« 車お宝話(102)「マハラジャ・六本木」にショールームが! | トップページ | 車お宝話(104)日本初の公認チューニングカー・Ⅱ »

2008年11月15日 (土)

車お宝話(103)日本初の公認チューニングカー ・Ⅰ

    

さ~いよいよ「トミーカイラM30」の誕生秘話を書いて行く事にしよう!

11152

本当に秘話と言えるもので、こんな話は20年以上の時を経ているからこそ、
出来る話だと思うのだが・・!

この「M30」を開発するに当たっては、日産自動車との関係を抜きにしては
語れない・・・・・

1985年8月、R31型・スカイラインの4ドアが発表されたが、先代のR30の
硬派なイメージと比べて、ハイソ的な雰囲気を打ち出したR31は
「牙を抜かれた狼」と最悪の評価を受けることに・・・・・

そんな事情から、1986年5月に2ドア・スポ-ツクーペGTSを追加したのだが
・・・・・・・実はそこに裏話がある!

この時より2年少々前に遡るのだが、ある日突然、日産自動車から数人の人
がアポなしで、京都の「tomitaauto」に訪ねて来た・・・・・

ちょうど東京に出張中だった僕に、京都の会社から電話が入った・・・・・

「東京から日産自動車の方がお会いしたいと、数人でお越しですが・・・!」

「あいにく出張中で帰りは明日だと話すと、お帰りになるまで待ちますと!」

ところが、そのときの僕には何の事かさっぱり解らない・・・・・

いくら頭を回してみても、どうして日産自動車から本社の人が、僕に会いに
来るのか理解不能なのだから、仕方がない・・・・・

その頃の僕はまだ輸入車販売が本業で、「FAIA」と云う外車屋が集まる組合
で企画委員長をしていたから、東京での会合に出席するために出張中だった。

この企画委員長の話は、お宝話(75)にも詳しく書いているからぜひ参照
して欲しい・・・・・

そんな事だから胸中に心当たりのないまま、急遽京都に帰る事にしたのだが!

まだ陽のあるうちに京都に着いたが、会社に戻って、またまたびっくりする
伝言が入っていた・・・・・

京都は祇園、蟹専門の高級料亭「和久伝」で、総勢10人ほどが僕を待って
いるらしい・・・・・

何がなにやら分からないまま、急いで円山公園にほど近い、高級料亭「和久伝」
に急いだ・・・・・

案内されて、部屋に足を踏み入れた途端、一瞬にして全てが理解できた・・・!

僕にとって親友であり、兄貴分であり、親代わりの師匠の顔がそこにあった!

メンバーの顔ぶれは、師匠を筆頭に、その頃、日産自動車の天皇と云われた
宣伝部長、博報堂の部長など、総勢10人ほどが僕を待ち構えていた。

話はこうだ!・・・師匠が僕に内緒で、友人である日産自動車の石原社長(当時)
に、「tomitaauto」の富田と、松本恵二(トップ・レーサー)と、童無の
林君を日産圏内に勧誘しなければ、大変なことになると、話したらしい・・・・・

そんな事で急遽、日産自動車のトップシークレット部隊が京都に馳せ参じたと
云う訳だ・・・!

結果は僕と松本恵二君だけが日産と契約、だから恵二君は日産車でルマンを
走ったし、僕はご存知の如くである・・・・・

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大事な所だから、お宝話(27)「1988年のイギリスGP」から抜粋する。
   
 「僕が独立前に働いていた日産系デーラーのオーナー社長が、
  京都の名士で、京都経済同友会の常任幹事をしていた。

  そのオーナー社長と数年前に再会、急速に親しくなり兄貴分として、
  また父親を知らない僕の親代わりとして、随分世話をしてくれた。

  学歴コンプレックスが強かった僕に、なんとか自信を持たそうと、
  一流企業のトップや識者が居並ぶ京都経済同友会に推薦してくれ、
  若造の僕が40歳に成るのを待って京都経済同友会に入れてくれた。

  その時の代表幹事が京セラの稲盛氏とオムロンの立石会長だった。
  随分このお二人には親しくして頂いた。・・F1の後日談がある!

  その兄貴分のS氏が、その後のクルマ人生の片棒を担いでくれた。
  だからトミーカイラのスタートは日産車なのだ!」

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まぁそんな訳で、昔し平社員だった僕が、多少有名になった事が嬉しかったの
だろう、雲の上だった社長と元従業員の僕が、一生のお付き合をする事に・・!

そんな強力なコネや、推薦がなければ、僕たちの様な零細企業など、当時は
どこの自動車メーカーも、相手にしてくれる筈がない・・・・・

水面下でそんな提携話があって、急速に自動車メーカーとのやり取りが増え、
それまでの外車屋から未知の世界へと、深く入って行くことに・・・・・

この事によって表面的には、サニー20周年記念の特別仕様車として発表し
た「トミーカイラ・サニー」と、スカイライン「ヨーロピアン・コレクション」

11155
があったのだが、この奥にはもっと深い問題が横たわっていた・・・・・

特にスカイライン「ヨーロピアン・コレクション」をよく見てもらえばお分
かりだろうが、ベースは「ハルトゲ」なのだから・・・・・

ここに一枚の面白い写真を紹介しよう・・・

11156

これはプラモデルの化粧ケースなのだが「ハルトゲ・スカイライン・HS30]
となっている事に注目して欲しい・・・・・

そう・・・「トミーカイラM30」に行き着く迄には、まだまだ長い道のりが!

11151

                   つづく・・・次回はもっと面白いですよ~!

|

« 車お宝話(102)「マハラジャ・六本木」にショールームが! | トップページ | 車お宝話(104)日本初の公認チューニングカー・Ⅱ »

1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

いつも興味深く拝見させていただいています。

富田さんとに日産との奥深い係わりがそんなところからあったんですね!?
知りませんでした。

7thの2ドアGTSが発表されたころのカタログに、「GTSターボニスモバージョン」というのがありましたが、ボディカラーがブルーブラックでサイドストライプ、ホイールもハルトゲスカイラインそのままであったような記憶があります。

CAR&ドライバー誌にもハルトゲスカイラインの広告があったような?(市販はされなかった?と聞いていますが・・エンジンの内容等とても興味があります。)

今思えば、これらはM30登場に向けての貴重なメーカープロトだったような気がします。

投稿: R-Zファン | 2008年11月16日 (日) 01時44分

R-Zファン さん、これから書く話は20年も経つからお話しできることで、面白いですよ~!

100回記念に「我が愛車M30の開発秘話も是非お伺いしたい と思っております。」と書かれていた事、そのままだと思います。

投稿: 富田義一 | 2008年11月17日 (月) 12時06分

ハルトゲの存在を知らない僕にとって本当に興味津々な話です(笑

しかし、ラッキーが重なるってあるんですね!

開発秘話楽しみにしています。

投稿: あきら | 2008年11月17日 (月) 19時54分

現実の厳しさを綴って行くから、想像しながら読んでください。
きっと参考になりますよ!

投稿: 富田義一 | 2008年11月18日 (火) 17時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 車お宝話(102)「マハラジャ・六本木」にショールームが! | トップページ | 車お宝話(104)日本初の公認チューニングカー・Ⅱ »