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2008年11月26日 (水)

車お宝話(106)日本初の公認チューニングカー・Ⅳ

    

そんな難波社長との攻防が続く中で、スカイラインにとってもう一人の重要な
人物と出会う事になる・・・

そう、スカイラインの生みの親で知られる桜井真一郎氏だが、丁度この時期に
出会っている・・・

日産本社の副社長が間に入って、形は単なる食事会だが、実は公式な会見で、
やはり僕のことが気になって仕方がないらしい・・・

それはそうだろう・・・・いきなり他人の僕が、日産自動車に入り込んで来たのだ
から、僕の腹の内を知りたいと思うのは人情だろう・・・!

要するに、難波社長にしろ、桜井真一郎氏にしろ、日産自動車の内部に於いて
仕事がラップするから、僕に仕事を奪われてしまうと思っていたのだろう・・・

僕にしてみればそんな気は更々ないのだが、他人同士が分かり合う事の難しさ
なのかも知れない・・・

だから、楽しいはずの食事も、ギクしゃくした雰囲気の中で、会見は殆ど決裂に
近かったが、最後に挨拶代わりにと僕が病み上がりの桜井氏をねぎらったその
言葉で、一転して雰囲気が変わった・・・

桜井氏が、今度の病気で「三途の川」を見たというセリフに、思わず僕も同調し、
今度は僕が病気で死にかけた話をして、「三途の川」を僕も見たと・・・・!

生死をさ迷う、「三途の川」が取り持つ縁か、なぜか不思議な事に、急速に打ち
解けて行った・・・!

間に入って心配顔だった役員も、ホッとした様子で、お開きとなったが・・・

そのあと、桜井氏の車でホテルに送ってもらったのだが、何故かその車の中で
朝まで話し込んだ記憶がある・・・

その車中で「富田さん、難波さんは頑固一徹、軍人の様な人だから、僕が一度
話してみるよ!」と・・・・

ホントに人の縁とは異なもので、最初会った時とは180度逆転して、分かり合え
むしろ味方になってもらったのだから、縁とは不思議なものだ・・・

多分、桜井さんも、日産自動車に吸収合併された、プリンス自販の出身だから、
幾分似たような経験をされていたに違いない・・・!

一、ニ週間して、その桜井さんから電話をもらったが、案の定、「ダメでしたよ!
頑固一徹だから!」と難波社長と不調に終わった知らせが・・・

まぁ、そんな事も色々あったが、結局、「ハルトゲスカイライン」構想は闇に消え、

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1987年2月、中身はそのままに名称だけが「GTSターボ・ニスモバージョン」
となって発表された・・・!

ボディカラーもブルーブラックで、サイドストライプとイタルボランテ製ステアリング、
ハルトゲホイールなど、その他も「ハルトゲスカイライン」とそのままだったが全て
ハルトゲのブランドは消してある・・・

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いま思えば、単なる内輪の都合で、お客の方など無視どころか、自分のメンツが
全ての会社だった・・・

他所の会社を非難してもしょうがないから、これ以上触れないが、全てが万事の
状態だった・・・

幸い僕はトップの方たちと交流があったから、まだ救われたが、この状態を何と
か脱却しようとされていた、役員の方々の苦労が痛いほど良く分かった・・・

だから、僕のような第三者の新風を期待し、必要としていたのだと思う!

ちょうど今の日経新聞に連載されている「私の履歴書」の国鉄瓦解のストーリー
とソックリだから、驚くことも無いのかも知れないが・・・

やはり日本産業がスタートの日産自動車だから、仕方がないのかも・・・!

思いっきり、横道にそれてしまった様だが、「トミーカイラM30」の誕生物語を
語る上で、この問題に触れない訳にはいかない!

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このとき、やはり自分のブランドを確立しなければと、心の中でつぶやいた・・・

そんな流れから、「ハルトゲスカイライン」から急遽「トミーカイラM30」に作戦
変更・・・

それならばと、日産自動車の上層部に、オリジナルブランド「トミーカイラ」での
発表の了解を取り付け、同時に協力を要請した。

それはタネ車と呼ぶ、ベースとなる車の供給とか、装備とか、僕にとって重要
な問題だったが、快く引き受けてくれた・・・

やはり「ハルトゲスカイライン」が闇に葬られたことが大きく影響していると思う
のだが、「マイナスをプラスに変える技」は、僕の真骨頂でもある・・・!

日産としても翌年の発表ならばモデル末期だから、スカイラインが話題になる
のなら有難いと、お互いのメリットが交差したことも幸いした。

当然この密約には条件がある、大きなチャレンジをクリアする必要があるのだ!

そう!・・・・・運輸省(当時)公認の改造車両となる、高いハードルが待っている。

幾ら自動車メーカーの了解を取り付けても、このハードルがクリア出来なければ、
全てが水の泡と化す・・・

僕の狙いは当初から、「AMG」や、「シェルビー」の様に運輸省と自動車メーカー
公認の改造車両となる事が目的だったから、何としてもこのチャンスをモノにした
かったのだ・・・!

開発当初から、運輸省公認の改造車両となる為の作業は、坦々と続けているの
だが、この地点ではまだまだ結論は出ていない・・・

それでも僕は解良君やスタッフを信じて、そして僕がやれることは精一杯やる事で、
道が開けると信じていた・・・!

                                        つづく

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コメント

そうだったんですか・・・・。

古い話になりますが、カー雑誌にハルトゲスカイラインが登場し、いつの間にか見ることができなくなりました。(古い記憶ですが・・・)

7THスカイライン2ドアGTSにニスモバージョンが存在していた理由もわかりました。サイドストライプにtommy kairaのロゴはありませんでしたが、外観上はM30にそっくりでしたね!!

PS:最近、高速でM30をドライブしていると、やたらとあおってくるハイパワー車(なぜか日産車が多い)がいるんですね!
懐かしいんでしょうか?(嬉しい気持ちもありますが・・・)

投稿: R-Zファン | 2008年11月26日 (水) 21時29分

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