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2008年10月

2008年10月29日 (水)

車お宝話(98)英国工場で「ZZ」を生産する!

      

いよいよ、あと2回で100回に到達してしまうから、この「ZZ」の話は、一旦
切り上げなければならない・・・・

約束したように「STORY OF TOMMYKAIRA」なるタイトルで1987年から順
に開発車の動機やエピソードを、僕が憶えている範囲で書こうと思っている
からだ!

そこで今回は今まで余り触れていない、英国工場のことを紹介しようと思う。

そして、お宝話(99)では延び延びになっている「ポールフレール」氏の試乗
の模様を、当時の資料を基に書き綴って、区切りをつけようと思っている・・!

・・・それでは早速、英国で生産する事を決断した理由をお話しよう・・・・

理由は、我が国の自動車に対する規制が、改造車を造って実績を上げても、
乗用車メーカーとして、簡単には認められない事にある。

そこには行政や、業界の申し合わせといった、高いハードルがあるのだ・・!

メーカーとして認知されるには、運輸省(当時)による、「型式認定」を受ける
必要があるが、これには莫大な費用と、時間が掛かり過ぎてしまう・・・

そのうえ、「ZZ」の個性であるデザインや、折角の特徴であるキャブレターが、
衝撃吸収衝突テストや、その他の事で、大きく変更せざるを得なくなる・・・

それでは「ZZ」を造った意味そのものが、大きく揺らいでしまう・・・!

だが、当初から海外生産と国内生産の両方を検討してきた事で、海外と国内
のメリット、デメリットを冷静に判断する事ができた。

その点英国の産業育成政策は日本と違い、小規模企業に対する規制が非常
に小さく、安全性に対するテストも、日本に比べて簡単で、時間も短かくて済む。

当然費用も少なくて済むから、クオリティの高いクルマを、安く提供できる・・・
現に発表当時、ルノースピダーや、エリーゼにも優るクオリティと評価された!

英国生産のもう一つの大きなメリットは、モータースポーツが国技に匹敵する
ほどの高い人気を持ち、スポーツカーの発祥の地でもあり、自動車メーカーが
揃う本場であるという事だ。

進出先のノーホークは名門ロータスの土壌があり、そこに無数の下請け工場
があり、点在している地元のレースパーツ・メーカーを探すのは容易だ・・・・・!

そのうえ技術者も豊富で、スポーツカーを造るのにこれほど適した土地はない。

少量生産することのノウハウには事欠かないし、何より土地が安いからコスト
が低い、本当に宝の山とはこの事だと・・・!

そんな訳で英国生産をしない理由は見つからないのだが、唯一つの気掛かり
は品質・・・そうジャパン・クオリティを貫けるのかと云うことだ・・・!

このジャパン・クオリティが一番肝心なところで、最重要項目と言える・・・・!

・・・この問題解決には2人の重要人物の活躍がある。

一人は開発責任者の解良君で、日本で3台造ったプロトタイプの内1台を英国
に送り、解良君自身もノーホークに住み込んで、組み付けが順調に軌道に乗る
まで、付きっ切りで指導したのだ・・・!

もう一人の人物は、「トミタオートUK」の社長をお願いした、鮒子田 寛氏だ!

そう、若干20歳でトヨタのワークスドライバーとして大活躍をした、鮒子田君
で、解良君とは旧知の仲だし、僕も昔からの友人だった・・・・・

当時、トムスGBの社長でもあった彼は、すでに永くノーホークに住み付いて、
工場を運営していた・・・・・

その鮒子田君の家に、解良君が居候する形で、このジャパン・クオリティを、
確立して行った・・・!

下請けのレースパーツ・メーカーなど、探す必要もないぐらい精通しているし、
「ZZ」の組み付けをする技術者も、部品を管理するベテランも責任者のベン・
クロフォード氏も皆、アッという間に決まってしまった。

・・・・・有難いことに、ここでもまた友人に助けられている。

簡単にクルマ造りのコンセプトと手順を紹介しよう・・・・・

まず大事なコンセプトは、「ZZ」を10年以上、安心して乗れるクルマにする事。
日本人が造ったクオリティを継承し、大メーカーに引けを取らない車にする事。

それにはエンジン、ブレーキ、ステアリングコラム、重要保安部品等は自動車
メーカーが造った物を使用し、それ以外の物は、信頼のおけるレースパーツ・
メーカーや、シャーシー・コンストラクターなどに依頼することだった・・・!

大物のアルミモノコック・シャーシーは、あの、オリジナル・ロータスセブンや、
ロータス23Bなど、ロータスの名シャーシー・コンストラクターとして名を馳せた
「アーチモータース」が担当している・・・!

この時の「トミタオートUK」のイギリス人ワーカーは7人で、1台の「ZZ」を組上
げるのに『70時間』を要した。

広い工場は大きく分けて3工程に別れているが、その横に整理された部品の
棚が整然と並ぶ、これは生産管理の専門家ベン・クロフォード氏の得意技だ!

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まず最初はエンジンのセクション・・・!

日産自動車との契約によって、オランダ日産から、補気類のない裸の状態の
エンジンが、この工場に送られてくる。

このSR20型エンジンに、京浜気化器から送られてきた、CR4連キャブレター
を装着、その他の補気類を付けて次のセクションへ・・・・・

次はシャーシーの組み付けセクションで、エンジンや、足回りなど、ボディ以外
の大方のものを組み付ける・・・・・

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最終セクションはボディシェルを被せる作業で、この後完成品検査をし、最後

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は実際に走行テストを1台1台行い、各部のチェックをして完成となる。

ここまで徹底的にチェックするから、日本に入荷しても、ほとんど手を入れる
必要がなかった・・・!

