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2009年10月

2009年10月31日 (土)

車お宝話(195)想いでの詰まった分厚いアルバム・・Ⅱ

この「スーパーカー」とタイトル書きをしている青い表紙の
アルバムには、沢山のクルマが思い出とともに詰まっている・・・

今までにも、かなりの写真を紹介してきたが、まだまだ紹介
しきれていないものが沢山ある・・・

デイトナコブラは別として、イタリアのクルマが断然多いが、
なぜかこのアルバムにポルシェの写真が入っている・・・

それは僕の勝手な判断なのだが、ちゃんと理由はある・・・

というのは、今の乗り易いポルシェとは違い、その当時のポルシェ
は仲々マニアックで、スーパーカーに引けを取らないぐらいの
迫力があったということ・・・

キャブレター仕様の911Sなんぞ、プラグをかぶらせない様に
街中はほとんど、2速か、3速で走るのが常識だったんだから・・・

だから僕の想い出の中のポルシェは、スーパーカーなのだ・・・

今なら知り合いの奥さんがポルシェに乗ってお買い物に行ってる
けど、何より当時のポルシェはマニアルミッションで、クラッチ
も程々に重いから、とてもとても、お買いものなんぞには・・・

そんな理由が、ポルシェをスーパーカーの仲間入りにさせたのだ・・・!

おっと、このポルシェの話しはもっと後に書こうと思うから
話を最初に戻す・・・

車お宝話(193)に書いた「カリフォルニアのBobileff」という
スーパーカー屋さんをネットで覗いてみたら、すごく程度のいい
「フェラーリディノ・246GTS」が在庫にあるが、なんと値段の高いこと・・・

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・・・僕が扱っていた時の3倍以上はするんだから!

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だけどフェラーリのクラシックで実用性のあるヤツは、
この「ディノ」ぐらいだから、仕方ないけど・・・

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でも本来、ディノはフェラーリじゃなかったんだけどな~・・・!

後年あまりの人気に、フェラーリ社がフェラーリと呼ぶことを
認めたと、何かの本に書いてあったのを読んだことがある・・・

それは当時のフェラーリ社が、フィアットの6気筒エンジンを
フェラーリとは認めたくない、といったことが理由らしかった・・・

良く見てもらえば解るけど、本来ディノのボディにはフェラーリの
文字は一字もない・・・

だけど、ほとんどのクルマがフロントフェンダーやリアーパネルに、
フェラーリのステッカーを貼っている・・・

参考までに、それぞれ違う3枚の写真で比較してみるとおもしろい。

これがノーマルで、リアーパネルの右側にだけ「Dino」とメッキされた
エンブレムがさりげなくついているだけ・・・

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(余談だが、このクルマはワイドなカンパニョーロ製ホイールを履く為に、
 前後とも少しだがオーバーフェンダーになっている)

これは仕入れに行った時のイタリアでの写真だが、リアーパネルには
メッキされた「FERRARI」のエンブレムが付いているが、当然後付けだ・・・!

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このクルマはホワイトのカッティングシートで「FERRARI」の文字が
リアーパネルに貼ってある・・・。

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これらはディノを買うユーザーと、ディノを売るディーラーの思惑が
ピタリと一致した結果、フェラーリのステッカーを貼ったものが殆ど・・・!

でも、いつ見ても本当にディノのデザインは素晴らしい・・・。

・・・官能的で美しく、なぜか郷愁を感じさせる、稀に見る秀作だ!

40年の時を経て、今も光続けるデザインと、現在の交通事情でも
全くもって問題なく使えることが、このクルマの最大の魅力だろう

それは皮肉にも、小排気量6気筒エンジンだからこそできたこと・・・。

これは赤いディノのリアーウィンドウから、白いディノを撮った
貴重な写真だけど・・・(その後はマセラティ・インディとポルシェターボ)

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・・・このクルマには所有したいと想わせる何かがある・・・!

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2009年10月28日 (水)

車お宝話(194)想いでの詰まった分厚いアルバム・・!

