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2009年4月

2009年4月28日 (火)

車お宝話(145)イタリアの小排気量スポーツカーたち!

               

今なら小排気量のスポーツカーと云えば、アルファロメオとフィアット
だろうが、当時はランチアがもの凄く頑張っていた・・・

と云っても、アルファもランチアもフィアットグループの一員だから、
共通のエンジンが多いが・・・

でもここに紹介する2台のランチアは、1969年にフィアットの
傘下に収る前のモデルだから、生粋のランチア製モデルだ・・・

もっとも、ランチアの創業家が経営していたのは1955年までだから、
その後は経営権を取得したペゼンティがフィアットグループに売却する
まで引き継いだことになる・・・

だから、ここに紹介するモデルはフィアット製ではないのだ・・・!

創業家の経営悪化の原因は、採算を度外視した高品質モデルに尽きるが、
ルマンなどモータースポーツでの華々しい活躍も良く知られるところ!

そのうえ1954年にはF1にまで進出したのだとか・・・
ひょっとしたら、それがイケなかったのかも知れないが・・・!

まずは67年製ランチアフルビア・ラリー 1.3HFから・・・

A2

このモデルは名前の通り、当時活躍したラリーカーをベースに、
101HPの高性能を誇る市販スポーツカーとして発売された・・・。

現代の感覚なら、高々101馬力と思うかもしれないが、
このクルマの最大の特徴である軽さが、メリハリの利いた走りを
与えていた・・・

そのうえイタ車特有のお洒落さは当時としては群を抜いていたが・・!

そして軽量化のために、ボンネット、ドア、トランク等がアルミ化
されていたし、ガラス類もプラスティック系の軽い素材に変更されて
いたから、マニアとしては堪らない魅力だった。(参考・車両重量・825kg)

僕もこの魅力の虜になったひとりだが、ビジネスとしては大失敗・・!
当時このクルマの良さを理解する人など、皆無に近かった・・・

このエボリューションモデルは、1969年に1.6HFへと
スープアップされ、このモデルが72年に遂に念願のWRCで
コンストラクターズ・タイトルを獲得する・・!

そしてこのモデルは、74年にランチアのWRCワークスラリー活動が、

04015
ランチア・ストラトスに全面移行するまで活躍した・・・。 

04016

余談だが、ビジネスの大失敗話が出たので、もうひとつ・・・
イタ車ではなくスエーデン製なのだが、ご勘弁を・・・!

クルマ好きが高じて、ビジネスとして失敗したモデルは数々あるが、
なんといっても最高に損をしたケースは、サーブだろう・・・

サーブ96・モンテカルロ850というクルマで、
モンテカルロラリーの優勝を記念して造られたクルマなのだが・・・

このクルマの珍しいところは、850cc2サイクル3気筒エンジン・・
その他にも1速以外はクラッチを踏まなくても変速できるレバーなど・・・

そして変わった装備として、シートの下に物入れがあるのだが、
これが面白いことに、砂を入れる為のモノらしい・・・

軽いクルマだから、ラリーで泥濘を走るときに使うのだそうだ・・!

そんな個性的なクルマだが、ディスクブレーキなど、
当時としては群を抜いていたし、基本的な所は文句の付けようがない・・・

などと、売れもしないが優秀なクルマに、又々惚れてしまった・・・
それが失敗のもとで、とうとう1年経って半額で売ってしまった!

イタ車に戻って、69年製ランチアフルビアスポルト・ザガート1.3S。

A6

その頃好きだったザガート製のボディに、90HPのエンジンを積む、
お洒落なスポーツクーペといったところ・・・

次のクルマは、アルファロメオ ジュリア スプリントスペチアーレ、
ずい分と長い名前でしょう・・・

A4

・・・当時は通称「ジュリア・SS」で分かったけど!

A3

このクルマは63年にフランコ・スカリオーネが1600スパイダー
のシャシーを使って、空力的な美しいボディを被せた傑作・・・!

このクルマには特に思い入れがある・・・
というのは、この手の美しいボディのクルマは通常は乗りずらい・・・

ところが外観に似合わず、実用的で味のある走りをするから、
大いに気に入って暫く乗っていた記憶がある・・・

当時のアルファロメオはFRだったから、長いシフトレバーを介して
変速した時、お尻がぐにゅっと横揺れするのだが、
あの加速に移る前のお尻の揺れが、なんとも色気があって好きだった・・・!

そう言えばこの手の美しいボディで、似たようなクルマがある・・・

フェラーリ・ディノがそうだが、ディノも外観に似合わず実用的で、
味のある走りをするクルマだったな~と!

03126

もう一台、これも美しいボディを持つ変り種を紹介しよう・・・
71年製・フィアット850・アルバドラ・・・

A7

これはカスタムカーに近いが、多分そう大きくないカロッツェリアが
フィアット850をベースに、このボディを被せたのだろう・・・

インテリアの写真がないのが残念だが、随分と凝った美しい内装で、
確かその美しいインテリアに魅了され、仕入たと記憶しているが・・・。

この写真はオペルGTだが、その奥の垣根越しに写っている赤いクーペが、

A5
フィアット850だから、随分と小さいクルマだった・・・!