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軌道に乗った地点での生産台数は月産14台で、年間168台と新興メーカー
としては驚異的な生産台数で、結構イギリスで話題になっていたらしい・・・・

「トミタオートUK」のワーカーのほとんどが、ロータスの出身らしく、ロータスへ
の対抗心が、この生産台数に結び付いたのだと思う・・・・・

現地のワーカーの人達同様、日本のスタッフの人達も、「ZZ」を愛し、また、
それぞれに思い入れを持っていたのだろう・・・・・

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やはりクルマ造りにしろ、何にしろ、モノを造ると云う事は、人の心が入って
いなければいいモノは出来ないと、この「ZZ」に教えられた・・・!

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2008年10月27日 (月)

車お宝話(97)「ZZ」の英国生産を決定する!

       

1995年7月24日の「ZZ」の発表会は、僕が経験した数々の発表会の
中でも群を抜いた反響だった。

1988年4月、「トミーカイラ・M30」の発表会のときも、日本初の公認
チューニングカーとして、新聞や雑誌だけでなく、一般誌、テレビ局まで
もが取り上げてくれ、大反響となったが・・・・・

この時の取材露出を、広告費に換算すれば、当時の価値で1億円は軽く
超えると日産自動車の広報室が調べ、教えてくれた事は以前にも触れた!

ところがこの「ZZ」の取材の露出は、日本を超えヨーロッパやアメリカにも
及んだから、僕の想像を遥かに超えて、嬉しい誤算となったのだ・・・

そしてその結果が早くも発表会の1週間後、8月1日の予約受付開始日に
大きな反響となって表れた・・!

8月1日のその日、朝から電話が引っ切り無しに掛かり、今まで経験した
事のない反響に、対応を苦慮する始末だったが・・・・・

うろ覚えだが、その日だけでも100台ほどの、注文が入ったと思う・・・・・!
のんびり構えていたから、これも想像を遥かに超えた嬉しい誤算となった。

現在の自動車不況を考えれば、とんでもなくいい時代に発表したものだと、
今更ながら思えるのだが・・・・・

それでも開発を開始した当時はバブルが弾けた後で、そんな景気の良く
ない時期に、無謀とも思えるプロジェクトを、我ながら良く決断したものだ
と思っていたのに・・・!

結局、急遽「ZZ」専用の注文書を作って送付し、1ヶ月後に締め切った時
には、月産12台の生産予定で、3年間分、430台の注文書が手元に届
いていた。

注文を受けると云う事は、少しでも早く生産拠点を決定し、生産を開始し
なければならないと云う事だ・・・・・

記者発表会では国内と海外の両方を検討していると僕はコメントしている。

何故そんなコメントをしたのか・・・・・それは当時の運輸省の認可に対する
姿勢が余りにも消極的で、言われるがままに資料やテスト結果を提出して
いたら、余りにも無駄な時間と金を費やする事になるからだ・・・・・

当時、クルマを造って認可を受けるなど、ダンボール箱一杯の資料を提出
しなければなどと、まことしやかに云われていたが、実はそれ以上の資料
を要求されていたのだ・・・!

そんな事に無駄な時間と金を費やするのなら、クルマの完成度や性能など
に使った方が断然いい・・・!

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だから最初から、少量生産の規定枠があるイギリスとほぼ決めていたのだ。

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結果として、お宝話(90)に書いた様に、本場イギリスからも高い評価を得る
ことが出来たのだ・・・・・

この海外生産の決定は中小企業事業団のケーススタディとして取り上げられ、

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中小企業の新しい取り組みとして、全国に紹介された・・・・・

そのうえ、中小企業事業団が世界の同様の機関に配布している、カタログの
表紙にも、日本の代表として「ZZ」を掲載し紹介してくれた。

このカタログの中身がまた凄い、日本の特徴ある中小企業を世界に紹介し
ているのだが、数ある中には新幹線事業まであるのだから・・・・・

余談だが、この中小企業団は全国に数か所、中小企業大学を設置している。

中小企業の経営者を対象に勉強会をするのだが、当時、中小企業団の課長
で技術畑の西村哲明氏から、この中小企業大学の講師を要請されたのだ・・・

(西村哲明氏・現在、信州大学大学院客員教授で人材育成に力を注いでいる)

西村氏は熱烈な「夢工場」の支持者で、なんとかこの風変りなベンチャー企業
を世間に認めさせ、世界にもとアピールしてくれたのだ・・・!

タイトルは「本場英国で独自開発のスポーツカーを本格生産して世界へ挑む」
とある。

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そう・・・ピュア・スポーツカーの本場イギリスの地に、「トミタオート・UK」を設立
したのは96年のことだ!

小さい企業が自動車を造るのには持って来いの地だ、土地は広いし、安いし、
そのうえ近くには、レーシングカーや、スポーツカーの下請け部品工場が点在
しているのだから・・・・・

さ~・・・いよいよ年間500台以下の、合法的少量生産のスタートだ・・・!