 

前回、「車お宝話」に写真を掲載しようと、4冊もある分厚い
アルバムを久々に開いてみた・・・・

全て同じものだが、表紙が赤いヤツが1冊と、青いヤツが3冊。
その4冊にはそれぞれにタイトル書きがしてある・・・

赤い表紙のアルバムタイトルは「人物・ドライブ会」と書いてある。

主に人が中心の写真集で、僕とクルマが写ってるものも多いから、
あまり「車お宝話」の役には立たない・・・

・・・が、ドライブ会は僕にとって、とても懐かしい思い出が凝縮され
ている写真集・・・!

トミタオート時代に、毎月のようにオーナーさん達と旅行に行った
ドライブ会の思い出は、今となっては僕の素晴らしい宝物になっている。

当時のメンバーさんも、通称「トミタオートドライブ会」で罷り通って
いたから、今となっては余り覚えていないだろうが・・・

ドライブ会の正式名称は「COUNCIL CAR'S +4」だったと記憶している。

2ヵ月に一度は1泊旅行で、鳥取回りで岡山のサーキットを走ったり、
箱根回りで富士スピードウエイにと、かなり遠くまで足を伸ばした・・!

この懐かしいドライブ会のことは、近々書こうと思っているが・・・。

青いアルバム3冊の表紙にも、それぞれタイトル書きをしている・・・
「スーパーカー」「AMG・リムジン」「アルピーヌ・スポーツカー」と!

まぁ大雑把だが、僕が整理しやすいようにとタイトルをつけたのだ。

今回はその中から「スーパーカー」とタイトル書きをしている、
青い表紙のアルバムを引っ張り出したのだが・・・

・・・ページをめくるたびに懐かしいクルマが次々と出てくる。

35年の時を経ても、写真を見て蘇る記憶は強烈で鮮明・・・!

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特にショールームに入っているクルマの写真は思い出深い・・・

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だって、たった1台しか入らないショールームに、特殊で乗りずらく、
そのうえ貴重で高価なクルマを入れるのは至難のワザだった・・・!

これなど日本で1号車のクンタックの新車だが、普通に乗るだけでも
大変なのに、狭くて三角形の変なカタチのショールームに入れるのは
ホント、ホント、至難のワザだった・・・

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このデイトナコブラなんかもっと大変、ハンドルもクラッチも
半端じゃなく重いし、前後のトレッド比も全然違うから、
大変なんてもんじゃない・・・

そのうえ丸々と肥っているから感覚がつかみ難い、そいつをバックで
入れるんだから・・・

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この小さいポルシェ356でさえ、現代のクルマと違い前後の
トレッド比が全然違うし、丸々としているからホントに感覚が難しい。

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ただ、ただ、このショールームに入れたい一心だったから、
入ったようなもの・・・!

このクルマたちを見てバックする姿を想像してほしい・・・
・・・いかに大変か容易に想像できるでしょう。

でも意外とバックがし易すかったのは、クンタックと300SL・・・
・・・だって派手にドアを開けたまま、バックすればいいんだから!

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それにしても、もしいま持っていたらと思わせる、
凄い値打ちのクルマがザクザクあるではないか・・・

まぁ当時の僕は外車屋が本職で、コレクターではないのだから、
持ち続ける訳にはいかなかったけれど・・・

でも、もし手元にあったらと考えるだけでも楽しいし、幸せなことだ!

でも、もっと幸せなことは、それらキラ星のようなクルマたちに
新車や、新車に近い状態で、乗れたということ・・・

今はクラシックカーでも、当時は性能的にも、機能的にも、
そして、内装も外装も、全てが最高の状態だったんだから・・・

この貴重な体験は、幾らお金を出しても手に入らない大事な想い出。

それに何より僕の手元には、「ZZ」と「ZZⅡ」があるんだから・・・!