お知らせ・・近々にトミーカイラの新情報をお伝え出来ると思います!!

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2009年4月25日 (土)

車お宝話(144)イギリスの小排気量スポーツカー!

 

戦後の日本で最初に有名になったスポーツカーと云えば・・・
・・・「MG」だろう!

僕も幼い頃から「MG」と云えば、スポーツカーのことだと
思っていたし・・・

MGTC、MGTD、MGA、MGB、MGミゼットなど・・・
・・・当時は良く見かけたものだった!

当然、これと並ぶ有名なスポーツカーと云えば・・・
・・・「トライアンフ」だろう!

「クルマお宝話13 イタリアお宝さがしの旅 III」で書いた、
映画のシーンにも「MGTD」と「トライアンフTR4」の
ことを書いている・・・

・・・ 断片を紹介しておくと・・・

「若いころに夫婦が乗っているのはMGTDで、
 オードリーはジーンズ姿!」・・・

これはオードリー・ヘップバーンの映画「いつも二人で」の一コマ!

「そのTR4ならジャンポール・ベルモンドの、
 黄金の男しかないね~!」

「トライアンフTR4がUターンして行くシーンを、
 強烈に記憶している!」

これはジャンポール・ベルモンド主演の「黄金の男」の一コマ!

この章でそんな風に書いているぐらいだから、やはり僕が若いころの
スポーツカーといえば、「MG」と「トライアンフ」が代表格だろう・・・

「MG」の思い出と云えば、まず最初に思い出すのが「TD」だ・・・!

フェンダーが独立したクラシックなボディと、胸の前まで迫ってくる、
バカほど大きいハンドルを握って運転したのが印象的だ・・・

その感性を現代風にアレンジして楽しめたのが「モーガン」だろう!

今となっては、クラシックカー的な雰囲気を現代に残す由一の車だし、
製造方法も、ほとんど当初のままだと聞くから、
今後も大事にしたい一台だ・・・

モーガンでおもしろい話があるのを思い出した・・・
スーパーカー・ブームより少し前の、外車屋時代の話だが・・・!

友人の弟さんで、小さい頃より「モーガン」に憧れ、せっせと貯金を・・・。

お金が貯まったから、何とか願いを叶えてやってくれと・・・
・・・友人の兄から頼まれた。

そこで当時、僕が自家用にしていた、真っ赤な極上の「モーガン」を
一日貸すから、気の済むまで試乗したらいいよと、貸し出した・・・

G1

弟さん・・・喜びながらも緊張した態度が手に取るように分かる!

G2

”おっかなびっくり”なんとか走り出した「モーガン」を見送る・・・

G5
ところが、30分もしない内に帰って来て、「夢が破れた」という!

聞けば永い年月の間に、この「モーガン」が美化されすぎて、
とても想像していたモノとは程遠いのだという・・・

それはそうだろう、初めて買うクルマが「モーガン」とは・・・
・・・チト無鉄砲すぎる!

このクルマはあくまでセカンドカー、いやサードカーかも・・・!

結局、毎日でも気楽に乗れる、ハードトップ付きの「ミゼット」に・・・

I2 
・・・このクルマにして良かったと後々まで悦んでいたけど!

反対に、免許を取って初めて買うクルマが「MG・TD」という人!
この人も「MG・TD」しか考えられないと言い切る・・・

だけどこの人、ブリティシュグリーンの「MG・TD」をフル活用・・・!
もっとも「MG」が似合う男として有名に・・・

結局10年以上も乗っていたかな~・・・TDの人!

・・・思い出話をもうひとつ!

後に「夢工場・敦賀」としてFC1号店の社長になる、O氏の話だが、
若いころに、彼が乗っていたのが「トライアンフTR4」・・・

ハンサムな彼のことを、僕は「福井のジャンポール・ベルモンド」と
呼んでいた!

そのベルモンド君、「いまから遊びに行きますよ~」って、
福井県から1時間で京都までぶっ飛んでくる・・・

それが毎回なのだからおそれいる、今なら2時間は掛かるだろうな~!

彼こそ「トライアンフTR4」がもっとも似合う男として、
今でも僕の脳裏に焼き付いている・・・

こんなことを書いていると、懐かしいその頃の感覚がよみがえってくる・・・

そう、その頃はタバコやライターと同じように、クルマはカッコイイ男に
なるための持ち物だった・・・!

僕も個性的な「トライアンフ」が好きで、「スピットファイア」や、

I1_2
「ビテス」に良く乗ったものだ・・・

この「トライアンフ」の素晴らしさは乗った者にしか分らないだろうな~!

大して走りはしないのだが、英国的な雰囲気と、
なによりマフラーから出る音質の素晴しさは特筆もので、
いまでもハッキリと耳の奥に残っている・・・!

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2009年4月22日 (水)

車お宝話(143)ヨーロッパのスモールカーたち・・Ⅲ

 

さ~、この章では少し変わり種の「ミニ」たちを紹介しよう・・・!

