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2008年12月 6日 (土)

車お宝話(109)「トミーカイラM30」の発表会 Ⅱ

         

発表会の写真が手元に一枚もないのだが、東京の日産アプリーテ本社
(当時)で、「M30」と「M20」の2台を展示して、お披露目をした!

当時は日産アプリーテ社長のS氏と親しくしていたので、実現したのだが、
いま思えば日産圏内で発表出来たことが大きな反響を呼んだのだと思う。

僕にしてみれば親しいS氏が、発表会をするならアプリーテですればいい
よと言ってくれていたので、お言葉に甘えてぐらいの気持ちだったのだが!

後で判ったことだが、「トミーカイラM30」の発表会を日産アプリーテで
開催することは、日産本社にも報告され、了解していたらしい・・・

外部からの、特にマスコミ関係者は、日産自動車公認の出来事として捉え
ていたから、テレビ、新聞、一般誌、業界誌など、驚くほどの反響があった。

この時のテレビ取材のビデオが残っているが、今では女子アナの大御所に
なっているS嬢にインタビューを受けているが、僕も彼女も若いのに驚く!

僕にしてみればスーパーカーブームで、テレビや新聞の取材には多少は慣
れていたが、この時ばかりは取材依頼の殺到で、嬉しいやら、忙しいやら
で、疲れ果ててしまった・・・・

何しろ一字一句丁寧に専門用語は使わず、間違わない様に話すのだから、
発表会が終わったときには神経が擦り減って、クタクタ状態・・・!

例の前回書いた運輸省のクレーム問題の事もあるし、日産自動車に対して
も迷惑が掛からない様に、話さなければいけないのだから・・・

まぁそんなことも、今となっては楽しい思い出だが、その当時の僕は必死に
作り笑いをして、インタビューに答えている姿が、ビデオに残っている・・!

そんな甲斐あって新聞やテレビは、「合法的に市販車を改造」エンジン換え、
馬力アップしたチューニングカーが、市民権を得たと報じてくれた・・・

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業界誌は「日本初の公認チューニングカー・コンストラクター」として、評価
してくれ「日本にも本格的なチューナーが生まれる。正規の手続きを踏んだ
     ”正統派”チューニングモデルの誕生だ!」と評してくれた・・・

思い起こせば、この時より7年前に、「AMG」を訪問し、僕も将来は日本車
をベースに、「日本初の公認チューニングカーコンストラクター」として、活躍
することを心に誓っていたのだから・・・

・・・想い続けてやっとこさ、7年目にやっと願いが叶ったという事になる!

お宝話78にも触れているが、この初代「トミーカイラM30」の取材を広告費
に換算したら、何と1憶3千7百万円分に相当すると、日産自動車の広報室
が調べ教えてくれた・・・

少し横道に反れるが、同じくこの時期に日産シーマが発売され「シーマ現象」
なる言葉が横行したのだが、丁度僕の担当だった部長代理のA氏が仕掛け
の張本人!

たまたま同じ歳で日産の中でも気の合う仲間だったから、よく一緒に本社の
中を歩いていたが、「いよ~、話題のお二人さん」とか「日産の有名人達!」
と冷やかされたものだった・・・

それ程日産本社で話題になっていたから、モデル末期のスカイラインに充分
な援護射撃になったと思う・・・

でも、この良き理解者のA氏がいなければ、僕のプロジェクトは上手く行って
なかったな~と、今更ながら強く想う・・・!

そんなことで、今でも良く憶えているのは、この年の「トミタ夢工場」の決算が、
損益分岐点を、久々に軽々とクリアしたということだ・・・

背景には当時の車社会が成熟期にあり、自分だけの車を持ちたいといった
ニーズが広がり、外観や内装を変えたり量産車をオープンカーに改造したり
する、コーチビルダーが増えていた頃でもあった・・

この時期、自動車メーカーも子会社を作り、この手の改造車事業にも進出し
ていたが、エンジンの改造やシャーシーに手を加える事には手を出さなかった。

それは当時の運輸省が、エンジンの改造やシャーシーに手を加える事に厳しく、
それ迄この分野の国内実績は、1台単位のスポット的な改造車ぐらいしか存在
しなかったのだから・・・!

だから大量生産を前提にした改造車が、審査にパスしたことが大きなニュース
ソースとなり、規模の大きい取材量となったのだと思う・・・!

それに引き替え現在の自動車産業は混迷の時代、その様変わりの激しさには、
驚くしかない・・・

世界一の企業だった、巨大GMや、世界で最初に大量生産を確立したフォード、
話題に事欠かなかったクライスラーまでもが、破綻問題で揺れているのだから!