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2009年10月24日 (土)

車お宝話(193)コメントをもらうのは本当に嬉しい・・2

東京モーターショーのことを書くつもりだったけど、余りの差を感じて、
書くのが気の毒で・・・

・・・もちろん上海モーターショーと比較してのこと。

出展企業数は10分の一ほどで、フランクフルトショーと比較しても
5分の一ほどだから、最早この日本は万事休すの領域に入っている・・。

だからいま世界の自動車業界が注目しているのは、上海モーターショー
とフランクフルトショーしかないのだろう・・・!

当然、中国は今や市場が世界ナンバー1と、中心的な存在だから
仕方がないが、僕のような年代は東京モーターショーがどんどん駆け
上がっていく様をずっと見てきたから、なんとも表現のしようが無い
ほどショックを受けている・・・

生産国としては、まだまだ世界の中で頑張るのだろうが、最早市場は
魅力がないと思われているから、いつまで経っても活気づかないかも
しれないな~・・・と!

上海モーターショーなんか、ポルシェ初の高級サルーン、パナメーラ
を初めとした興味あるクルマが、数多くお披露目されたと言うのに・・・

・・・いったいこの急激な変化は何なのだろうか!

僕の記憶というか、感覚では、ついこの前まで僅差だった筈なのに・・・
・・・でも月並みだが、これが栄枯盛衰というヤツかもしれない!

・・・話題を変えよう・・・

つい最近コメントをもらった中に、僕の友人だった人の息子さんがいる。
その息子さんは自動車関係らしく、情報が豊富で色々と教えてくれる・・・

先日もむかし僕が持っていた思い出深い「ランボルギーニ・イオタ」の情報
を教えてくれたのだが、仲々興味ある内容で、すでにアメリカに渡って
いるというのだ・・・

情報によると、現在はカリフォルニアのBobileffというスーパーカー屋
にあるらしく、在庫表で写真をチェックしたら、なんと新車のように
レストアされていたが、紛れもないワインカラーのイオタ・・・

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正式には「1971 Lamborghini Miura SV/ J "Jota"」・・・

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シャシー№も、記憶にはっきりと残っている懐かしい番号が記載されて
いたから間違いはない・・・!

さすがは自動車王国アメリカ、希少な車や、値打ちのある車はどんどんと
アメリカに吸い寄せられていく・・・

僕の好きなポルシェ356のクラブなんて、各州に無数にあるし、
356スピードスターも、カブリオレもカレラも、そのどれもが新車の
ようにレストアされているからスゴイ!

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値打ちのあるものに、お金を掛ける度合いは桁違いだ・・・

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以前にも書いたが、2年ほど前にアメリカの情報誌で発見した
「デイトナ・コブラ」も、同じような経緯でアメリカに渡ったのだろうが、
このクルマも新車のようにレストアされていた・・・

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・・・このクルマのオークション価格は何と1億7千万円にもなっていたから、
このワインカラーのイオタもとんでもない価格になっているんだろうな~!

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このほか、僕が扱ったもので海外に渡ったものは軽く10台は超える・・・

その中にはランボルギーニやフェラーリのように、欧州から来て欧州に
帰ったものもあるが、シェルビーコブラGT500のように、
アメリカから来て、また母国に里帰りしたクルマもある・・・

やはりアメリカ人は古い車が好きだし、大事にするから仕方がないが、
日本からどんどんと海外に貴重な車が流失してしまうのは寂しい限りだよね~・・・

でも、クルマもこんな風に、どんどんと二極化していくんだろうな~・・・
普段に乗る実用的なエコカーと、趣味で乗るクルマといった具合に・・・!

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2009年10月21日 (水)

車お宝話(192)コメントをもらうのは本当に嬉しい・・・!

 

前から書こう書こうと思って、つい書けずにいたコメントのこと
を思い切って書くことに・・・!