                                      つづく

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2008年10月25日 (土)

ライフ・チューニング(4)トミタの性能

       

昨年の11月20日の【速報】トミタの性能!で「クルマに例えればシャシー・ダイナモ
の様な、人間用のテスター、"イン・ボディ"で現在の自分自身の性能を測ってきました」
と紹介しましたが・・・・・

今回その第2回目をほぼ1年後の昨日、同じテスター「イン・ボディ」で測定したので、
その結果を報告します。

総評しますと、体脂肪率は目標でもあった10を割り、9.6%と一年前より大幅に落と
せましたが、若干ですが筋肉量も体重も減りました。

これは多分ですが、多くのアスリートが使用しているプロテインを毎朝15分ほど、自分
で作ったメニューの筋トレと、ストレッチをする時に、最近飲んでいる事と・・・

これも最近ですが、内筋を鍛える「ピラティス」を始めた事によるものと思います。

結果としては、見た目の体つきが、30代の時よりカッコ良くなりましたよ・・・!

今回のデータを下記に、その下に昨年のデータも記していますので参考に!
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     項目が沢山あるので、一般的に興味があるところだけ報告します。

   【計測日・10月24日  63歳  身長168cm  体重59.8Kg】

『体成分分析』・・・すべて標準の範囲です。

『骨格筋・脂肪』・・体重・59.8Kg、骨格筋量・30.8Kg、体脂肪量5.8Kg
          理想的な三角形のグラフ形状でした。

『肥満診断』・・・・BMI・21.2Kg、体脂肪率9.6%、ウエストヒップ比0.87
          特に体脂肪率は高齢者の目標になると、お褒めの言葉を頂きました。

『筋肉バランス』・・上半身、下半身、筋肉強度、共に下半身は標準で、特に上半身は
          標準を上廻る筋肉量でした。(筋肉量は昨年より若干減)

『フィットネススコアー』は79ポイントで、通常は70ポイントを下廻るのが一般的。
              
              
          以上が、僕の現在の身体の性能です。

・・・・・・・・・・・・・(参考・昨年11月の数値)・・・・・・・・・・・・・

   【計測日・H19年11月10日  62歳  身長168cm  体重61.2Kg】

『体成分分析』・・・すべて標準の範囲です。

『骨格筋・脂肪』・・体重・61.2Kg、骨格筋量・30.0Kg、体脂肪量・8.3Kg
          理想的なグラフ形状でした。

『肥満診断』・・・・BMI・21.7Kg、体脂肪率13.6%、ウエストヒップ比0.88
           とくに体脂肪率は高齢者の見本になると褒めていただきました。

『筋肉バランス』・・上半身、下半身、筋肉強度、共に下半身は標準で、特に上半身は標準を
          上廻る筋肉量でした。

『フィットネススコアー』は81ポイントで、通常は70ポイントを下廻るのが一般的、
            62歳の年齢を考えると、最高のスコアーと言われました。
              
          以上が、昨年の身体の性能です。

以前よりジムには行かず、必ず毎朝15分ほど自分で作ったメニューをこなしています。
身体と心を同じレベルに保つことが、安定感のある健康づくりの秘訣とつくづく思います。

自身の肉体をチューニングする目的で、アンチエイジングに取り組んで早や6年目・・・!

想像以上の結果で自信を深めています。

          

お知らせ・『車お宝話(97)ZZの英国生産を決定する』は27日の月曜日に掲載します。
 

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2008年10月22日 (水)

車お宝話(96)プリンスホテルで「ZZ」の発表会

    

無事に発表会用のカタログ撮影を済ませ、いよいよ発表会の準備へと進む!
最終的に東京の芝公園にある、東京プリンスホテルが、発表会場となった。

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実はそれまで青山通りにあるスパイラルビルを会場にと、決めていたのだ!
林君(童夢社長)の奥さんのコネも強力だったから、余計に本気で・・・・・

場所もいいし、芸術的な匂いがするスパイラルビルで、出来れば発表会を
開催したいと、考えていたのだが、どうしても入口の関係で入らないのだ。

「ZZ」をバラして会場の中で組み立てるなど色々考えたが現実的ではない!

無理をして入れるには、「ZZ」をクレーンでつり上げて、入れる方法しか
見つからなかった・・・・・

万が一、当日の搬入時にクルマが落ちたり、傷でもついたりしたらと考え
たら、恐ろしくて出来るものではない、多分その日まで眠れないだろう・・・・!

既に発表会の案内や招待状を送付した後では、取り返しがつかないのだ!

そんな事で悩んでいたら、親友の谷やん(谷村新司氏)が、毎年ディナー
ショーで、プリンスホテルを使っているからと、激安での交渉をしてくれた・・・

あいにく発表会当日は、ウィーンに海外遠征に出かけていたので、祝電を
紹介させてもらったが・・・・・

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総合司会は兄弟の様にしている、ばんちゃん(馬場弘文氏)に協力しても
らったが、この時だけでなく、いつも大事な節目には参加してもらっている。

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そんな事でいつものことだが、お友達の協力なくして僕の人生は成り立た
ないことが、お分かり頂けたかと思う・・・・・

お宝話45の「ZZ・幻の430台」でも、この発表会の事を書いているので、
並行して読んで頂ければ、より面白いと思う・・・・・

・・・1995年7月24日、いよいよ発表会当日!

東京プリンスホテル・マグノリアホールで2時から記者発表会、3時から

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は披露パーティーの順序で、出来たてホヤホヤの「ZZ」の完成車とシャシー
モデルを披露したのだが・・・

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当然のことだが、2時からの記者発表会は、「ZZ」の運命が掛かっていると
云ってもいいぐらい、重要なお披露目なのだ・・・・・

このお披露目で、キチンとした対応と、説明が出来なければ、最悪の結果
を招いてしまう・・・!

