いるんですから・・・」   

まぁ嘘のような本当の話しだが、あながち外れてはいないと思う。

だから当時、東京~京都間を高速道路で往復するということは、
実はもの凄いチャレンジだったのだ・・・

まさに長距離高速テストで、このテスト走行で壊れなければ
安心してユーザーに勧めることができるし、お金もかからない!

それには、クルマの程度や、状態が、飛び切りいいものを探す
必要がある・・・

・何度か失敗して憶えたことは、「安い物に良い物はない」
 「安かろう悪かろう」ということだった!

・少々仕入価格が高くても、走行距離の極力少ないものや、
 飛び切り程度の良いもの、特殊な車だけを集めることにした!

そんな考えを徹底していたら、程度がいい中古車や特殊な車は、
京都の「tomitaauto」が偉く高く買ってくれると、評判になり、
全国からどんどんと電話が入るようになった・・・

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だからデイトナコブラや、ポルシェ904など、レーシングカー
まで手に入ったんだろう・・・。

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その後、数年を経てからのことだが、ディーラー物、ヤナセ物、
に次いで「トミタ物」の言葉もちらほら出てきた・・・

多分、独立後10年ほど経た頃だと記憶しているが・・・
この信用は後々まで僕に恩恵を与えてくれた・・・。

仕入れ先にも、銀行にも、初取引先にも、信用ある知名度は抜群だった!

そして、その頃には二玄社の「カーグラフィック」に広告を出して
いたから、仕入れと販売の両面で知名度が全国的になっていった。

そうそう有難いことに、その頃の自動車雑誌の人気投票で1等賞に
なったりもした・・・

それもこれも100回以上、東京~京都を高速道路で往復したから
こその副産物・・・!

だから、どんなことでも経験して見るべきだよね~・・・!

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2010年1月20日 (水)

車お宝話(214)(新)回想録・・・(2) お宝探しの旅

   

第一回目の「クルマお宝話」に、僕の35年間のクルマ人生
には大きく3つのウエーブがあると書いた・・・

独立して最初の10年は、スーパーカーブームを中心とした
ウエーブと紹介したが、実はそんな単純なものではなかった。

お宝話(4)で書いているが、せっかく日本初のスポーツカー
専門店としてスタートしたのに、独立してからたったの2,3年
で「輸入車専門店」に鞍替えせざるを得なかったからだ・・・

それは、当時、駆け出しのtomitaautoが絶好調だったから、
同業者がスポーツカーは儲かると思ったのだろう・・・

スポーツカーを扱う店が急に増え、仕入が大変になり、
追い詰められて「輸入車専門店」に切り替えたと言うのが実情だった!

《だがチャレンジャーのトミタはすぐに決意した。
「輸入車専門店」をやろう!
 これが後々スーパーカーブームに続くのだが、
 まだまだ機は熟さず。》・・・・お宝話(4)より。

・・・そう簡単に書いてはいるが、実は大変だった!

《国内で仕入れた輸入車で勝負するが、
 これが「クセモノ」だった。
 来る客、来る客、ロクなヤツが来ない。》

《この頃の欧州車や米車の客層は最悪だったのだ。
 わざとクルマを壊して「どうしてくれる」、
 「金でカタを着けよう」「クルマを換えろ」などと、
 全く仕事にならない。》

《暴対法などない時代で、ほんとに困ったが
 負ける訳には行かない!
 日本刀、拳銃、猟銃など、いろいろ持って来て
 チラチラ見せて脅す!
 監禁もされたけど、怖がってなんていられない。
 クルマを取られたり、お金を取られて店が
 つぶれる方が余ほどコワイ!》

《本気でクルマと命を引き換えにと思っていた。》

《トミタオートに続けと独立した若い経営者達は、
 皆、ヤツらに潰された。》

《戦後25年はまだこんな感じだった。》・・・お宝話(4)より。

やくざ映画じゃ~ないが、毎日が喧嘩の出入りみたいで、
ほとほと嫌になり、こんな辛い時期が2年ほど続いたとき、
いっそ外車屋なんか止めてしまって、静かな仕事がしたいと、
日本で最初に出来た「ファッションビル・BAL」に店を出した。

なけなしの金をはたいて、ファッション・ブティックの横に、
コーヒーショップを持つ、お洒落な店を出す・・・!