その当時は結構な種類の変わり種ミニが誕生していた頃だった・・・

このミニのバン、今ならタマに見かけることができるが、
当時はもの珍しく、輸入して登録するときは大変だった。

F2 

この型式の車は、それまで日本に輸入された形跡がなく、
一から排ガス検査をして、主要諸元表も新たに作った記憶がある・・・

・・・だから結構高くついたが!

周りの人の「こんなミニを買う人はないだろう」の予想を覆し、
雑誌に広告が掲載されたと同時に、大きな反響があった・・・

当時は「排ガス検査」をクリアすれば、同型式のクルマなら、
10台分の排ガス検査証を確保できたから、
あと9台輸入しない手はない!

余談だが、組合を通じて「排ガス検査証」を売買することもできたから、
特殊な車を輸入するときは「排ガス検査証」の有無を確かめてから、
仕入れる業者も多かったが・・・。

僕の場合そんなことはお構いなしで、時代に則した珍しい車が欲しければ、
どんどんと輸入したから、おもしろいクルマの「排ガス検査証」は
特に豊富だった!

そのうえ、このミニのバンを10台も売れば、一台あたりの原価が、
大幅に下がることになるから、メリットも多かったし・・・

曖昧な記憶だが、その頃も省エネばやりで、このミニが経済的でお洒落だと、
意外と早く売り切ったと思う・・・

その頃は少しずつだが、経済的でお洒落なクルマが売れつつある時期で、
高度成長の波に乗って、花屋さんとか、コーヒーショップの看板にと・・!

F1_2

そう言えば、その頃に童夢と共作で原付バイクのコミューターカーを造ったが、
この「コメット」、なぜか檀家廻り用にと、お寺の住職が多かった・・・

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最近でこそヘルメットを被った、ころも姿のお寺さんを良く見かけるが、
当時、そんな恰好は不謹慎だとされてた見たいだった・・・!

06042

こうして後から、身の回りの歴史を見ていくと本当におもしろいし、
時の流れの微妙な変化に気がつく・・・

特に今の時代、GMのパニックや、ガソリン車に代わる車の出現など、
10年も20年も経ってから見ることが出来れば、
大きく歴史の変化を感じるだろうと・・・

この派手なクルマも、今となっては超レア物・・・
これは新車の「ミニモーク」だが、珍しいハードトップ付モデル。

H1

その頃たまに見かけたオープンモデルとは、不思議と違うクルマに
見えたから、結構良く売れた記憶がある・・・

H2

最近ではお目に掛った事もないが、なかなか元気なヤツで、
オシャレ度もかなりのモノだった・・・。

H3

小さいがこの面構えは、なかなかのツワモノ顔で、
ミニを立派なジープに仕立て上げている・・・!H4

インテリアはシンプルだが、スポーティな仕上がりが魅力的だ!
経済的だから、普段の足使いにはピッタリのキャラだった・・・

H5

ところで、ミニの延長上で忘れてならないクルマがある・・・
・・・それはバンプラだろう!

I3

「バンデンプラス・プリンセス」・・・通称バンプラ!
小さいクルマなのに、ミニ・ロールスロイスの愛称を持つ・・・

ミニを大きくしたような容姿なのに、ウォールナットと革張りで、
豪華で凝った内装には、シートの背もたれにテーブルまで備わって
いたのだから・・・!

嘘かホントか知らないが、イギリスではショーファードリブンとして、
運転手付きで乗っている人がいると、聞いたことがあった。

このミニ・ロールスロイスの影響で、当時のイギリスを中心に、
バンプラをモデルにした、豪華ミニが流行していた・・・

以前にも書いたようにミニというクルマ、流石はイギリス車らしく、
ウォールナットと革張りが、溶け込むように良く似合う・・・

そこで僕も、豪華ミニに仕立て上げるキットパーツを輸入して、
何台か造った記憶がある・・。

おもしろいことに、前回のイノチェンティ・ミニクーパー1300とは
対極にある改造の仕方だが、どちらも魅力的なのが凄い・・・!

当時としては、イギリスもイタリアもクルマの文化レベルが相当高い
国だったのだろう・・・

国が違えばクルマの趣向も変わっていくという、代表的な例だと思う!

次回は、小排気量スポーツカーの数々を紹介しようと思っている・・・!

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2009年4月18日 (土)

車お宝話(142)ヨーロッパのスモールカーたち・・Ⅱ

旅の途中、イノチェンティ・ミニクパー1300や、
フィアット500アバルトの他に、気になる小さなクルマを見つけた!

それは前出の「お宝話11・イタリアお宝さがしの旅」の案内人、
Y氏が教えてくれたことだが・・・

「富田さん、最高に旨いパスタをご馳走するから出かけよう!」と。

旅の途中でY氏に、おいしいイタ飯屋に連れて行ってもらったことは、
お宝話12の旅日記に書いたが、そのときのこと・・・

「富田さんがそんなにアバウスが好きなら、フィアットの他にもあるよ!」
「アウトビアンキ・アバウスってヤツが・・・」って。

彼らは「アバルト」とは言わないで、「アバウス」という・・・

フェラーリ・ディノや、ランボルギーニ・ミウラだけでなく、
アウトビアンキ・アバウスも「俺に任せろ」って、
・・・うれしい事をいう!