その代わり、キチンとした対応と、説明を納得してもらえれば、8月1日
の掲載解禁日には、信じられない程の報道がなされるのだから・・・

当然スタッフも僕も前日から東京入りして、この発表会に備えているのだ
が、時間がいくらあっても足りないほど忙しい・・・・・

簡単だがリハーサルらしきものも必要だったし、時間配分や来場者の方の
対応、料理の事まで全てに気を配った。

今まで数多くのイベントや、発表会をして来たことが、この時大いに役に
立ったことは言うまでもない・・・!

特に第一部の記者発表会は、解良君が「ZZ」のコンセプトや車両の説明を、

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僕が運輸省との経過や、製造拠点、生産台数、販売価格などの説明をした
のだが、まだ国内で生産するか、海外で生産するのかは未定と説明した。

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質問もそこそこあったが、無難に熟なして、中々いい感じの出足だ・・・・・

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その後は席から離れて、僕も「ZZ」の特徴など、楽しく話した記憶がある!

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第2部は日頃お世話になった方々や、各自動車メーカーの技術関係、友人
などで、かなり楽しいひと時となった・・・・・

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この時は色んな方々から直接生の声が聞けたから、楽しかっただけでなく、

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その時のもの凄い反響が自信になって「イケる」と確信したのを憶えている!

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カラクリを暴露する様でなんだが、第一部の記者発表会で、既に「ZZ」の
お披露目は済んでいるのに、第2部のパーティーの時にはベールを被せて
スタートしたから、マスコミ関係の方々は変な感じだったと思うが・・・

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それでも僕たちの説明が済んで、友人や関係者の方を壇上に招くコーナー
では、総合司会のばんちゃんの会話が、冴え渡っていた・・・・・

一瞬にして、本当に楽しい雰囲気に変えてしまう所は、さすがはプロだと
改めて感心してしまった・・・・・

ところが、全て滞りなく済んで楽屋で2人で乾杯したときに「めちゃくちゃ
緊張したよ、仕事とは全く違うから!」と聞いて、またまた驚いてしまった!

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2008年10月18日 (土)

車お宝話(95)発表用・「ZZ」のスタジオ撮影

         

塗装工場で、初舞台用に特別な化粧を施された、「ZZ」を最初に見たとき、
余りの美しさに感動してしまった・・・・・

塗装工場の親父さんも、職人さんも、このクルマが「トミタ夢工場」の行く末
を決める、大事な発表用車両だと云う事を、重々承知のうえで引き受けて
くれた仕事なのだ・・・!

それにしても、このエクステリアに関して言えば、出来の悪かったクレイ・
モデルのときから、ハラハラしながら見守っていたのだから余計だ・・・

前回に紹介した雄型の原型からは想像できないほど綺麗に仕上がった、
ピカピカ、ツルツル、のボディを撫でながら、暫しウットリしていたのを
思い出す・・・・・

塗装工場から直接撮影スタジオに運ばれたのか「夢工場」から運んだのか、
記憶はハッキリしないが、スタジオに搬入する時の記憶は、やけに鮮明に
残っている・・・!

このスタジオは、車の撮影用にはなっていないから、入口が狭く、ピカピカ、
ツルツルの「ZZ」を無傷でスタジオに入れるのには、一苦労した思い出が
あるのだ・・・・・

車がスタジオの中に入るほどのドデカイ設備は、京都の地だからほとんど
無いのだが、たまたま近くにフジテレビの番組を制作している所があった。

このスタジオとは最初のチューニングカー「M30」の時から、既にお付き合
いがあり、歴代のチューニングカーのスタジオ撮影は、全てこのスタジオで
撮ったものだ!

そう云えば、当時、この会社のホームページはトミーカイラが表紙に使って
あった事を思い出した!

と云う訳で、スタジオの社長や、スタッフとはすでに旧知の仲だったから、
みんなが「ZZ」の大応援団と化して楽しく深夜まで撮影が続けられたのだ!

スタジオ全体は大きな建物で、普段は車の撮影などないから、特別に裏口
から「ZZ」を搬入するのだが・・・・・

第1スタジオがクルマが入る一番大きな部屋で、そこに搬入し撮影の準備
をする。

勿論エンジンは掛けずに、大勢が手押しで位置をセットするのだが・・・

天井の高さや後ろのスクリーンの位置など、クルマにライトが綺麗に当た
るようにセットするのだが、簡単なようで、これに結構時間が掛かるのだ。

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この写真を見て、量産車と違う所が一つあるのに、お気付きだろうか・・・?

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それはホイールの外周に、赤いリングがはっきりと映っている所だ・・!

これはホイールの外周が歩道の縁石でよく傷がつく、ついても簡単に取り
換えられるカラーのホイールリングを、と考えたのだ。

特許の申請も出して、用意万端だったが「ZZ」そのものの話題が大きくて、
このカラー・ホイールリングの事は、ついぞ話題にならなかった・・・残念!

いま、この写真を見ていても、ピカピカ・ツルツルのブランニューの新車
の雰囲気が充分に伝わってくる・・・・・

結局、朝からぶっ通しで撮影をしているのに、深夜になってしまった。

でも撮影が終了する最後まで、僕も立ち会ったが、楽しかった思い出しか
記憶にないのだから、やはり感無量で疲れなど感じなかったのだろう・・!

撮影の合間に、会社の間接部門の人や、受付嬢など、色んな人が見学方々
差し入れを持って来てくれたから、ガキの頃の遠足見たいな気分だった。

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この写真は以前にも使ったが、この撮影が終了した時に、記念にと撮った
ものだ・・・!

