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2008年11月 5日 (水)

車お宝話(祝・100) 振り返って思うこと!

       

平成19年11月6日、「これからクルマお宝話をシリーズ化して書いて
行きたい」と第一回目をスタートした。

偶然にも100回目の掲載日となる今日11月5日は、お宝話をスタート
して、丁度、丸一年となる・・・!

第一回目に「僕のクルマ人生は、大きく分けて3つのウエーブがある」と
書いた・・・・・

ファーストウエーブは、23歳で独立後、すぐにスポーツカー専門店へと
移行する、後に分かったことだが、このスポーツカー専門店は、日本で
最初のことだったらしい・・・

その間、多くの素晴らしいクルマ達と出会うが特に「ZZ」を造る切っ掛け

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となった、大好きな「アルピーヌ・A110」とも、この頃に出会う・・・

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その後ヨーロッパからの直接仕入れで、輸入車販売事業を拡大していく。

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輸入車販売を発展させた形でスーパーカーを扱い、徐々にスーパーカー
にのめり込む、やがてそれが大きく育ち仕掛け人の一人として日本全土
を巻き込む、大きなブームへと発展させた。

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セカンドウエーブは、仕入れの為に渡欧したヨーロッパでチューニングカー
に出会い、スポーツカーとも遜色ない性能とセダンの利便性を兼ね備えた
チューニング・コンプリートカーに大きな衝撃を受ける・・・

その大きなショックが「AMG」と、「HARTGE」を輸入する切っ掛けとなる。

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そして「AMG」を皮切りに「HARTGE」とも総代理店契約を結び、一気に

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この誰も知らないブランドの、チューニング・コンプリートカーを、全国に
知らしめた・・・!

そして独自のブランドとなる、「トミーカイラM30」を発表、日本初の公認
チューニングカー・メーカーとして、オリジナルブランドを確立する。

サードウエーブは、ブランドを強固にするためにオリジナルスポーツカー、
「トミーカイラZZ」を製作し発表する。

結果、日本だけでなくスポーツカーの本場イギリスでも高い評価を受ける。
その評価が自信となり、ZZⅡへと発展していく。

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オリジナルスポーツカー、「ZZ」を英国で生産し、総生産台数220台の内、
206台を国産車として国内登録、現在も元気で走っている・・・!

僕のクルマ人生の根底にはこの3つの大きなウエーブが流れ、その幸せ
な時間は、35年の時を刻むに至った・・・・・

そして58歳で現役を引退、後、5年間のブランクを経て、昨年の11月より
「車お宝話」をシリーズ化、再びクルマの世界に舞い戻る事ができたのだ!

    ・・・・・この一年間の熱い想いが、胸を駆けめぐる・・・・・

    カテゴリー(4)クルマ 2007年10月12日 (金)の回想文から~

10月7日のことである、第10回を迎えた「トミーカイラ・オーナーズ
クラブ・全国ミーティング」に参加した。

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そこには、僕のすべてを注ぎ込んだ、チューニングカーや、オリジナル・
スポーツカーが丁寧に手入れされて、ずらりと並んでいた。

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モノ造りを生業にしてきた者にとって、そのクルマ達がオーナーに愛され、
大切に扱われている姿を見るのは、コンストラクターとしてまさに冥利に
尽きると云うものだ。

僕のモノ造りの姿勢が、オーナーの皆さんに支持されていると感じた時の
一体感に、芯から胸が熱くなった!

僕は鼓動の高鳴りをそのままに、とても充実した、幸せな時間を過ごした。
やはり「クルマ」は僕にとって”特別”な宝物なのだ ・・・!

       ・・・この5年、あえて沈黙を続けてきた・・・・・

それは自分自身を慰撫する為ではなく、さらなる挑戦に熱意をもって行動
する為の、準備期間と考えていた。

「Never Give Up」その実現のために、僕は自分の心と体に向き合ってきた。

再チャレンジの成功が困難なこの国で、想像力をフルに活用し、体の手入
れを怠らず、至難の道をもう一度突き進む条件を整えてきた…

     ・・・若くなった心と体で、もう一度この世界に戻ろう!

そんな動機で書き始めた「車お宝話」シリーズも100回を数えるに至った。

大した計画性もなく、ただ思いつくままに書き綴った結果だが、それでも
根底に流れるチャレンジ精神と、プラス思考を、少しは伝えることが出来
たのではと、自負しているのだが・・・!
    

次回は約束したように「STORY OF TOMMYKAIRA」のタイトルで・・・・・!