なんと、アウトビアンキ社にもコネがあるというのだ・・・

早速アポイントを取り付け、僕の帰国日が迫っているからと、
2日後にアウトビアンキ社に行くことに・・・

当日の朝早くにY氏がホテルに迎えに来てくれて・・・
「富田さん、今日は美人を紹介するからね~」と、意味深なことをいう!

聞いても「まぁまぁ、それはお楽しみに!」と、取り合ってくれない!
なんのことか分らないまま、Y氏のBMWに乗ってアウトビアンキ社へ。

・・・もの凄く洒落たショールームに、案内されて待っていると、
・・・僕と同い年ぐらいの、美しい女性が現れて、英語で言う・・・

B1

・・・「今日は色々と私が案内しますよ・・Mrトミタ」と!

Y氏の「それはお楽しみに!」は、この事だったんだと・・・

うれしそうに、何も知らず、内心ほくそ笑んでいたのだが・・・

ところが、後で聞いてビックリした・・・!
その彼女、そこそこ名のある女性ラリード・ライバーなのだという・・!

B2

早速に、ということで「アウトビアンキ・アバウス」の

B3
ラリー仕様車に乗せてくれたのは良かったのだが・・・

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元来、助手席に乗るのが苦手な僕が、ラリー・ドライバーの運転する
ラリー・カーに乗せてもらったのだから・・・思いっきりタマゲタ!

彼女はサービスの積りだろうが、僕にとっては初めての恐ろしい体験!
・・・申し訳ないが、有難迷惑に近い・・。

僕だって、サーキットぐらいは走ったこともあるし、
サーキットでプロのドライバーの横にも乗ったことはあったが・・・

しかし、公道でラリー・ドライバーの運転する、ラリー・カーなどには、
乗れたものではない・・・!

何度も目の玉が飛び出そうになったし、心臓も飛び出そうになった!

と云いつつも、このあと何度もヨーロッパに来るたびに、
恐ろしい目に逢ったことは、以前にも書いたが・・・

「お宝話(15)スーパーカーブーム Ⅱ」のときに書いた、
デトマソ社のテスト・ドライバーの助手席に乗ったときも、
公道全開で死ぬかと思ったし・・・

AMG社に契約に行く時も、当時まだ未発表だったアウディ・クアトロで、

空港に迎えに来てくれたペリーニ氏も、・・・公道で横っ飛びしていた!

道路事情が日本とは違うから、彼らにしてみれば安全なのだろうが・・
日本の交通事情で育った僕には、永く染みついた習性が邪魔をする・・・。

まぁそんな恐ろしい目にも逢ったが・・・、
その代り、この「アウトビアンキ・アバウス」が大いに気に入り、
日本での輸入総代理権の交渉を、Y氏に託し帰路に就く・・・!

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2009年4月15日 (水)

車お宝話(141)ヨーロッパのスモールカーたち・・Ⅰ

暫く排気量の大きいクルマの話しばかりが続いたから、
小さくても魅力のある、クルマの話しにシフトしようと思う・・・。

なんといっても当時のスモールカーを代表するクルマと云えば、
ミニだろう!

1959年イギリスのブリティッシュ・モーターカンパニーの手で造られ、
2000年まで40年以上の永きに渡り生産された、
余りにも有名なクルマだ・・・。

ところが、今回ここに紹介するミニは、イギリス製ではなく、
・・・イタリア製なのだ!

この時期、イタリアならフィアット500や、アウトビアンキがあるし、
フランスなら、シトロエン2CVや、ルノーサンクが大活躍していたが・・・

正式な名称は「イノチェンティ・ミニクパー1300」なのだが、

F6
多分、ノックアウト方式で生産されていたのだと思う・・・

見た目は、仲々スポーティで迫力がある・・!

流石はイタリア生産のミニで、伊達なデザインが多い、
イタリアならではの化粧が存分に施してある・・・

F4

硬派な本国のミニと比べ、かなり色気があると思うのは、
僕だけではないだろう・・・

F5

と云うより、これはイノチェンティ社のリファインが巧いのだろうが!

その頃は、まさか自分が将来的に自動車の改造を手掛けるなどとは、
思っても見なかったけど・・・

だけど、こんなに良いお手本をたくさん見てきたからこそ、
少しづつだが、改造車に興味が湧いていったのだろうと思う・・・。

以前にも書いたように、僕は本来小さいクルマが大好きで、
当時の小さいナロウボディのポルシェよりも、もっと小さな、
アルピーヌ・A110によって車造りに目覚めたのだから・・・

写真がないのが残念だが、こんな思い出がある・・・!

お宝話11の「イタリアお宝さがしの旅」で書いた旅の途中でのこと!

フェラーリ・ディノや、ランボルギーニ・ミウラだけでなく、
小さなクルマが大好きだった僕が、秘かに探していたのは、
「フィアット500アバルト」だった・・・

その頃は本でしか見たことのない「フィアット500アバルト」・・・
この初めての欧州での旅で、なんとしても1台見つけたいと・・・

ところが、以前にも書いたアルピーヌ同様、売り物など全くない・・・

マニアが欲しがるこの手のクルマは、新聞の「売りたし欄」でしか、
見つからないらしい・・・

僕が仕入れに回った自動車屋さんなどでは、扱わないのだという!