このスタジオ撮影で撮った写真は、最初の分厚いカタログを作る為のモノ
だったが、結局、世界中の自動車関係の雑誌社や新聞社にも送られた。

余談だが、この分厚い「ZZ」のカタログを、例のポールフレール氏の時に、
スタッフが、徳さん(徳大寺氏)に手渡したら、ビックリして「こんな立派な
カタログを作る位だから、富田さんはさぞ元気だろう!」と云ったらしい!

このスタジオ撮影の模様は、お宝話42にも「ZZと集合写真」のタイトルで
書いているから、良ければページバックして見てほしい・・・・・

4年近くも掛かった「ZZ・プロジェクト」の総仕上げとなるこのスタジオ撮影、
楽しくほっとした雰囲気の中にも、いい緊張感があったのを、今思い出した!

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2008年10月15日 (水)

車お宝話(94)「ZZ」クレイモデルから実車へ!

       

いよいよ一分の1の実車に向けて作業が始まるのだが、これまでもシビア
な作業が続いているが、これからはもっとシビアな結果が要求される・・・

それは五分の1のクレイモデルから本物の実車になるのだから、5倍ほど
はシビアになる勘定だ・・・・・

だからシビアに成らざるを得ないのだが、現実的には、緻密な出来映えも
大事だが、それより実車になった時の全体のイメージの方が、もっと気掛
かりだった・・!

実車になった時の雰囲気や、大きさがドンナ風になるのかは、五分の1の
クレイモデルからは、想像するしかないのだから・・・・・

そのうえ実車が完成したとしても、厄介な運輸省(当時)との折衝が待って
いる・・・・・

・・・ナンバーが付かなければ大きな模型になってしまうのだ・・・・!

・・・まだまだある、果たして本当に買ってくれる人がいるのか・・・?
・・・もし大量の注文が入った時、本当に量産体制が取れるのか・・・? 
・・・本当に予定通りの時期に、問題なく、許認可が下りるのか・・・? 

この他にも、膨大な種類の部品の確保、管理の問題、人の問題、量産技術
の問題など、今までに経験のない事柄がまだまだ山の様にあるが、当面は
買ってくれる人がいるかどうかに、掛かっている・・・! 

無論このプロジェクトが始まるまでには、長いプロセスがあって、その中
で得た感触は「本当に出来るのなら買うよ」と、多くの支持を得ていたが!

プロジェクトがスタートした頃は、唯々良い物を造りたい、完成させたい、
との想いだけが、頭を占領していたのだが・・・・・

ところが現実に完成時期が近ずいてくると、限りない欲が次々と出て来て、
頭を悩ませる・・・・・

まぁこの時の悩みはまだまだ楽しい内だが、この後次々と難問が出て来る。
この事は以前にも触れたので省略するが・・・

そんな楽しい悩みの中で最も印象に残っているシーンは、一分の1の実車
の雄型が出来上がって行く光景だろう・・・・・

これは「ZZⅡ」の時にも経験した事だが、スタートから完成までを通して
最も印象深い、最高の光景で、至福の時なのだ・・・・

多分それまでの日々を、期待と想像で過ごしているから、その想像が現実
になったとき、最も歓びが大きくなるのだろう・・・!

これが、想像が現実になったと実感できた瞬間の写真だ・・・!

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身長170㎝弱の僕と、実車の大きさを比較するための写真なのだが・・
嬉しそうにしているから、見様によっては、記念撮影にも見えてしまう!

この雄型の出来映え次第で、エクステリア・デザインとボディの表面状態
が、ほぼ決まってしまう・・・・・

そしてこの雄型を基に、メインボディと、その他のパーツに分けて雌型を
抜いていくのだが、前にも触れたように小さなドアなど、まだまだ複雑な
作業工程が数多くあるのだが・・・・・

この仕事は、経験と勘とセンスが必要で、由良拓也率いるムーンクラフト
はその点、申し分なく満足できるものだった・・・・・

写真には写っていないが、この作業に解良君が付き添っている事は云う
までもない。

この作業を途中でチェックする為に、解良君と御殿場のムーンクラフトに
行く道中は話が尽きなかったし、迎えに来てくれた拓也君がリクエストの
「うなぎ屋」に、いつも連れて行ってくれたのを懐かしく思い出す・・・・

こうした”和気あいあい”の雰囲気だから楽しいクルマが出来たのだと思う!

本当に余談で恐縮だが、生き別れて36年振りに出逢えた母親もこの近く
に住んでいたから、余計に「ZZ」に思い入れがあるのかも知れない・・・・・

この写真の工程は、かなり先に進んでしまっている。

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出来あがった雌型から、最初の1台目は発表用に造られたもので、京都の
塗装工場に持ち込まれた。

メインのボディとパーツ群だが、ドアーのパーツは乾燥室に入っていて
映っていない・・!

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真剣に細部をチェックする解良君だが、彼もまた生みの親としての特別な
感慨と責任を感じながら、歓びを噛みしめているのだろう・・・

この次はいよいよ、ピカピカに仕上がった「ZZ」のスタジオ撮影だ・・・!

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2008年10月11日 (土)

車お宝話(93)どうなる自動車専門誌・・?!

        

のっけから横道にそれてしまうが、「昔からカーグラフィックを見てクルマを
覚えて来た僕としては」と、前回の最後に書いたが、最早そんな時代では
ないのだろうか・・・・・

それは最近の自動車専門誌の廃刊ラッシュを見て思うのだが、驚くと云う
より、寂しい想いでいっぱいになってしまう・・・!