1日の大半を、この「ファッションビル」で過ごすようになる。
だって、どうせ自動車の店に行っても、また喧嘩しかない・・・

・・・店番1人を残して、嫌なことが通り過ぎるまでと、
   自分に言い訳をして・・・

・・・多分、嫌気が頂点に達して、心が逃げていたのだろうな~!

本音は、新しい仕事が軌道に乗ったら、自動車屋はやめようと
思っていたのだが・・・

果たして・・・なんとこの新しい仕事が軌道に乗ってしまったのだ。

ところが不思議なことに、飯が食える自信がついたからなのか・・・
それとも、お金に対する脅迫観念が薄らいだからなのか・・・

それまで嫌で嫌で仕方のなかった、輸入車専門の「外車屋」を、
もう一度死に物狂いでやろうと決めてしまった・・・!

《そうだ!見得やハッタリでクルマに乗るヤツは
 相手にしないで、クルマ好き、スポーツカー好き
 の人だけを対象にクルマ選びをしよう!》

《考える必要もないくらいすぐに決まった。
 真っ先に頭に浮かんだのはポルシェだ!》・・・お宝話(4)より。

こうしてクルマお宝話(5)で紹介したように、
東京で、ポルシェや、珍しいお宝のクルマを探し出し、
東名高速をぶっ飛んで、京都に運ぶ・・・

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その頃の僕にとって、このクルマお宝探しの旅は、
楽しくて、楽しくて、仕方がなかった・・・。

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そうして100回以上も、東京~京都をお宝に乗って
往復するうちに、少しずつ、少しずつ、スーパーカーブーム
が近ずいてきた・・・!

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やはり心は持ちよう、気の持ち様だよね~・・・。

嫌で嫌で仕方がなかった「外車屋」を、もう一度死に物狂いで
やろうと決めたことが、最高の結果を引き出した・・・

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考え方を少し変えるだけで、苦しさが楽しさに変わったし、
スーパーカーブームにも、先鞭をつけることが出来たんだから・・・!

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2010年1月15日 (金)

車お宝話(213)(新)回想録・・・(1) 奇跡の杖

 

今週は出張が多くバタバタとしていたので、金曜日1回だけにさせて
もらった・・・。

出来るだけ週2回を心がけているのだが、出張先次第で不可能なとき
も結構あるから、その節はお許し願いたい・・・!

そうそう昨年末にお知らせしていた「奇跡の杖」が出来上がったので
入用の方はコメント下さい。

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今迄のものは手作りなので分厚く、大きかったのですが・・・
今回は要望が多かった、財布に入れて持ち歩けるサイズにしました。

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でも本格的に印刷したので、今回は実費でお願いします。
200部程しか作っていませんので、1部1000円(送込)で・・・。

サイズは 縦15cm  横幅8cm  厚さ2mmと小さくて薄いですよ!

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・

このお正月休みに「車お宝話シリーズ」を(1)から順に久々に読んでみた・・・!

おもしろいことに、ついこのまえ書いたと思っていた奴ほど、時を経ている・・・
・・・そんな奴ほど印象が強いのか、それとも歳のせいだろうか!

そこで思いついたことは、2007.11.06より始まった「クルマお宝話」を、
もう一度、別の角度から振り返ってみないと、余りにも断片過ぎると思うのだ・・・

そんなことで「クルマお宝話」の(1)から順に、それを題材として、
もう少し掘り下げてみたり、別の角度から振り返ってみようと思う・・・

と言いつつ、相変わらず思いつくままに書いてしまいそうな気もするけど・・・!