と言うのは何かコメントを催促しているようで、この手の話しは
書きにくかったのだが・・・。

このお宝話を書き始めて思うに、このブログというジャンルは、
僕がこれまで経験した様々なコミュニケーションの取り方とは
根本的に違うと思う・・・

手紙も、メールも、相手があるから必ず返事が来るだろうし、
かと言って、黙々と書く論文や詩、小説、日記などは、
最初から返事はないものだし、期待もしない・・・

だけど、このブログというヤツはどちらでもないから、
経験不足で気持の処理が難しい・・・

というのは書き始めて最初のうちは、自分の人生の記録の積りで、
想いつくまま、無我夢中で書いているような気持ちだった・・・

だけど気がつけば、知らず知らずのうちにコメントを待っている
自分がいる・・・

いつの間にかコメントというモノが、僕のメッセージの反応だと
感じてしまっている・・・

だから反応がないことが長く続けば、自分の中ではメッセージが
一方的に流れているような空虚な感じがして、気が抜けてしまう!

自分勝手に、書きたいように書けばいいのは分かっているのだが、
ついつい期待してしまうのは性分なのか・・・

まぁ多少は誇張気味に書いてはいるが、本音であることも事実・・・

でもそんな時にコメントをもらうと、根が単純だから俄然元気が出て、
なんのかんの言いながら今日まで続いたのかも・・・!

そうそう、お宝話を書き始めて思いがけず良いことが沢山あった。

それは随分と懐かしい人からコメントをもらったことだ・・・
これもブログというジャンルの良いところで、コメントを
通じて出会えた気がする・・・

・・・と言っても実際に会えた人はそう多くはないが。

3年振りの人も、10年振りの人も、20年振りの人も随分と
出会えたし、知らない人もコメントの交流で親しくなったし・・・

これを書こうと思ったのも、35年振りの人にコメントを
もらったのが切っ掛けだった・・・

そう考えると、この「お宝話」のコメントの役割はおおきい・・・

でも、どちらかというと、講演に似てるかな~・・・!

一所懸命話していても、反応がなければ自己嫌悪に陥るし、
自信もなくなってくる、次の言葉も出なくなるって感じで・・・

・・・そう言えば、若い頃の僕はそんな感じだったな~!

話は横道にそれるけど、若い頃は大勢の前で話すのがホント苦手でね~、
経営者になってからも全くダメで、当時の僕の一番の悩みだった・・・!

恥を忍んで言うけど、30歳の頃、東京の友人の結婚式によばれて
友人代表のスピーチを頼まれたのだが、どうしても断れず・・・

仕方がないから僕の番の寸前にトイレに駆け込んでしまった・・!

マイクで僕の名前を何度も呼んでいたけど、結局そのまま"かくれんぼ"。

そうそう、学生時代などは人前で話すことが大の苦手で、クラスで
一番ダメなんてもんじゃなかったな~・・・

・・・たぶん学校で一番ダメぐらいの生徒だったんだから!

結婚式の仲人も10回以上やったけど、最初の頃に頼まれた人たち
にはほんと申し訳ないけど、苦痛で苦痛で・・・

・・・結婚式のひと月前から憂鬱だった!

そんな僕でもだんだんと場慣れしてきたのか、40歳で経済同友会
に入ったときには、人並みのスピーチができるようになっていた・・・

・・・なんでも慣れだね~、PCだってまだ2年ほどだけど。

・・・今は勝手に手が動くもん。

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2009年10月19日 (月)

車お宝話(191)時代の変化が益々速くなる・・・!

最近は土曜日を挟んだ出張が多くて、以前のように
なかなか土曜日にアップするのが難しい・・・

そんな訳で今日になったのだが、楽しみにしていた
「ゴルフの日本オープン選手権」と「F1のブラジルGP」が
今日に集中・・・

その「日本オープンゴルフ選手権」を見ていて、
ここでも時代の変化をしみじみ感じた・・・

丸8年間、封印していたゴルフを1年前から始め、
気がついたのは、男子プロも女子プロも顔ぶれが
まったく違うということ!

女子プロは宮里藍を中心とした選手が活躍していた
のは知っていたが、最近の若い新人の活躍には、
ただただ驚くばかり・・・

その頂点は何と言っても男子プロの石川遼選手だろう・・・
その活躍は僕が今さら云うことは何もない・・・!