つい先日も馴染みの保険屋さんが話す事に、息子が運転免許を取ったから、
次はクルマをおねだりされると思いこんで、覚悟していたのだと云う・・・・・

ところが何も言わないから、肩すかしを喰った心境になって「クルマは欲し
くないのか?」と聞いたところ、「別に欲しくはない!」と云うのだそうだ・・・・

要するに、運転免許証は就職する時に有利だから・・・ぐらいの事らしい!

それも、この若者1人のことではなく、周りの仲間も、みんなそうだから、
この若者と同じように、クルマに興味がないのだと云う・・・・

もしクルマに興味がある若者がいるとすれば、それはクルマを趣味とする、
趣味人と呼ばれるカテゴリーに、最早、属するのではないだろうか・・・!

そんな環境で、まして高齢化と少子化が進む世の中で、自動車専門誌が
現状を維持することすら、難しかったのだろう・・・・・

それにも増して以前から、特に出版業界はパソコンや携帯の普及で苦し
められて来たのだから、このトリプルパンチ以上の環境が、廃刊ラッシュ
と云う形で表れたのだと思う。

そこにトドメを刺すが如く、かって無いほどにガソリンの価格が高騰した
のだから、自動車関連の業種は「泣きっ面に蜂」の心境だと推測する!

この出来事は、ガソリン価格の高騰がおさまっても、まだまだ続くだろう。
一旦クルマ離れに火が付いたものは、そうは簡単には戻らない・・・・・

こんな誰でも知っていることを、クドクドと書いたのには訳がある・・・!

この「お宝話」を一年ほど書いている間に、自動車を取り巻く環境が余り
にも顕著に変化している事に驚いているのだ・・・・・

1年前にスタートした時は自動車を取り巻く環境はこれ程では無かった!

僕もごく普通に自分が経験して来たことを整理しながら書きつつ、知って
もらえればとの想いで、書き綴って来たのだから・・・・・

ところが最近の自動車環境の変化ときたら、僕が自動車と暮らした半生
を根底からひっくり返してしまった・・・!

それはそれまでの僕が、自動車と共に生きた35年間を、本当は奇跡に
近いことだったのだと、思い知らされた事だ・・・・・

特に最近、「ZZ」のスタート時のデザインや、シャシー、クレイモデルなど、
色んな楽しい話を書いていると、変な気持になってくるのだ・・・・・

本当にあった事を正直に書いているのに、まるで、「おとぎ話」を想像で
書いているような、変な気持になってくるのだから仕方がない・・・・・

それは今まで造ってきた「チューニングカー」や「ZZ」は素直な気持ちと
でも云うのか、メルヘンチックな気持で造ってきたと正直思うからだろう!

だからこれからの時代、もう2度とこんな楽しい気持ちで造られるクルマ
は出てこないのではないかと思う。

何故ならアストンマーチンにしろ、ロータスにしろ、GTRにしろ、企業買収
の上に成り立っているのだから、現実的にならざるを得ない・・・・・

だから企業収益を上げる為に汲々している事が、匂いで感じられるのだ!

特に今は世界中が金融恐慌に陥り掛けているからお金の匂いがブンブン
するのは、仕方のないことかもしれないが・・・・・

だからなんとなく皆が、最近のクルマは面白くないと云うのだろう・・・・・

それは心(ロマン)よりお金(企業収益)の方が遥かにウエイトが高くなって
しまった、からなのかもしれない!

無論僕だって起業家の端くれとして、企業の収益を追求して来たし、株式
公開にもチャレンジもしたが・・・・・

しかし、根底に流れるロマンは、いつも、たくさん持っていたと思う・・・!

そんな時代に好きなクルマに囲まれて、スーパーカーブームにまで手を染
めて、とうとうクルマを造ってしまったのだから、なんといい時代を掛け抜け
て来たのだろうと、つくづくこの幸運に浸っているのだ・・・・・

だから今まで以上に、楽しんで、ロマンをメルヘンチックに書いていこうと
思う・・・!

次回は元に戻って、初公開の1分の一の、「ZZ」の雄型・原型写真を掲載
しようと思う。

                                        つづく

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2008年10月 8日 (水)

車お宝話(92)「ZZ」とカーグラフィックの記事

            

予告通り最後まで残った、拓也君のもう一つのクレイモデルを紹介しよう!

10031

なかなかメリハリの効いた迫力のあるデザインだが、僕としては長い間に
自分勝手なイメージが出来上がっていたから採用しなかった・・・・・

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そのイメージしていたデザインとコンセプトが違った事が、ボツになった
要因だろう!

それはデザイン・コンセプトが「動物的な愛着が湧くスポーツカー」と当初から
ハッキリしていたからだ・・・・・

多分に、最初スポーツカーを造ろうと刺激を受けた「アルピーヌ・A110」の
デザインが影響していると思う・・・!

但し、それは似たデザインにしようと云う事ではなく、「動物的な愛着が湧く」
と云う意味でのことだ・・・・・

ご存知のように永い間、外車屋として、本当に色々な車に囲まれて来たが、
アルピーヌほど、僕の心に入り込んだクルマはなかった様な気がする・・!

大好きなポルシェ356でさえ敵わない、全てが完璧で全てがオリジナル、
ポルシェは完成され過ぎている。

そのうえ超メジャーで、当時すでにスポーツカーの代名詞ともなっていた!

それに比べると、アルピーヌの少し未完成な所や、ルノーのエンジンを
心臓部に使っている所が、身近に感じられたのだ・・・・・

そのうえ体も小さく背も低い、なんとも愛苦しいデザインが、僕の心を虜
えたのだろう・・・!