まぁ出来る限り番号に沿って、順々に書き進めるつもりなので、
また1年間、お付き合いのほどをよろしく・・・。

         クルマお宝話(1)

なぜか「お宝話」の(1)から(9)までにはタイトルがない・・・
でも第1回目は、これから始まる「お宝話」のベースタイトル・・・

この第1回目に「僕のクルマ人生は大きく分けて3つのウエーブがあると思う。」
と書いたが、細かく云うと、23歳でスポーツカー専門店として独立してから、
58歳まで、その35年間には沢山の山や谷があった・・・

最初の10年はスーパーカーブームを中心とした、1つ目のウエーブと
紹介したが、とんでもない・・・!

そこに到達するまでには、紆余曲折いろいろとあった・・・

それは自動車屋をスタートして、3年目ぐらいだったか・・・
・・・1度だけ本気で自動車屋をやめようと思ったことがあったんだから!

でもこの話は、次回に詳しく書こうと思うので流す・・・

まずは最初の外車屋時代だけでも、5年以上の月日を要したということ。
もちろん、その間に断片的にスーパーカーを扱うのだが・・・

だから世界中の外車を扱うようになるまでには、まだまだ時間を必要とした!

次のチューニングカー時代には「AMG」の総代理店として、有名にするまで
2年以上を費やしたが、結局は他人にとられてしまう・・・。

次の「HARTGE・総代理店」の時も、現地と裁判まですることに・・・

そしていよいよオリジナル・チューニングカーブランド「TOMMYKAIRA」の
スタートとなるのだが、これも簡単ではなかった・・・・・・

まぁ、ざっと書き上げただけでもこんな調子だから、"余りにも断片過ぎる"と
書いたのだ・・・

次回からはこんな調子で、舞台の裏話や、秘話を書いていこうと思っている!

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2010年1月 9日 (土)

 車お宝話(212)懐かしいクルマのしめ縄!

   

今朝の出勤途中、出くわしたプリウスのフロントグリルに、
懐かしい「しめ縄」がくくりつけてあった・・・

そう言えば、お正月と言えば「しめ縄」が当たり前だった・・・

でも、近頃とんと見かけなくなっていたな~と、
思わず振り返ってしまった・・・!

むかしは・・・そう20年以上も前になるかもしれないが、
お正月にはほとんどと言ってもいいほど、クルマのグリルに
「しめ縄」を付いていたもんだが・・・

それが、いつのまにか知らないうちに、そんな意識も無くなり、
「しめ縄」のことは、すっかり忘れてしまっていた・・・

どうしてなんだろうな~と、ぼんやり考えていたら、
昔の想い出がどんどんと蘇ってきた・・・。

僕が最初に手に入れたクルマは「スバル360」・・・

Subaru360

その愛車を、その頃では考えられないガンメタリックに塗り替え、
当時全盛だったVWビートルのマフラーを真似て、2本出しにし、
リアーのテールランプも丸い奴に改造していた・・・。

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このクルマに乗って、初めて迎えたお正月のこと・・・

愛車「スバル360」に「しめ縄」をつけようと買ってきたのは
いいんだけど、取り付けるところがない・・・

だってリアーエンジンだから、フロントにグリルがないんだもん・・・!

仕方がないからバンパーのオーバーライダー、通称「かつおぶし」に
くくりつけたのを思い出した・・・

そう言えば、ポルシェのオーナーさんも「これ買って来たんだけど
付けるところがないんだよ~」って「上等のしめ縄」を持ってきてたっけ・・・!

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あれって、しめ縄の真ん中にミカンが付いているんだよね~・・・
・・・今考えたら、随分とおっとりしていた時代だったんだな~と!

そうそう、スーパーカーのオーナーさんも、ちゃんとお正月には
「上等のしめ縄」を付けていたよな~・・・

でも外人さんが見たら変な顔するだろうな~って、
ひとりで想像してニタニタしていた・・・。

そうそう、「しめ縄」には関西風とか、関東風があるらしいから、
全国的に見たら、もっともっと、いろんなヤツがあるんだろうけど・・・

いまでも地方に行けばクルマの「しめ縄」は、まだ生き残っているのかな~?!