あの若さであの活躍、年齢を問わず尊敬に値する・・・!

僕の勝手な意見だが、それまではゴルフに限らず、
他のスポーツでも、世界的に見て超一流といった選手は、
殆どいなかったように思う。

野球界での活躍は知っているが、残念ながら全世界的な
スポーツではないのが惜しい・・・

だから、はじめて世界レベルの選手が出てきたと感じた
のは僕だけではないだろう・・・

現在のF1界も、それまでの大御所的な存在が薄れ、
新しいチームが信じられないくらい活躍している・・・

金に任せたチーム運営も、この世界不況で新たな局面を
迎えているし、またF1そのものの在り方も問われている!

多少こじ付けかも知れないが、変化の話しを飛躍させる・・・

これに同調したかのように、日本の政治も50年の歴史
を破るような出来事が起きたのは、何かの偶然だろうか・・・?!

なにか人間ごときには見えない大きな力で、少しずつだが、
正しい方向へと変化しているように思えてならない・・・

それまで面々と続いてきた、常識とか、既得権とかの流れを、
いま大きくハンドルを切るところに来ているのではないかと・・・。

僕が自動車と共に生きてきた大半の時を、川の流れに例える
なら、内陸を流れていた細い川がだんだんと太くなり、
世界に通じる大海に向って勢い良く流れていた時代・・・

それが今は世界に通じる海からの影響を受けて、勢い良く
流れていた川も水量が減り、淀みがちになっている・・・

反対に時代の変化は益々速くなる一方、だからついて行ける者
とついていけない者のギャップが益々激しくなる・・・

前回のお宝話で書いたこともそうだが、クルマひとつ取って
みても信じられないくらいの、大きな変化がそこにある・・・

エネルギー問題を前提に、どんどんとクルマも進化している・・・

・・・かと言って古いものが全てなくなったわけではない!

新しいものと古いものが、混然一体となって淀みがちに
流れて行く様が、そこにある!

新しいものを選ぶ価値観を持った人、古いものを大事に愛しみ
ながら使う価値観を持った人・・・

経済的な理由から古いものをそのまま使っている人・・・
興味の対象外だからと時代の流れで選ぶ人・・・などなど。

まぁ~色んな人がいるだろうが、この変化は好き嫌いではなく、
なにかの危機に直面した時に起こる、自然界の変化だから・・・

・・・注意して流されないようにしようよということ!

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2009年10月15日 (木)

車お宝話(190)遅ればせながら最近の省エネカーに乗る!

 

ナント、ナント、とうとう(190)話目になってしまった・・・
あと一息で「200話」と思うと”我ながら良くぞまぁ”・・・と!

昨年の11月 5日 が100話目の「車お宝話・振り返って思うこと!」
だったから、ほぼ一年で100話ということになる・・・

だけど、そんなことに気が付かなかったから、映画話しの続きを書く
積りだったが、前回の「つづく」は撤回して止めておく・・・

・・・せっかくの節目だから、次のタイトルに進むことにしよう!

実は9月の大型連休と、先日の連休に続けて長野に行ったのだが、
9月の連休は6人で行動するからと長野駅前のレンタカー屋さんで
6人乗りを予約した・・・

当日まで車種が判らないのはいつものこと・・・

当日、新幹線を降りてレンタカー屋さんに直行・・・
・・・さ~て、どんなクルマを貸してくれるのか、楽しみ、楽しみ・・!

その手のクルマが数台置いてある中から、シルバーメタリックの
オデッセイが数日の足と決定・・・。

排気量2.4Lで、燃費は13.2km/L、省エネメーターまで付いている。

数日間で400kmほど走ったが、返す時に入れたガソリンは30リッター
ほどだったから、普段乗っているクルマのちょうど倍ほどだった・・・

この時、今話題のハイブリッド車なら、一体どれほど伸びるのか
体験したくなって、早速この前の連休に借り出した・・・

この時も当日まで車種は判らなかったが、予約の時にレンタカー屋
さんが言うには・・・

ホンダならシビック・ハイブリッド、またはインサイト・・・
トヨタならプリウスですが・・・と!