それはデザインの良し悪しではなく、血の通った動物のように、可愛くて、
可愛くて、仕方ないから、ほって置く事が出来ない、と云うような意味だ!

そんな訳で、前回紹介したクレイモデルも、なかなかのモノだったのだが、

10033
僕としては、「動物的な愛着が湧く」とまでは行かなかったのだ・・・!

このカーグラフィックにも、「我々の目から見るとジャガーXJR-15にも
似た右半分のフロントマスクなど、かなり魅力的に映るのだが。」と写真
の下にコメントがしてある。

だからあくまでデザインコンセプトは「動物的な愛着が湧くスポーツカー」
なのだ・・・・・

そこで、動物的なハッキリとした表情を出すために、目を大きく見開いた

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特徴のあるデザインを、最終的に採用する事にしたのだ・・・!

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そして背中に積んだハードトップのコブと、ヘッドライトのコブが変化の
ある特徴的なデザインに仕立て上げている・・・・・

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この背中に積んだハードトップのアイデアは由良拓也オリジナルで、
最初にこのデザインを見たとき、思わず感嘆の声を上げたほどだ・・・

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ポールフレール氏も「取り外せるハードトップの設計は賢くて、エンジン
カバーの上にスタイリング上問題なく格納できる」と絶賛している・・・!

この記事は、98年のNAVI・5月号「スポーツカー大特集」に掲載されている

世界中から30台ほどのスポーツカーを一同に集め、ポールフレール氏を
招いて行われた、この取材企画の模様は別の機会にレポートしようと思う。

話は変わるが、このお宝話を書くために引っ張り出したカーグラフィック
を見ていて、面白いことを発見してしまった・・・・・

お宝話(89)の望遠で撮影している最初の写真は、熊倉さんが「ZZ」を
取っているのだが、何とこの被写体の写真がカーグラフィックの140頁
に大きく掲載されているのだ・・・!

ヘルメットをかぶり、「ZZ」のステアリングを握っているのは塚原氏だが、
フォミュラーカーの様な出で立ちの「ZZ」が、コーナーを曲がる姿は何とも
云えず良く似合う・・・・

昔から、カーグラフィックの写真を見て、クルマを覚えて来た僕としては、
「ZZ」が掲載されていること自体、感無量だ・・・!

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2008年10月 4日 (土)

車お宝話(91)「ZZ」のエクステリア・デザイン

       

10年以上も前のことだから、記憶が曖昧なので下見にと、久々に当時
のカーグラフィック・1995年・1月号を、資料の中から引っ張り出した!

タイトルは、「トミタオートのオリジナルスポーツカー計画」となっている。
今頃気がついたが、「トミタ夢工場」ではないのが、なぜか面白い・・・・!

この訳は簡単で、カーグラフィックとは、トミタオート時代からの付き合い
だから、おのずとそうなってしまうのだろう・・・・・

先日久々に編集部にお邪魔した時も、トミタオート以外の言葉は一切出
なかったから、しみじみ付き合いの永さを実感させてもらった次第だ・・!

話を戻すが・・・1月号の138頁に由良拓也氏が書いた、黄色い「ZZ」の

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スケッチが、ドーンと大きく、斜め前からと、斜め後ろからのカットの絵が
載っている。

その2枚の「ZZ」のスケッチの間に、赤い大きな文字で「トミーカイラ・ZZ」
とかいてある。

多分、これが最初に人目に触れる、お披露目の記事だと記憶しているが!

そう、悩み続けて理想から遠のくばかりのクレイモデルを、由良拓也君に
依頼したのだ・・・・・

僕も以前から良く知っていたし、解良君は以前の御殿場時代の仲間だし、
相談した童夢の林君もそれがいいと云う事で、話はトントン拍子に進んだ。

この時より遡ること20年ほど前に、林君とスポーツカーを造ろうと計画!

この時すでにメンバーとして拓也君は参加し、京都に泊まり込んでセッセ
とベニヤ板で、モックを造っていた時からの仲間だ・・・!

だから、この手の仕事は手慣れているからと、1分の1の実車の原型まで
依頼した・・!

この絵は、何案かあった中から、最終的に決定したデザインスケッチだが、
良く見ると何処かが違う・・・・・

・・・・・そう、ドアが付いていないのだ・・・!

カーグラフィックにも、「ドアもない!?・・割り切りのオープン2シーター」と
見出しに書いてあるから、ドアのないことに、違和感があったのだろう・・・!

このドアを付けるか付けないかで、社内検討会の意見が真っ二つに割れた。
この時は、屋根を付けた状態の事を考えて、僕が強くドア付きを主張した!

この5分の1のクレイモデル写真は、初公開だと思うが、量産型に最も近い。

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ヘッドライト廻りとリヤーの処理が少し違う、そしてフロントガラスも背が高い。

10034

・・・・・・・・・(出来る限り未発表の写真を使用)

当初はドアを付けない積りだったから、屋根を付けた時の出入りの為に、
フロントガラスを高くして、潜る込めるようにしてあった・・・!

