« 車お宝話(80)銀座・日産ギャラリーでのお披露目 | トップページ | 車お宝話(82)サーキットの「R」と「ZZ] »

2008年8月30日 (土)

車お宝話(81)トミーカイラR・執念の展示会

         

前回、掲載した写真のように、独自のオーバー・フェンダーまで造った
自信作、「トミーカイラR」を、今度は東銀座の日産本社ショールーム
に展示して欲しい旨を依頼した・・・・・

・・・ほんとに僕って、厚かましいでしょう!

当時、親しかった二人の副社長からも、「ほんとに富さんは大変な事を
平気で云うからな~・・・」と呆れられていたのも事実だ!

もっと後の話になるが、スバル車ベースのトミーカイラを日産のディラー
で扱って欲しいと言ってびっくりさせたこともある・・・

いま思えば、これは若気の至りか、自信の表れかのどちらかだと・・・

実はこのR34ベースの「トミーカイラ・R」には大きな使命があった!

当時「トミーカイラZZ]を発表した事で、チューニングカーのイメージ
が薄くなり、チューニングカーを「止めてしまうのではないか」といった
質問を多く受けた。

僕の判断としては、スポーツカー・ビジネスとチューニング・ビジネスを
両立させることが最も重要と考えていたのだが・・・・・

もともと僕は「AMG」の契約時に見た工場が発端となって「夢工場」を
スタートさせたのだから、チューニング・ビジネスがモノ造りの原点だと、
今でも思ってる・・・!

それにスポーツカーを造る上で、日産の協力が欠かせないのも事実だった。

だから日産車をベースにチューニングカーを造り続けることが重要だった。
またそうすることで、技術力も向上するし、長続きもする・・・と!

そんな訳で、「ZZ]に負けないイメージと、高い性能を持ったクルマを
完成させて、アピールすることが何より大事なことだと考えていた・・・

だからオーバー・フェンダーにもこだわったし、リアのトリプルウィング
にも本気で効果を望んだ・・・・・

足廻りもこだわった証拠に、特にホイールはF1と同じ製法と素材を採用、
一本、一本、塊から削り出す「19インチ鍛造マグネシウム切削」とした。

エンジンの内容もかなり突っ込んで開発、530馬力にする為に排気量を
上げ、オリジナルのクランクシャフトも海外で制作した・・・・・

(余談だがPCでCGの新車インプレッションを見ていたら、ポルシェ・
 911GT2も530馬力とあるから、つい嬉しくなってしまった。)

このほかに、主なスペシャルパーツだけでも、コンロッド、鍛造ピストン、
チタンリング、ハイカム、強化バルブ&ガイド、ポート研磨、シリンダー
研摩、メタルガスケット、レーシング・プラグ等のパーツを組み込んだ。

その頃の僕はブレーキにもこだわっていて、開発していたZZⅡに先駆け
て6ポットを装着するつもりだったのだが、これは間に合わなかったが!

そして何より、トミーカイラなのだからと、耐久力と信頼性を最重視した。
その為に、一機、一機、一台、一台、時間と手間を惜しまず、完成させた!

そんなことでクルマの完成度には相当な自信があったから、何より日産の
社員の人達と、日産の関係者に見て欲しかった・・・

趣旨としては、「まだまだ日産圏内の人に認知が必要」と判断したからだ。
それには日産本社ショールームに展示してもらうのが、一番だろうと・・!

ところが、さすがに今回は本社ショールームに展示する訳にはいかないと、
返事が返ってきた・・・・・

理由は、自社製品しか展示出来ない決まりになっているとのこと・・・!

そんな事で諦めるような僕ではない・・・すぐに新幹線に飛び乗り東京へ。
ショールームの外でいいからと切り返し、粘って、粘って、粘り勝ちした。

現実的には、ショールームの中でも、外でも一向に構わないと思っていた!

返って外の方が非日常的で違和感があり、イベントとしては目立つだろう
などと、考えていたのだから・・・!

有難いことに「トミーカイラ・R」が展示されることを、社内に通達して

08301
くれたから、当日、東京の夢工場のスタッフが、資料を手渡し質問に答え

08302
ていた。

08303

この企画は大成功で、その後、日産の社内報でも紹介されたのだが・・・!

08304

これには裏話があって、丁度その頃、タイミング良く、トヨタの社内報に
トミーカイラの記事が8頁も掲載されたから、大きな刺激になったらしい!

こんな気の遠くなるような戦術だが、一歩、一歩、確実に、日産圏内での

08305
認知度は高まって行った・・・

08306

こんな作業を根気良く続けて来れたのは、当初からの大きな野望が、僕に
あったからだろう・・・

その野望とは、全国の日産系ディラー、約3000店でトミーカイラ車を
扱ってもらう事だった・・・!

最初のチャンスは以前にも触れた「サニー20周年記念車」の時に来たが、
これは大失敗で、多額の損出を出してしまった。

次のチャンスは、マーチの「トミーカイラ・m13」のときだが、これも
前回のお宝話に書いたように、もう少しのところで失敗・・・!