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1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

100回と、一周年記念おめでとうございます!

夢とともに生きて・努力して
夢とともに走っていった30年間に渡る車人生

このブログをもっといろんな若い人に読んでもらいたいです。
僕の周りにも「無関心」「無気力」なんて人はたくさんいるのですから。。。

人間は「夢」を持たずにはいられない

そんな彼らに、夢が現実を動かすパワーがあるということを、伝えてみたい。

そんな思いも実は胸中にあったり。。。

富田さんを知ったのが実は7年前のこの時期。
プレイステーション2を誕生日プレゼントとして強請って
手に入れて、初めて日本車として、そして、すごくカッコイイスポーツカーとして知ったのがこの時期。

それから月日がたって、今私は免許取るために教習所へ行く日々。。。

時間が経つのは早いですねぇ。。。
だからこそ、チャレンジしたい!
ZZⅡの意思を受け継ぎたい
自分たちのスポーツカーを作ってみたい。

そんな「夢」も手に入れました。
本当に「夢工場」だったんです!
それだけトミタの影響が色濃いなと、改めて実感してます。

まずは、ZZⅡの夢を(実車)見るだけでも良いので果たしてみたいのですが。。。

それよりも前進ですよね・・・?(笑

投稿: あきら | 2008年11月 5日 (水) 22時57分

あきら君、ありがとう!

「夢とともに生きて・努力して」・・・そうですね~!
「夢とともに走っていった30年間に渡る車人生」・・・でもね僕のチャレンジはまだまだ続いているんですよ!
「人間は「夢」を持たずにはいられない」そうですね~、本当は夢を持つ方が、楽に人生を過ごすことが出来ると、僕は思いますよ・・・!
「夢が現実を動かすパワーがあるということを、伝えてみたい。」ぜひ実行してください。
僕も草の根運動を続けますからね~!

投稿: 富田義一 | 2008年11月 6日 (木) 16時00分

富田さん、ご無沙汰してます。MATSUIです。

「車お宝話」100回 おめでとうございます。
1年早いですね~。私も東京へ異動して1年が過ぎました。

毎回楽しみに拝見しております。「はぴトレ」も!!

懐かしい車、「あの頃、どうしてたかなぁ?」
感動と思い出探しの繰り返しです。

200、300・・1000回と頑張って下さい。
あっ、既にチューニング済みでしたね。パワー全開ですね!

私も東京で暫く頑張ります。また、顔を出します。
その時は、LIVEのお宝話、お願いします。

投稿: TOKYO  MATSUI | 2008年11月 6日 (木) 19時46分

まずは、100回おめでとうございます!
そして、ありがとうございました!
ブログを拝見し、とにかく僕の考え方との相違を痛感しましたm(_ _)m 
富田さんの考え方が、少し・・・ほんの少しでも解った、ということでしょうか。
実践できるかどうかわかりませんが、せっかく知り得たプラス思考回路ですから、マネさせていただきます!

これからも、更新お願いします(^^)V

投稿: さわ | 2008年11月 6日 (木) 21時53分

いや~MATSUIさん、お久しぶりです・・・
東京へ異動して早や1年ですか~!

そうですね、僕のブログと同じぐらいでしたもんね~!この前も淀屋橋院で、Mさんどうしてるんだろうと話してたんですよ~!
帰ってるんでしょう・・?
たまには顔を見せてくださいよ、必ずね~!

投稿: 富田義一 | 2008年11月 6日 (木) 22時05分

さわちゃんありがとう~・・・!
また4人でやりましょ~、楽しい話を。

断然プラス思考の方が楽に生きられますよ・・!
それには取り越し苦労はしないことですよ・・!
 
ごめん、また偉そうに・・・

投稿: 富田義一 | 2008年11月 6日 (木) 22時17分

ぜひ、お供させてください~~^O^

投稿: miyata | 2008年11月 7日 (金) 13時32分

miyata さんありがとう。今後ともよろしく・・・!

投稿: 富田義一 | 2008年11月 7日 (金) 14時35分

お久しぶりです!!

  M20(R31)、BNR34R-Z、R31-M30  と乗り継いでいます。
 
 富田さんの熱い思いが歴代のフォトの中に感じました。

 ブログを拝見する中で、富田さん入魂のZZにとても
 関心を持ちました。
 一度ドライブしてみたい!
 (近所にシャッター車庫の中に保管し、とても大事にされ ている方がいますよ!)
 