ところが出来上がったクレイモデルを見ている内に、段々とガラスの高さが
気になって来た・・・・・

この大きいフロントガラスのままでは、デザイン的にスポーツカーらしくない
のだ・・・・・

だからフロントガラスに入っている、黒い横線までカットすることを検討して
いたが・・・・・

しかしそうなると、ドアを付けなければ、現実問題として、出入りができない!
・・・まぁそんな事情で、ドアを付ける案が、急浮上してきたと云う訳だ。

些細な事のようだが、小さなドアを付けるだけでも、1ピースで抜ける型が
不可能になり、ドアも含め、大幅に工程が増えるから、完成時期も大幅に
ずれるし、重量も増え、原価も上がる・・・・・

販売価格も400万円台と決めていたから、僕とすれば苦しい決断だった!

このカーグラフィックにも、「軽さが命」と、見出しに書いて、「”ZZ”と名付け
られるはずのスポーツカー、富田自身が語るように、最大の特徴はその軽
さにある」と紹介されている・・・・・

そして、「発表は来春早々・注目の価格は400万円台」とも書いてある・・・

だから、ドアひとつ取ってみても、価格、発表時期、重量に大きな影響を
与えてしまうのだから、コンセプトをつらぬく事は、容易なことではない・・・!

ましてやこのスポーツカーを量産しようと云うのだから、最終市販モデルの
価格、発表時期、重量などを考えると、気が遠くなる思いがしたものだ・・・!                              
                              
次回は最終的に廃案になった、もう一台のクレイモデルの写真を掲載しよう
と思っている・・・多分、初公開だと思うのだが・・・!

                              つづく

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2008年10月 1日 (水)

車お宝話(90)「ZZ」の試作車とテスト風景 Ⅲ

    

 
待つこと暫し、模倣の疑いは晴れて、大きなご褒美を伴って帰って来た!

帰って来た返事を裁判に例えれば、単なる逆転無罪ではない、大きな
報酬を伴っての大勝利なのだ。

自動車関係の海外メディアが一斉に「トミーカイラ・ZZ」を評価した記事
を掲載し始めたのだ・・・・・

・・・この評価こそ、模倣の疑いが晴れた事を意味する答えだった・・・!

ほとんどの記事がロータス・エリーゼとの絡みの記事で、特にイギリス
のメディアは、ロータスを喰ってしまう、ロータス潰し見たいなタイトルを、
見出しにしていた。

その中でも特に大きく扱っていたのが自動車新聞で、何と表紙の1面
全部をカラーで掲載、2面にもモノクロで大きく扱ってくれた・・・・・
(スキャンの都合で1面と2面の一部のみ紹介)

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  10012_3

してやったりと喜んでいたら、誰かが、日本車が表紙になったのは初めて
の事だと教えてくれた・・・!

このお宝話の表紙もそうだが、表紙を飾る雑誌が数冊あったから、相当に
評価が高かったのだと思う・・・・・

この時ばかりは、かなりの自信になったから、世界が身近に感じられたし、
また、色んな話がイギリスやドイツから、舞い込んで来た時期でもあった。

この時に第2弾、ZZⅡの事が頭をかすめた様な気がする・・・!

どんな事でも、初めての試みには、「産みの苦しみ」がついて回るものだ!

まぁ、永く生きていると色々と経験するが、目立つ事をすれば「出る杭は
打たれる」で、必ず難しい問題がついて回る・・・・・

以前にも触れた様に、その後も次々と難題が降って湧くが、その時その時
でコツコツとクリアして行くしか方法はない・・・・・

要するに「成就」又は「成功」させる為には「忍耐」と「執念」をベースにして、
「必ず出来ると信じて」やるしかないと、僕は思っている。

話を戻そう・・・この海外メディアの中には、わざわざイギリスから報道の為
にやって来た「BBC」放送も含まれている・・・・・

明らかに、模倣の疑いが晴れたからこそ、「BBC放送」がやって来たのだ!
あいまいな記憶だが、確か「嵐山高雄パークウェイ」で撮影したのだと思う。

取材はかなり好意的で評価も高く、長時間の撮影の中には解良君が英語
でコメントしているシーンもあり、なかなか面白いまとめ方になっていたが・・・

このビデオは収録後に「BBC」がイギリスから送ってくれて今も手元にある。

そうそう、この時の取材で面白い話を思い出したから、ちょっと書いてみる。

その時のディレクターが、「BBC放送局」は「NHK放送局」と報道提携して
いるのだが、この「ZZ」のニュースを教えてくれなかった、と云うのだ・・・・・

僕が「NHKはこの事を知らないよ」と云うと、びっくりして、「どうして」と云う。
「取材依頼がないから」と僕が云うと、「ん・・・」と黙ってしまった・・・!

その後でディレクターが、「これがイギリスなら大変な出来事だよ」と云って、
「日本人で損をしたね~・・・」、みたいな慰めを方をしてもらった・・・・・

本当にどこを見てるんだろうね~、「NHK」は・・・!

大きく戻って、前回の「知られていない事実」の前まで、話を戻す。

10014

シャシーの開発は、予想通り順調に進んでいたが、何を隠そうボディーの

10015
デザインには、ほとほと苦労していた・・・・・

最初に決めていたデザイン・スケッチがあるのだが、このデザインを現実
に実車にするのは、色んな意味で不可能だった・・・!

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このデザイン・スケッチは、当時の雑誌取材で、林、本田、舘の三氏と僕
が、「スポーツカーを造ろう」見たいなタイトルで紹介しているものと同じだ!

決めていたデザインがダメになってしまったから、全て一から考え直して
デザインする必要があった・・・・・

本当にこの作業が大変で、解良君と二人でああでもない、こうでもないと
悩み続けても、理想から遠のくばかりだった・・・!

この時に削ったクレイ・モデルの写真が何枚もあるが、見る気もしない!

                                   つづく
                         

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