そこで僕ができればプリウスをと言っといたら、当日、ブラックの
プリウスが用意されていた・・・

これで続けて、最近話題の省エネカーを借り出した事になる!
もっともオデッセイが省エネカーなのかどうかも知らないが・・・

この体験でまず実感したことは、いかに僕が最近のクルマを知らず、
ハイブリッド車に縁がなかったかということ・・・

だって最初にプリウスに乗った時など、まずはエンジンを掛ける
儀式に慣れるだけでも大変だったんだから・・・

ブレーキペタルを踏みながらエンジンを掛ける習慣などないから、
ついついスタートに失敗する・・・

僕が育った世代は、アクセルをバタバタさせながら、
微妙なアクセルコントロールをしないと仲々エンジンが
掛からなかったんだからね~・・・

俗に言う「キャブレター世代」・・・
これがしたくて「ZZ」でキャブレターを再現したくらいなんだから!

そんな時代遅れの僕が一生懸命やっても、エンジンは掛からない・・・?!

違う違う!・・・エンジンは掛からなくてもアクセルを踏めばちゃんと
動き出すのだが・・・

そんなことは永いクルマ人生の中でも経験がないから、判らない・・!

スタートだけではない、クルマを止めてキーを抜こうとしても、
キーも抜けない・・・

・・・でもこれはすべて僕が悪い!

借り出す時、僕が高を括ってちゃんとした説明を受けなかったからだ。

でも、ここまでクルマというものの在り方が変わっていたとは・・・
・・・とつくづく感心、感心!

それにプリウスとオデッセイのインテリアなど、なんか宇宙船の様で、
視界のず~と向こうにデジタルメーターがあるんだもん・・・!

僕のように古いクルマがいまだに好きな者にとっては、
実際問題として、このハイブリッド車や最近のクルマは、
別な乗り物にしか思えないし、理解のしようがない・・・

でも燃費はスゴイね~、正確には測ってないが2日半乗り回しても、
フュエルゲージの目盛は満タン時とまったく同じで、
一瞬、メーターが壊れているのかと疑ったぐらいだ・・・。

このクルマに乗っている間じゅう、頭の整理ができなくて
困っていたら、同乗者が助け船を出してくれた・・・

「ゴルフ場のカートを立派にしたようなもんだと思えば」って・・・!

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2009年10月 9日 (金)

車お宝話(189)米車魂を感じる素晴らしい映画・・2

『フォード製「グラン・トリノ」ということに、
最初おおいに戸惑った』というところから始めよう・・・

というのは、もしクルマの価値観や値打ちのために
72年型「グラン・トリノ」を選んだのだとすれば、
クルマ好きからはブーイングが起きることは間違い
ないだろう・・・

それはハイパフォーマンスカーのことを語るなら、
1971年製までのクルマで、1972年型以降のクルマは
まったく性能的に魅力のない、「牙を抜かれた狼」
になってしまったからだ・・・

それは1970年12月に制定されたマスキー法により、
排気ガスの規制を今までに経験したことのないほど
強烈な数値を自動車メーカーに与えた・・・

1972年型から順次、最終的には1970~1971年型の
1/10以下にする法律を制定!

だから72年型以降のクルマは「牙を抜かれた狼」に
なってしまい、派手な外観とは似つかわない特異な
クルマになってしまった・・・。

だからフォード製「グラン・トリノ」ということに、
最初、おおいに戸惑ったのだ・・・

この映画で使用された「グラン・トリノ」はトリノシリーズ
の中でも最高位で、フォードマスタングBOSSをはじめとする
スポーツタイプ車に積まれているのと同じ、コブラジェット
と呼ばれるエンジンが搭載されたモデル・・・

