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2008年9月 6日 (土)

車お宝話(83)「トミーカイラ25R」誕生秘話

      

前々回に話を戻すが、日産本社に「トミーカイラ・R」を展示していた頃、
水面下では、スカイライン・ベースの企画を日産に提案していた。

日産にとってはスカイラインの活性化、トミタ夢工場にとっては全国販売
の思惑で一致していたが、日産にすればメリットより難問の方が多かった
と思うのだが・・・!

何しろ他社でチューニングしたコンプリートカーをメーカー系列の販売店
で扱うのだから、責任問題も含め多くの難問で難航していた・・・

でも同時に「R」を展示したこともあり、解決の方向へと進展していった。

・・・系列販売が実行されれば、日本で最初の出来事となる快挙なのだが!

もともと改造車からスタートしたチューニングカーが、コンプリートカー
として成長し、大きく認知されることになるのだから、気合も入る・・・!

最初に、チューニングカー・コンストラクターとして評価されたクルマが、
初代「トミーカイラ・M30」、この時はチューニングカーが市民権を得た
と報じられた・・・

この時以来コンプリートカー・メーカーとしての道を歩んで来たのだから、
云わば、今回の出来事は集大成とも云えるものだった・・・!

つまりチューニング・コンプリートカーが市民権を得る事になる・・・
だから僕は、この事の意義に異常に執着し、闘志を燃やしたのだ・・・!

大好きな自動車の世界に身を置いて居るのだから「何かしら人のやらない
事で、この世界に役立つ事を、どうしても実現したかった」と云うのが本音
なのだが・・・!

そのプロジェクトの中身が・・・「トミーカイラ・25R」として結実。

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イメージリーダーの「R」と出来るだけ雰囲気を近づけるために、苦労した。

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なにしろ、日産系の正規ディラーで扱うのだからと、細部にわたって神経

を尖らせていた。

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だから、それまでのコンプリートカーとは、少し生い立ちが違うのだ・・!

歩留りの精度、耐久性、商品性、生産性、そして最大の課題は価格だった。

小さな会社だからと云い訳は一切聞かない、当たり前の事だが、日産側に
立った判断をしなければならないのだ・・・

でもこれらの問題は、お宝話80に書いたトミーカイラ・マーチの展開や、
スバル系車種の富士重工との間で、既に充分に経験を積んでいた・・・!

この時はスバル用品・純正部品納入業者としての経験が大いに役に立った!

だが結果としては、この直後に日産自動車があのような形になり、外資による

体制の変化で、大きく日の目を見ることなく、時間が過ぎて行った・・・・・

でもチャレンジしたことは、永遠に僕の心からは消えないし、目標に到達した

ことは事実なのだから、悔いもないし、大満足と云える・・・!

惜しむらくは、もう少し時間があれば、ビジネスとしても成功したと思う事だ!

この後チャレンジする株式公開も、あと一か月という時に・・・・・

でも、これがベンチャー・ビジネスの真髄だから、挑戦したことに悔いはない!

ついでに触れて置くと、この頃の「トミタ夢工場」のビジネスは、大きく
分けて「三本の柱」で成り立っていた・・・

コンプリートカー事業、スポーツカー事業、そして純正部品納入業者と・・

そんな訳で当時の「トミタ夢工場」は、下請けさんの方が桁違いの大企業、
同じ工場でも「夢工場」の百倍も千倍もある、大きな、大きな工場だった!

だから、品質も、耐久性も、生産性も、自動車メーカーと同レベルの物を
供給することが出来たのだ・・・!

この事がコンプリートカーとスポーツカーを造る上で、最大のメリットと
なったことは間違いない・・・

その結果、コンプリートカー事業では「トミーカイラ・25R」を自動車
メーカー系列で販売出来ることで結実。

スポーツカー事業では、「トミーカイラ・ZZ」の完成度が高く評価された
ことでも証明出来ると思う。

特にイギリスのBBC放送は、日本のバックヤード・ビルダーは大メーカー
並みのレベルだと、「トミーカイラ・ZZ」の完成度を高く評価してくれた!