ところが、なんとうれしい事に、見つけてしまったのだ・・・
それも、その手の自動車屋さんで・・・!

だけど・・・喜び勇んで聞いてみたが、売り物ではないと言う・・・!

それは経営者の個人的な持ち物で、アバルトクラブのメンバーとして、
大事にしているから、売れないと・・・!

その代りにとオーナーが言う、「日本人が見たことのないイタリア製
ミニクーパーを見せてやろう」・・・

そして言う「もし気に入れば、何台でも揃えてやる・・・!」と。

僕はあたまの中で一生懸命、そのイタリア製ミニクーパーを想像したが、
イメージが湧かない・・・

だってミニはイギリス製しか知らないし、イギリス製だからいいのだと!

ところが初めて見たときの印象は・・・
・・・僕の予想を裏切って、”素晴らしいの一言”。

それが「イノチェンティ・ミニクパー1300」との初対面の感想だ・・・

F3_2

ノーマルの「フィアット500」が「アバルト」に生まれ変わったように、
この「ミニ」も、いかにもイタリア製らしく変身していた・・・!

もちろん、言うまでもなく、20台の捕獲を依頼して帰路に就いた・・・。

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2009年4月11日 (土)

車お宝話(140)「パンサーデビル」と「パンサー J72」

         

「前章でマーコスの写真を探していたら、なんとも古いコルベットの写真を
見つけてしまった」と書いたが、実はその他にも貴重な幻の写真が数十枚
も見つかって手元に残っている・・・

折角の機会だから、この際、紹介しようと思っているが、最近は終ぞ見る
ことのないクルマばかりだから、おもしろいと思うけど、どうだろうか・・!

そんなことで早速だが、超めずらしいクルマの話から始めよう・・・

・・「パンサー・デビル」というクルマをご存じだろうか・・・?!

これは、イギリスのバックヤード・ビルダー、パンサー社が造ったクルマで、
名車のブガッティ・ロワイヤルを、模して造られたと、言われるだけあって
非常に豪華で、造りの良さを十分に感じることができるクルマだった・・・

但し、この「パンサー・デビル」はパンサー社のフラッグシップカー的な存在
で中東の石油王などに人気があったようだが、最終的にはオープンモデル
も併せて、50台ほどが造られたに過ぎなかった・・・

無名だったパンサー社を、瞬く間に世界に躍り出させたのは、このデビル
ではなく、1935年に発表され、たちまち当時の代表的なスポーツカーと
なった、ジャガーSS100のレプリカ、「パンサー J 72 」だった・・・

余談だが、ジャガーが大好きな僕としては、一言付け加えたいことがある!

少々ややこしいが、当時のジャガーという名称は「社名」ではなく「車名」で、
社名は「スワロー・サイドカー」、通称「SS」といったのだ・・・

だから「ジャガーSS100」の名称は、「SS」が社名のブランドだった・・・!

正式に「ジャガー」を社名として再スタートをきったのは1945年のこと・・・!
ついでの話だが、この年に僕は生れたから、ジャガーが好きなのかも・・。

ご存じの方もおられると思うが、スタート当初は斬新なデザインのサイドカー
メーカーとして出発したが、後に伝説の人となった創業者、若きウイリアム・
ライオンズが1935年に、「ジャガーSS100」を発表し大成功・・・!

1930年前後からオースチンのシャーシーを使って、オリジナルボディを
架装した自動車を造っていたが、この時から本格的に自動車メーカーとして
の歴史を刻むことになる・・・

その後の活躍は、SSのセダン、Eタイプ、XKシリーズ、XJシリーズと続く・・・
そして、イギリス皇室より「御用達指定車」を下賜されるまでに上り詰めた!

だからジャガー社にとっても、この「ジャガーSS100」は特別な意味をもつ
クルマといえるだろう・・・。

そしてこのパンサー社の特徴も、世界に名だたる名車のレプリカを、堂々と
造ってデビューしたのだから、やはり特異なデビューの仕方と云えるだろう。

この「パンサー J 72」にしろ、「パンサー・デビル」にしろ、ボディをアルミで
美しく叩き出し、インテリアも丁寧に仕上げ、名車を蘇らせた・・・

まずは2台口の写真「パンサー J 72」だが、当然ジャガーのエンジンを積み、

04112
乗ると本当にクラシックカーのような気分になったものだ・・・

出来のいいシートやインテリアに囲まれて乗る様は、まことにクラシカルで、
特に回転半径の大きさは、当時の常識を持ってしてもクラシック的だった・・

それでもマニアルミッションを介して走る様は圧巻で、4,2リッターエンジン
とブレーキは良くマッチしていたように記憶している・・・

ここ最近は何十年と見たこともないが、今なら本当にクラシックカーの仲間
入りが出来るクルマだろう・・・!

圧巻はこの、「パンサー・デビル」で、ドデカイ図体は現在のベントレイ並で、

04111
お洒落な外観と雰囲気は、他を圧倒したものだ・・・

写真はスーパーカーショーに出展した時のものだが横にあるフェラーリBB
や、カウンタックにも引けを取らないほど、迫力があった・・・!