外観上の違いは、ボンネットにあるエアースコープや、
ワイドオーバルタイヤなどで、スポーツルーフと呼ばれる、
当時流行したクーペタイプの2ドア・・・

ところがご存じのように、マスタングをベースにした
シェルビーコブラや、マスタングBOSS・302や427のような
価値はなく、あくまで控え目なクルマだった・・・

それはレースを目的として造られた車と違い、サイズも大きく、
性能的に目を見張るものはない・・・

もし、この手のクルマで車好きが選ぶなら、フォードなら
シェルビーコブラや、マスタングBOSSになるだろうし、
GMならカマロやトランザムがある・・・

敢えてこの「グラン・トリノ」にした理由を僕なりに推測
すると、主人公と、この「グラン・トリノ」に共通するもの
が多い・・・

朴とつで地味だが強く、でも心に痛みを持つ超個性的な
主人公・・・

この「グラン・トリノ」も超個性的な外観なのに、
主流のクルマから見れば地味、でも熱狂的なファンが存在する・・・

そのうえ派手な外観とは似つかわない性能が、特異なクルマに
している・・・。

マスタングより一回り以上も大きい外観、イカツイ外観に
似合わない性能などなど・・・

想像するに、この映画を作るとき相当アメリカ車に詳しいひとが、

このクルマを推薦したのではないのかと思う・・・!

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2009年10月 7日 (水)

車お宝話(188)米車魂を感じる素晴らしい映画・・1

  

ひょんなことから、予期せぬ素晴らしい映画を見てしまった・・!

いつものことだが、観たいみたいと思いながら、観れないのが映画。
何ということはないのだが、ゆっくりと映画館に行く暇がないだけ
のこと・・・

そんな時、僕が絶対に見るべき映画だと云って、この映画のDVD
をパートナーがプレゼントしてくれた・・・

クリント・イーストウッドの集大成とも、最後の俳優業作品とも
言われている・・・「グラン・トリノ」

なんとクルマの名前がそのまま、映画のタイトルになっている・・・

・・・だけどクルマの映画ではない、このクルマの持つイメージと、
持ち主の主人公がオーバーラップする話なのだが・・・

・・・でもある意味このクルマが占めるウエイトは大きい!

このクルマが持つ宿命や、アメリカ車の運命、デトロイトの現在など、
かなり複雑で、余程アメリカ車に精通し、詳しくなければ理解は難しい!

多分この映画を見た多くの人は、この1972年製の「グラン・トリノ」が
値打ちのある貴重なクラシックカーだと思っているのではないか・・・?!

・・・もしそういう意味でなら、マニア垂涎のフォード車は他にある。

だから「グラン・トリノ」を選んだ狙いは、主人公の人生と
オーバーラップする事を表現するためのものだと僕は思う・・・

もちろん主演は78歳のクリント・イーストウッドその人が演じている!

主人公は帰還兵で、永年フォードの組み立て工員として勤めていた
頑固で一徹な老人・・・

生活は質素で、住んでいる所も最早白人は少なく、東洋人が多い。
これは現在の自動車の街、デトロイトを現実的な姿で描いるのだろう・・・ 

息子は日本車のセールスマンをしているという設定で、生活は豊そう・・・

・・・乗っている車がトヨタだから、現在のトヨタとフォードの立場を
リアルに想像させている・・・

最愛の妻を亡くした葬儀のシーンから、始まる映画なのだが・・・
場面場面で老人が生きてきた時代と、現代のギャップを強烈に描く!

白人至上主義で頑固一徹な老人が、露骨に人種差別用語を使って
東洋人を非難する所があるのだが、こんなに露骨に人種差別をして、
大丈夫かと思うほどハラハラさせられる・・・

要するに白人とイエローの東洋人が、だんだんと絆を深めるといった
内容なのだが、見始めた当初は、こんなに東洋人を罵倒した内容で
いいのかと不安になったほど・・・

その孤独な老人の唯一の宝物が、1972年型フォード「グラン・トリノ」

クルマの名称がそのままタイトルになっているが、直接的にクルマが
活躍するのではなく、あくまでイマジネーションの世界・・・

・・・ところで、僕があまり映画の解説をしても何の意味も持たないし、
返って迷惑だろう・・・

そこで僕が元外車屋としての経験から、多少は人と違う見方で書かせて
もらうことにする・・・

実は興味を惹かれながらも、孤独な主人公の唯一つの宝物が1972型の
フォード製「グラン・トリノ」ということに、最初おおいに戸惑った・・・

というのは、その年代は外車屋時代の僕にとっては、特に忘れられない
シビアな時期で、1971年型と1972年型では人気がまったく違ったのだ・・・!