 できれば、我が愛車M30の開発秘話も是非お伺いしたい と思っております。

投稿: R-Zファン | 2008年11月 7日 (金) 20時24分

とうとう100回行きましたね。おめでとうございます!!
現代でクルマに関心を無くしてる同年代の人がすごく多いの
ですが、そうした人達にこそ、見てほしいです。
30年に渡るクルマ人生の中で、夢を片時も忘れずに
追い続けた姿勢は、本当に感服します。
そして恐らく、今も夢を追い続けている事と思います。

このブログの「車お宝話」にせよ、「奇跡の杖」にせよ、
どちらも、落ち込んだ時などに見て、元気を貰っています。

思えばトミーカイラを通じて富田さんの事を知ったのは
小6か中1ぐらいの事でした。最初に94~5年の新車名鑑
で、ZZを見た時の衝撃は忘れられませんでした。
「日本にもこんなカッコいいスポーツカーがあるんだな!」
と。それから数年後のグランツーリスモ2でZZを見た時に
瞬時に「あのクルマだ!!」と、それだけ脳裏に
刻まれてたのでしょうね。
そしてZZ2は、心底完成と発売が楽しみでした。
それまでの日本車には無い、本当に
「夢」がぎっしり詰め込まれてたクルマでしたから!!
実車を見てみたかったものです…!

これからも、更新をとても楽しみに待っています!!!

投稿: ゴルディ | 2008年11月 7日 (金) 23時36分

R-Zファンさん、ご無沙汰でしたね~!
BNR34R-Zのことは先日結構詳しく書きましたよね!
順番から云ってM20ーR31とR31-M30のことは、スカイラインそのものの開発にも触れて近々に書きますから是非読んでくださいね~・・・!

ZZは皆さん大事にされてるようで嬉しいです・・・。 

ゴルディさん・・・ありがとうございます。
クルマに関心を無くしている話は、最近特に耳にします
、でもその分、頑張って続けろと云ってもらえるので、結構、遣り甲斐がありますよ!

(このブログの「車お宝話」にせよ、「奇跡の杖」にせよ、
どちらも、落ち込んだ時などに見て、元気を貰っています。)・・・ホント良かったです・・・!
その事が本来の狙いですから・・・車造りをしている時から「元気が出るクルマ」がテーマでした。


投稿: 富田義一 | 2008年11月 8日 (土) 12時59分

一周年おめでとう御座います。いつも楽しく拝見させて頂いております。特に70年代に撮られた貴重な写真が見られる事は非常にありがたく思っております。
一つ質問なのですが、シルバーのメルセデス・ベンツ300SLガルウィングの画像なのですが、あの車輛は石原裕次郎氏の物なのでしょうか?ガルウィングでありながらロードスタータイプの縦目ヘッドライトを持ち、珍しいオプションのセンターロックホイールを履いているので裕次郎さんの車輌に見えるのですがよく分かりません。もしご存知でしたらご教授下さい。宜しくお願い致します。

投稿: Hiro1964 | 2008年11月 8日 (土) 21時06分

ありがとうございます。
光ちゃんからメールが来てましたよ!

メルセデス・ベンツ300SLガルウィングの件ですが、石原裕次郎氏のものではないです。
僕が親しかった、現ベンツクラブの会長の車で、当時かなり手を掛けられてた様子ですよ!

僕もそうですが、やはり同年代の方は石原氏のガルウィングにお思い入れがあるようですね・・・

アメリカではこのロードスタータイプの方が人気があるみたいですよ。

投稿: 富田義一 | 2008年11月10日 (月) 12時27分

はじめまして。
赤ZZ乗りのゆうと言います。
ZZはずっと学生時代からの夢のマシンでした。

念願かなって1年半前に、やっと手に入れました。
最高に幸せです。
フェラーリにもポルシェにも勝ると思っています。

いつかこんな夢のマシンを自分の手で創りだせたら・・・
しかし、現実的にはなかなか難しく、
今は、未来のエンジニアやデザイナーたちを育てることを仕事としています。

機会があれば、お会いしたときにいろいろお話を聞かせてください。
これからも、ブログの更新楽しみにしています。

投稿: ゆう | 2008年11月12日 (水) 14時08分

ありがとうございます。
貴重なお仕事をされているのですね~!
僕も時々ですが、造形大学や美大の講師として、未来のエンジニアやデザイナーたちに結構、夢を語っていましたよ・・・
今は有名になっているアウディの和田君も、日産時代には課外授業的にスポーツカーを造って、若い時から大きな夢を持ってましたよ・・・!

投稿: 富田義一 | 2008年11月12日 (水) 16時46分

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