尊敬する(故)ポールフレール氏が同様の評価をしてくれた事が、今でも
僕の心の中での指標として生きている・・・

近い内に、ポールフレール氏が「トミーカイラ・ZZ」のステアリングを
握る横で、ナビゲーターとして小林彰太郎氏が通訳をされていた、取材の
裏話を紹介したいと思っている・・・!

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1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

この25RやトミーカイラR、M13は
オープンしたてのカレスト座間に展示した時のですよね。
小6位の時に見に行ったのを思い出しました。
通り一遍等のチューニングカーとは全く違う、
本当に完成され尽くしたコンプリートカーにとても興奮
したのをよく覚えてます。懐かしいです。

グランツーリスモシリーズに必ず出てたZZ、ZZⅡも
懐かしく思います。「日本でもこんなに凄く楽しそうな
クルマが出来たのか」と心底驚かされました。

投稿: ゴルディ | 2008年9月 7日 (日) 00時46分

34トミーカイラRの開発話の次はそろそろ25Rかと思っていました(笑)
全国の日産で購入出来るトミーカイラ25R、カタログに記されている「最小限の変更で最大の効果」はディーラーでの販売を意識しての
トミーカイラ流のセッティングでしょうか?

25Rの販売台数は100台前後だとお聞きした事が有りますが、その中でも希少なライトニングイエローに出会えた事に運命を感じています。
走行距離も17,900kmを越えたところで、コレからも末永く大切に乗り続けて行こうと思っています。

投稿: ザクレロ25R | 2008年9月 7日 (日) 11時30分

小6ですか、ゴルディさん!
僕はその頃、すでに50歳を超えていたのですが、気持は変わらなかったかも(笑)・・・
写真はカタログ用のスタジオ撮影のものと、カレスト座間の
オープニング・セレモニーに招待された後で撮ったものです。
お久し振りです、ザクレロさん!
「最小限の変更で最大の効果」はディーラーでの販売を意識しての・・・ご推察、お見事です!
こんなキャッチコピーにまで気を遣う時代でしたからね~!
京都のイエローの25Rは良く覚えています。
多分、今でも新車のように綺麗にお乗りでしょう・・・
いつまでも乗り続けてください・・・!
僕の友人のM30E(メルセデス)は現在20万㎞も走っていますが、30年は乗ると・・・今レストアしてますよ!

投稿: 富田義一 | 2008年9月 8日 (月) 12時47分

お初です。自分にとってトミーカイラとの出会いは19の時、近所のM25を見たのが初めての出会いでした。そのかっこよさにすぐに欲しくなり、友達に教えてもらい、世田谷のトミーカイラへと行きました。何度か通ううちに試乗をさせてもらったのですが、その時の衝撃は今でも忘れられません。ステージ2でも500万弱の車、当時19の自分には夢の車でした。その後M25から25Rへと代わり、25Rを手に入れました。その時、日産のディーラーから買ったのですが、僕がボディーは白でディフューザーとデカールはシルバーにしてもらって下さいと頼んだら、そんなことできるの?と逆にディーラーの人に聞かれたこともありました。トミーカイラを日産のディーラーで扱い始めた頃のディーラーの対応はこちらから見てても不安なんだな〜ってのがよくわかりました。その後25Rで走り回っていたら日産で働いてる友達に、おまえが走り回るおかげでトミーカイラのエアロを頼む奴がふえちまったじゃねーか!と怒られたりもしました。25RはM25に比べるとかなりおとなしい車でしたが、価格を考えると納得できる車だったと思います。次は34のRーsが欲しいけど、奇跡の杖のお話のように絶対に手に入る!と思い続けたら、きっと手に入りますよね?長々と失礼しました。。。

投稿: 圭.夢工場 | 2008年9月 8日 (月) 14時15分

いや~圭さん、貴重なお話ありがとうございます!
そうなんですよね~、いくら僕が日産本社の上層部や担当者と時間を掛けて実行しても、末端のディーラーまで浸透さすのは至難の技でした。
それでも思い続けて、継続していれば必ず実ると・・・
近い内に書きますが、25Rだけでなく他車種も話が進んでいたのですが・・・
日産があんな事になってしまって・・・!

奇跡の杖は100%です。
オリンピックの聖火のように、火を消さず思い続ければ必ず
実行されます。
それが真理ですから・・・!

投稿: 富田義一 | 2008年9月 8日 (月) 15時44分

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