それは1971年までは排ガス規制など、そう厳しくはなく、
フォードならマスタング・BOSSや、シェルビーコブラGT500など・・・

GMならシボレーカマロSSや、トランザムなど、大排気量で大馬力の
ハイパワー車が目白押しだった・・・

当時日本でも、このアメ車のミディアムクラスのスポーツカーが大流行した。

          

          ・・・・・・・次回につづく

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2009年10月 4日 (日)

車お宝話(187)懐かしいカーグラフィックTVの思い出

久し振りにカーグラフィックTVを覗いてみたら、
気になるクルマが出ていたから、月額1050円の動画を購入・・・

もう1年以上も見ていなかったのに、1050円を払ってでも
見たいと思ったクルマとは・・・そう、懐かしのポルシェ904と、
356ベースのカレラ2!

虫の知らせか、このポルシェ904は僕が所有していた個体
そのもので、久々に懐かしい雄姿を見せてもらった・・・

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だからこのポルシェ904は第2回日本グランプリで優勝した
クルマそのもの。

もう一台のポルシェカレラ2は、僕が以前から憧れている
356ベースの最高峰ともいえるクルマで、
第1回日本グランプリで優勝したクルマと同型車・・・

だから、第1回と第2回の日本グランプリで優勝した
クルマを組み合わせた企画だったのだろう・・・。

それにしても、第1回と第2回の日本グランプリで優勝した
クルマを当時の状態にまでレストアして、性能的にも当時と
変わらない状態に仕上げてあったのには驚く・・・

僕がこのポルシェ904を持っていたのは、もう30年も前のこと。

その当時でさえ、ランボルギーニ・ミウラと走り比べても、
トレッドの狭さを強く感じたものだったのに・・・

もし今乗る機会があったら、現代のクルマに慣れ親しんだ感覚が、
いったいどんな風にこの904を感じさせるのだろうか、
是非とも試してみたい・・・!

まぁ僕にとって、そんな想像をしながら見るのが何より楽しい
のだが、今回はもうひとつの楽しい思い出がよみがえった・・・

それは久し振りに、解説者の田辺さんと松任谷さんの話を聞きいて、
「トミーカイラZZ」の取材でお世話になったことを懐かしく
思い出してしまった・・・

「トミーカイラZZ」と「ロータスエリ-ゼ」と「ルノースピダー」、
この「世界初3台揃い踏」というのが、メインタイトルだったと思う・・・

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それは箱根のサイクルロードでの取材をメインとして、
その周辺のお洒落なレストランでの撮影や試乗を織り交ぜた
贅沢なもので、ほんとに楽しかったことを思い出す・・・

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僕はこのサイクルロードの走行取材で、初めて「エリ-ゼ」と「スピダー」
を見たし、乗る機会にも恵まれた・・・

そして歴史あるイギリスとフランスの自動車文化から生まれたクルマと、
自分たちの手で作り上げた純国産のスポーツカーが同時に集い、
比較テストされたのだから、僕にとっては最高の思い出だ・・・

この比較テストは緊張もしたが、同時に誇らしさもあった・・・。

なにしろスポーツカーの名門たちと比較されるだけでも光栄なこと!

そのうえ高く評価されたのだから、ある意味、この時の経験が自信と
なって、後々まで頑張れたのだと思う・・・

そして、このテレビ取材がベースとなって、イギリスとフランス
だけでなく、各国から取材が舞い込んだ・・・

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後のポールフレール氏の評価も、本場イギリスでの評価も、
この「世界初3台揃い踏」というテレビ取材がベースになっていたらしい!

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