写真では見辛いだろうが、ラジエターグリルの上にあるマスコットは両手の
指で作る円ほどの、紫水晶の塊で、これには誰しもが驚いた・・・

意外なことに、乗ると、見た目と違って室内は狭く、あまり大きくは感じない
し、ジャガー製12気筒だから良く走る、だから結構、実用的にも使えたが!

確か2600万円だったと思うが、高価で仲々売れず、とうとう、ロールス・
ロイスや、ポルシェターボなど、3台も下取りして売った記憶がある・・・!

そんな事より日本で1台しかなかったから、仲々登録できず、困り果てた
記憶の方が断然強いから、いい思い出はないが・・・!

それでも一目惚れして仕入れたのだから、仕方がない・・・。

このように、プレミアムのあるクルマとして、当時は世界中のクルマ好きが
認めたのだから、パンサーの仕掛けは成功だったといえるのだろう・・・

後にこのパンサー社が、オリジナルモデルの「パンサーリマ」を発表したが、
当時、イギリスではモーガンと並ぶ人気車となったらしい・・・

廉価版だから、ボディはファイバー製だが、2300ccで2シーターのロング
ノーズ・ボディは仲々良くできたクルマだった・・・

残念なことに、トミタオートも何台か扱ったが、写真は残っていない・・・!

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2009年4月 8日 (水)

車お宝話(139)コルベット・スティングレイ

          

前章の「イギリス車のイギリス車たる由縁!」の時に、マーコスの写真を
探していたら、なんとも古いコルベットの写真を見つけてしまった・・・!

6枚の写真には開業当初から順に、3回も改装されている展示場の風景
が一緒に写っているからおもしろい・・・

驚くほど古い、最初の写真には、65年製、コルベット・C2クーペと共に、
本当に懐かしい、トミタオート商会の展示場風景が写っている・・・

04081

隣には、なんと懐かしい、カマロSSが置いてあるではないか・・・!

この赤いテントに中古車販売と書いてある写真は、独立した最初の頃の
もので、その後、3年ほどしてから、青いテントに張り替えたように記憶し
ている・・・

・・・という事は、このブルーのC2クーペの写真は、40年の時を経ている
ということになる・・・・・ クルマも、風景も、懐かし過ぎて涙がでそう!

・・・初期の「お宝話・2」に書いたことを引用すると・・・

「本当は工場をやりたかったが、とても資金的に無理!」
「クルマを売って利益を上げ、それから工場を!が夢となった。」
「事務所にはトイレすらなっかた。近くの天神さんのトイレに行けばいい!」
「それがトミタオート商会のスタートの姿だ。」

そう!・・・・トイレすらなかったのに、ド派手なコルベット・スティングレイを
展示していたのだから、クルマ以外には全く興味がなかったのだろう・・・!

そして、青いテントがバックに写る、シルバーメタリックの64年製、C2は
オープンモデルだが、ハードトップが付いている仕様のもの・・・04082

この青いテントには外車の割合が多くなってきたから、外車販売と書いて
いるが、その横に国産車販売とも書いているから、まだまだ初期の頃の
トミタオート商会のものだ・・・

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独立して3年ほど経った頃の写真だと思うが、その頃は目まぐるしく状況
が変化していく毎日で、日本の高度成長とともに、中古車ビジネスも豊か
になっていった時期だった・・・

株式会社トミタオートになるまでには、後3年を要するが、この青いテント
のときには既にトイレ完備の、多少はきれいな事務所になっていた・・・!

この数年前まで、スポーツカーといっても、ホンダ・S600や、パブリカ・
コンバーチブルに乗ってよろこんでいた若造が、いくら中古車と言えども
世界を代表するスポーツカーを、身近に取り揃えていたのだから驚く・・!

当時のことを少しずつ思い出してきたが、確かこのブルーのコルベット・
C2クーペで、琵琶湖周辺で開催されたジムカーナに出た記憶がある・・・

その当時に、このクルマで走ったのだから、注目の凄さは別格で、若造の
僕が得意気になって参加したのを思い出した・・・

若かったからゆえの事だが、当時は何をしても目立ちたかったし、人より
前に出たかったことまで、一緒に思い出してしまった・・・。

今にして思えば、多分中学2年生までの消極的な自分から、積極的な人間
に変身した自分を、アピールしたかったのだと思う・・・!

そして、この白い1969年型・コルベット・スティングレイC3のバックに写って

04084

いる事務所は、第2期改装後のモノ・・・!

このシルバーメタリックの1973年製・C3コルベット・スティングレイのバック
に写っている展示場には、ポンティアック・トランザムが入っている。

04085

まだアメ車を取り扱っている頃だから、多分改装まもない頃の写真だと思う
が、ショールームからチラっと見える姿は、あのデイトナ・コブラだ・・・

このデイトナ・コブラが、最近のアメリカでのオークションで、1億7千万円で
落札されたことは、以前のお宝話にも書いたが・・・!

詳しくは、「クルマお宝話(18) デイトナ・コブラ」に書いているから参照を!