そんな驚くことには事欠かない自動車産業から、またまた凄いニュースが飛び
込んで来た・・・

予想もしなかった、「ホンダ・F1からの撤退を発表!」のニュース・・・。

なんとも言いようがないが、もし仮にホンダに続く自動車メーカーが出てくれば、
間違いなく、「F1」の世界が大きく変化することは避けられないだろう・・・

それでなくとも、エンジンの単一化や、新ルールのレギュレーションの問題など、
F1界も問題が山積みなのだから・・・

ついこの前まで、トヨタが世界一にと騒がれ、どの国産自動車メーカーも、ここ
数年は毎年、増収増益に近い環境だったのにと想うと、この移り変わりの激し
さは一体何なんだろうと、思わず腕組みしてしまう・・・

そう考えると、良き時代に生まれ、自動車を好きになり、スーパーカーブーム、
チューニングカー、オリジナルカーと、次々にチャレンジ出来た事に不思議さ
さえ感じずにはいられない・・・

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コメント

いい時代ですね。。。
うらやましい限りですよ!
しかし、学校で車の魅力を言い続けて2年ほど・・・
クラスの人を車好きに洗脳したおかげ(?)で
私のクラスでは「免許取ったら車乗る!」なんて人が増えました。

>話題のお二人さん
今後さらに話題の人になるのに、当時から大人気だったんですね(笑)
作り笑いしないとやっていけない・・・
心を亡くすで「忙」ですから
本当に『笑えない』位だったのでしょう。

>現代
自分が歩んでいるのがとんでもない茨の道になるのは解ってるんですが・・・

それにしても最近の自動車は個性が感じれないというか・・・

ホンダ撤退にしても、ホンダはSUPERGT・IRL・ALMS・DTM・F1・MOTOと、他メーカーにしてはレースに出資が多すぎる企業。
どれか一本に絞ったり、力配分を考えればいいものなんですが・・・
更にはミニバンや軽自動車のみに偏った販売戦略もありますから、スポーツカーが正直邪魔なんでしょう・・・

GMも2000年に経営が暴走したのもありますし、何より本社ビルの建設費を貯蓄さえしてれば生き残ったのでは?と、首を傾げてしまいます。

fordは自家用ジェットの量がすごいですね。
アレだけ上層部にお金が余って、そして今はお金がないと国頼り・・・自滅しても仕方ないのではないでしょうか?

ロサンゼルスモーターショーのデザインチャレンジを見ました。
空飛ぶ車や車幅が変わる車の中で、ひときわ実用性というか現代的デザインだったaudiR25が好みでした。

今販売不振にあえぐ自動車産業
この時だからこそ、あえてぶっ飛んだ車のひとつ見てみたいです。
グループCカーみたいなものを(笑

投稿: あきら | 2008年12月 6日 (土) 19時41分

どうも~!
「自分が歩んでいるのがとんでもない茨の道になるのは解ってるんですが・・・」

ホントにね~、この道ばかりは常にレールのない荒野を走ってきたので大変だったよ~!

多分冒険好きでないと出来ないと思う。
ベンチャースピリットがない人は、間違いなく病気になって、下手をすれば命がなくなるかも・・・

だから、心の使い方の達人にならないと、出来ないと思うよ!

奇跡の杖の様に・・・・

勿論、経営者の話だけどね・・・!


投稿: 富田義一 | 2008年12月 9日 (火) 17時28分

こんにちは!

 そうですか、M30とM20を同時に展示されたんですか?

私、R31のM20も2年間ほど所有したことがありますので、GTS-R(1年間程乗りました)と比較させていただきました。

今思えばパワー感では高回転にトルクの盛り上がるGTS-Rかと思いますが、下から盛り上がるトルクはM20かな・・・と。

サウンド的にはあの蛸足を装備したGTS-Rが魅力的でした。

ただ、どちらがエキサイティングかといえば難しい選択であったような・・・。

車体価格も変わらなかったですね!。

数値的なパワーは確かにM20の方が高く
パワーの盛り上がりもスムーズでした!

GTS-Rが生産された後で、M20をどういうコンセプトで生産を生産されたのか?

とても興味あります!!!

投稿: R-Zファン | 2008年12月10日 (水) 20時21分

お宝では書かないと思うので、記します。

当時はまだまだターボの存在が確立していない状況で、どんなターボがいいのか各社まちまちでしたね~!

現在ならポルシェやBMWが確立しているように、出来るだけNAに近いフィーリングになっています。

当時は、GTS-Rの様に大きいタービンを付けて急激なパワー感を出すイメージのクルマも結構ありました。

M20の考えは全く逆で、そう云う意味では現在の方向だったと思いますよ・・・!

要するにタービンの性能の問題です。
この事では「IHI」社と契約できた事が当社にとっていい意味でよかったと思います。

これがM20のコンセプトです。
性能の良い小さいタービンで下から上までNAの様に!
がコンセプトでした。

投稿: 富田義一 | 2008年12月11日 (木) 18時05分

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