最近はバッタリと見なくなったけど、それだけクルマの立場と言うか、
値打ちが無くなったんだろう・・・

思うに、どうも「三種の神器」が関係しているように思うんだが・・・

最初は、テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫、が「三種の神器」の始まり。

この「三種の神器」を家庭に揃えるのが、高度成長のあかしであり、
この時代の「豊かさ」の象徴でもあったからね~・・・

そして、60年代後半になると、新たに、自動車、カラーテレビ、
クーラー、の三品が「新・三種の神器」となり、「3C」と呼ばれた・・・

だから「神器」だから「しめ縄」を付けないと罰が当たるみたいに・・・
テレビの上にだって、お餅を乗せたお正月飾りをしている家が多かったし・・・。

だけどもう随分と前から、自動車、カラーテレビ、クーラーなんて、
当たり前の生活用品なんだから・・・

だから有難い「しめ縄」を、わざわざ当たり前のクルマには、
付けなくなったんだと思うんだけどな~・・・!

でも近頃めっきり聞かなくなった、この「三種の神器」も、
今は、中国や、インド、で盛んに使われているのかもしれない・・・・・。

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2010年1月 6日 (水)

車お宝話(211)今年は期待の年になるかもしれない!

         明けましておめでとうございます。

時の流れは早いもので、お宝話も早や足掛け3年目を迎える・・・

その時々好きなように書いては来たが、それでも底辺に流れる
ポリシーだけは見失いたくはないから、悩むことも多々あった!

クルマを好きになり、趣味の壁を飛び越え、人生を共にする相棒
としての半生だったから・・・

クルマを通して、なにかが伝えられればと思いつつ書いてはきたが、
年々クルマの影が小さくなっていく世情には、寂しい想いが募る・・・。

そんな想いで新年を迎え、ハタと気がついた・・・

小さい気持ちで国内だけを見ているから、寂しい想いがするのだと・・・!

海外に目を向ければ、これからは日本の技術が活躍する部分が大きい筈、
と気がついた・・・

発展途上国は当然のこと、シトロエンやルノーから出てくる電気自動車も、
年末に発売予定のアストンマーチン・シグネットも、皆べースは日本製だ!

それに、何にもまして力強いのは、国連が日本のエコカーの安全基準を
世界基準にするということだろう・・・

そう考えれば、日本の自動車メーカーも前途洋洋、これからはチャンスが
出てくると、大いに期待出来る。

過剰品質とユヤされている技術や品質も、途上国の発展を考えれば
これから先が楽しみだ・・・

最先端技術は一朝一夕には実らない、これからは今までの米国のように、
ノウハウを売るビジネスが栄えると思うのだが・・・

それに趣味としてのクルマは、いつまでも車好きの心の中に生き続ける
んだと・・・そう考えると嬉しくなってくる。

やはりモノは考えようで楽しくなったり、つまらなくなったりする。
だから、やっぱりプラス思考で考えないと・・・!

そうそう、新年の挨拶で使った「プラス思考の話」をひとつ・・・

特に変化の時は、自分もドンドンと変化しなくては時代に
付いていけなくなってしまうから、変化しようというお話!

         『 前を向いて歩こう 』

前進し続けること・・・イコール・・・変化し続けること。

立ち止まらずに、人生の駒を前に進めるということは、
変化するということ!

私はこうだからとか・・・私の主義はこうだとか。
変化しない自分になっていませんでしたか・・・?

変化することで、あたらしい自分を発見したり、あたらしい出会いが
あるのです。

もし変化しない自分が少しでもあったら、一度前向きに変化すると、
また新しいものが見えてくると思いますよ・・・!

だから今ある自分は、自分が決めた通りの自分の姿なのです。

今ある自分の姿は、親のせいでも、生まれおちた環境のせいでもない。

自分自身が心に描いた通りの姿が、いまの自分なのです。
だからドンドン変化させて素晴らしい、最高の人生を手に入れて下さい!

積極的な気持ちでプラス思考に行動し、素晴らしく変化してください。

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