このショールームを作るために、事務所を2階に移動させたが、狭い土地
を目一杯使うための苦肉の策だった。

こちらのブラックメタリックのC3コルベットの写真には、お宝話136に書いた

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シトロエン・DS21パラスが、ショールームにはパンテーラが写っているから、
先ほどのコブラの写真からは、数年は経っていると思う・・・

それにしても本当に懐かしい写真ばかりで、久し振りに遠い昔へ想いを馳せ
ることができた・・・!

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2009年4月 4日 (土)

車お宝話(138)イギリス車のイギリス車たる由縁!

      

行きつけの喫茶店のマスターが、えらくフナ釣りに凝っているのだが・・・
曰く、釣りとは、「フナ釣りに始まり、フナ釣りに終わる」と、のたまう・・・!

その話を聞いて僕も思い出したが、車も「イギリス車に始まりイギリス車
に終わる」と、聞いたことがある・・・

・・・まぁこれは、クルマ好きの趣味の世界でのこと!

そう、思い出して見ればこの僕も、最初に手に入れた外国製スポーツカー
は「オースチン・ヒレースプライト・マークⅠ」だったし、それからも前出
の「ジャガー・XK140」を筆頭に、随分とイギリス車には凝ったものだ!

余りいい思い出がない「XK140」には見切りをつけて、次は「XK150」

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を手に入れ存分に楽しんだし、「ジャガー・Eタイプ」も、シリーズⅠから
シリーズⅢまで、オープンモデルとク-ぺモデルの両方を随分と集めた・・・

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モーガンも珍しい4人乗りや、トライアンフ・エンジンのシリーズもかなり

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集めたし、「お宝話・25」のように楽しい思い出もいっぱいある・・・。

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珍しいところでは、マーコスGTもあったな~と思い出して、アルバムを

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見たら、わざわざマーコスの会社まで行ったことまで思い出した・・・。

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そしてロータス7を筆頭に、エラン、ヨーロッパ、47GT、エスプリ等など!

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想いを馳せればキリがないほどある。

最後には、ロールスロイスや、ベントレーにも随分とハマったけど・・・

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み~んな楽しい想い出が宿っているから、どれがいいとか言えないよ~!

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そうそう、今となっては、楽しいと想える思い出を、ひとつ紹介しよう・・

34,5歳のときに、子供が一人っ子だから弟代わりにと、犬を見に行った!

その頃はまだペットショップなど少なく、百貨店の屋上がペット売り場に・・
当時、一軒だけ京都の目抜き通りに、ハデハデしいペットショップがあった。

日曜日、そのペットショップに自宅用のシビックに乗って出掛けたのだが・・・

以前に百貨店の屋上で見たことがある、「チャウチャウの子供」が檻の中を
走り回っている・・・

当時はまだまだ珍しかった種類の犬で、ライオンに似ているチャウチャウが
一目で気に入ってしまったから、本気で買うつもりで、値段を聞いてみたら、
・・・なんと・・・90万円だという!

翌日、チャウチャウを飼っている、親しいお客さんに聞いてみたら、驚いて、
そんなバカな話はない、自分もそこで20万円で買ったのだという・・・。

何かの間違いだろうと、今度は足にしていたロールスロイス・コーニッシュ
コンバーチブルに乗って、もう一度そのハデハデしいペットショップへ・・・

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すると、どうだろう・・・昨日とは打って変わって、馬鹿丁寧な説明と、扱い!
そのうえ、値段も昨日とは似ても似つかぬ・・・19万円だという。

それでも、当時の19万円はかなり高い買い物だったが・・・。

後日談で、親しいお客さんが教えてくれたのだが・・・車で判断したらしい!

シビックなんぞに乗って来る客に、こんな高価な犬が買えるわけがない・・
どうせ冷やかしに決まっているから、驚ろかしてやれと!

その点、ロールスロイスに乗った客は、間違いなく買うと・・・!

余りにもバカバカしいから、百貨店の屋上のペット売り場で、そのころ珍し
かったスージーを取り寄せてもらうことに・・・

まぁ馬鹿げた、笑い話だが、その当時は着ている服や、時計、乗っている
車などで対応が変わったのも事実! 

・・・今ではいい思い出だけどね!

話を戻すが、当時のイギリス車は本当によく壊れる。とくに電装回りが弱く、
些細な故障が多かった、だけど基本的なものは結構、強かったように思う!

でも、そんなによく壊れるイギリス車が、どうしてそんなに人気があったの
だろうかと、考えてみたがよく分からない・・・

お宝話・6に書いた夏木さんのように、気難しいから"いい"のかもしれない!

・・・そう言えば、当時の話しで面白いことを思い出した・・・!

商談でお客さんが、ジャガーとメルセデスのどちらにするか迷っている時に、
「例え話」で説明する、代表的なセリフがあった・・・。

重厚でドッシリしていて、壊れないイメージのメルセデス・ベンツのことを、
頼もしい男性に例えて・・・

繊細で弱々しいが、美しいジャガーのことを女性に例えてよく説明したもの
だった・・・。

「無骨だが強く、男性的な魅力があるメルセデスを選べば、あまり壊れないし」、

「華奢だがエレガントで美しい女性のようなジャガーを選べば、繊細な魅力に
 浸ることができるが、美しい女性同様、高くつくと・・・!」

今思えば、その当時の若かった僕が、この「名セリフ」を云っていたのだから
気恥ずかしくなってしまうが・・・

まぁ、それほどイギリス車は良く壊れて、修理代が高くついたという話しだが、
やはり繊細で美しい車が、イギリス車には多かった・・・!

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2009年4月 1日 (水)

車お宝話(137)これからのクルマの楽しみ方・・!

             

最近のニュースを見て、本当に時代は変わって行きつつあると、実感する!
特に自動車分野の変化は顕著で、ニュースソースがぎっしりと詰まっている。

GMやクライスラーのダメージは、まるで、ガソリン喰いの車ばかりを造って
いるイメージがあるからで、最早ハイブリッドか、電気自動車を大量に生産
しない限り、助からないといったイメージを持つのは、僕だけだろうか・・・

だって、盛んにテレビのニュースでも、ホンダのハイブリッド車インサイトが
目標の3倍売れているとか、トヨタと、ホンダのハイブリッド戦争などと囃し
立て、どんどん世界に打って出るというのだから、ついつい、そんな気分に
なってしまう・・・。

そうそう、変化といえば、今年のモーターショーには、GM、クライスラー、
フォードを筆頭にBMWやメルセデスまでもが、東京モーターショーに参加
しないというのだから、事態は深刻だ・・・!

それに比べ、バンコクモーターショーは、昨年で既に東京モーターショーの
入場者数を上回っていたのだから、規模が半減する今年は大きく差がつく
のは仕方がないだろう・・・。

中国やインドもそうだが、今後は新進の大国や途上国でしかモーターショー
は成立しないのかと思ってしまう・・・

最早、日本の国内市場は終わっているのではと、思わせる出来事だが・・・!
でも本当はそうではなくて、これからが本番なのだと僕は思っている・・・。

いよいよ日本も先進国として、本当の意味での成熟した市場を、これから
形成して、ビッグマーケットにステップアップしようとしている時期なのだと・・!

それは最今の消費動向や新しい生活の考え方が大きく変化していることが
要因なのは明白で、昔のように新車が出るたび定期的に車を乗り換えたり、
グレードアップのために乗り換えることなど、すでに激減しているのだから!

最近の「物を買わない」「いらない」「捨てない」などの動向に代表される様に、
多くのモノを欲しがった時代から、これからは本当のサービスを求める時代
に突入すると僕は思うのだ・・・

代表的なモノの一つとして、大手企業の参入が相次ぐ、カーシェアリングは
きっと大きく成長するだろうな~と・・!

でも、このサービス・・・・・とても僕にはついて行けそうもないが!

それに今後とも話題の中心となって行くのは、地球環境や天然資源に対応
する、ハイブリッド車や、電気自動車だろう・・・

でも、それらは生活や仕事に直結した分野でのこと、決して楽しみや趣味が
得意のクルマ達ではない・・・!

だからこの先、当分の間は、趣味性の高い面白い新車など出てこないと思う。
そこで少し想像力を働かせて考えてみたら結構面白い事が頭に浮んで来た!

今後、趣味性のある、楽しいクルマといえば、古いモノに限られてくるだろう!

身近なところでは、お宝話(133)にも書いた、古い車をレストアして楽しむ層
が断然増えると思う・・・

それに、「このレストア屋さん、これまた驚くことに新車の改造までも手掛けて
いる!」と書いたように、これからは新車の状態で楽しいクルマに変身させる、
カスタマイズ・ビジネスも一緒に増えるのでは・・・と!

もちろん、日本にも古くからレストア屋さんがあったのは、良く知るところだが
これからは、もっと欧米並みにレストア業が、増えるだろうと予測する・・・。

そうなれば日本の職人の腕の見せ処で、おそらく世界第一級のレストア技術
が確立され、世界中から古い車が持ち込まれる様になるかも知れない・・・

まぁ、それはオーバーにしても、間違いなく日本のレストア文化に花が咲くとき
が来ると思うのだが、期待し過ぎだろうか・・・?!

もし、身近にそんな所が出来れば、クルマ好きの習性として、ワクワクするし、
楽しいから、毎日でも見に行きたいと思うだろう・・・!

ただ、レストアには新車当時の部品が必要となるから、需要と供給の関係で
一朝一夕という訳には行かないだろう・・・。

その点、欧米のレストア環境はかなり充実していて、結構な部品点数が再生
されているから、安心なのだが・・・。

僕の大好きなポルシェ356など、アメリカの各州にオーナーズクラブがあり、
そのクラブと地元のレストア屋さんが結び付いているから、安心して古い車が
楽しめるという訳だ・・・!

そのうえ部品が充実しているし、なによりシッカリしたマニアルが揃っている
から、益々盛んになるという具合だ・・・!

だから日本でもレストアが盛んになれば、少数多品種の再生部品が出揃う事
になるから、本格的に古いクルマが、いつまでも楽しめる時代が来るだろうと!

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