今回は、この「トミーカイラ・R」で、今度こそスカイラインに結び付け
ようと意気込んでいた時期なのだが・・・・・

三度目の正直か・・この作戦で、とうとう「トミーカイラ・M25R」が
誕生することに・・・そしてとうとう全国展開に・・・・!

余談だが、同時にスポーツカーの話も進めていたが、この話は又の機会に!

                                           つづく

|

« 車お宝話(80)銀座・日産ギャラリーでのお披露目 | トップページ | 車お宝話(82)サーキットの「R」と「ZZ] »

1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

この赤のRは今はイギリスだったかな?で、大事にされてるようですね!
確かこちらでもプリンス系で取り扱う旨の書類が配布されてました。その頃私はもう日産を退職してましたので販売出来ず残念です(笑)

富田さんの本気がこもったトミーカイラR-z、これからも大事に大事に乗って行きたいと思います。

投稿: 今日 | 2008年8月31日 (日) 08時26分

大事に、大事に乗って・・・!
自分の込めた魂が、まだまだ生き続けて行く事に、この上ない喜びを感じます。

本当にありがとうございます・・・!

僕は知らないのですが、イギリスですか・・・
ひよっとしたら、僕がお会いした英国大使館の人かも・・!

投稿: 富田義一 | 2008年9月 1日 (月) 11時57分

はじめまして、R-zの2号車に乗っていますユニと申します。いつも楽しく拝見させて頂いています。
ついに、34Rの記事ですね、いつ出てくるのかと楽しみにしてました。
私が、初めてトミーカイラの34Rを見たのは日産の座間工場跡地のカレストで初めて拝見しました。そのオーラといったらもう釘付けでした。クレードは"R”だったと思いますがその金額が700万円半ばの金額には驚きました。内容を考えれば高いものではないのでしょうが、30そこそこの私には現実的な車ではなかったのです。それから7,8年後最上級グレードのR-zに乗っていますが、乗る度に新しい感動を私に与えてくれます。以前34R のノーマルに乗っていましたが、何もかもが違います。チューニングカーではないこれぞコンプリートカーというのを味わっています。

投稿: ユニ | 2008年9月 1日 (月) 19時11分

こちらこそ初めまして・・・
コンプリートカーの味、と云ってもらうと有難いです。
それがコンプリートの真骨頂ですから・・・!

カレスト座間、懐かしいですね~、僕の持っている写真にはブルーメタの「R」とブラックの25R、それにm13が映っています。

明日のお宝話、楽しみにしていてください!
「R」の楽しいサーキットのお話ですから・・・。

投稿: 富田義一 | 2008年9月 2日 (火) 18時16分

はじめまして、亀☆タロスと申します。
時々訪問させていただいております。
34Rのお話を、楽しみに待っておりました。

私が「トミーカイラ」に出会ったのは、20年ほど前になります。西大路を疾走する白のM30でした。その咆哮に感動し、いつかは「トミーカイラ!」と思いを募らせてきました。(高価で学生だった私にはとても無理でした。)

現在、念願かなって「ベイサイドブルーのR-z4号車」に乗っています。富田さんが細部にわたりこだわりぬいて作られた車・・・、その良さを堪能していきたいと思っております。

これからも楽しいお話をよろしくお願い致します。

投稿: 亀☆タロス | 2008年9月 5日 (金) 03時36分

初めまして・・・亀さんですか、同じですね~よろしく!

20年前と云う事は「夢工場」が出来て2年後位ですよね~
いま思えば、あの頃はやりたいことばかりで、前しか見てなかったですよ・・・

でもその若さが結果を残してくれたのですから、喜ばなくてはと思っています。

何事も結果は後からついてくるということでしようね・・!

投稿: 富田義一 | 2008年9月 5日 (金) 11時53分

やはり大メーカーを相手にするとなると思った以上に大変なことが多かったんですね。
お話を読むにつけ、一層トミーカイラファンであったことに誇りを感じます。
とても他のチューニングショップには真似のできないことです。

ところで新型のGT-RはトミーカイラRなみのパワー、値段になってしまいましたが、富田さんはこのクルマについてどう思われますか?興味の湧かないクルマですか?
日産は「チューニングはしないでほしい」と公言していますが、いくつかの有力チューニングショップはそれを無視してメーカー保証もきかなくなるのも知りながら、リミッターカットやROMチューンをやり始めているようです。
私にはこのような反社会的な姿勢がどうにも許せないのですが、トミーカイラならもしやるとしても、正々堂々と正面からメーカーを説得して真の意味での「公認チューニングカー」を作ってくれると思っているのですが、、、
もし富田さんが今でもいらっしゃったらどうするのか?興味があります。

投稿: BUCHO | 2008年9月18日 (木) 23時46分

Buchoさん、これは大変奥深い問題です。
今だから云える事を簡単に記しますと、ずっと以前から分かっていたことですが、チューニングカーは最早不可能ということです。
チューニング屋とコンプリートを造る会社とは、似て非なるものです・・・
何兆円企業のメーカーを相手にするなど、普通はあり得ないことです、それどころか鼻にも掛けてくれないでしょう・・
だから僕は最初から自動車メーカーと組む為に努力し、自動車メーカー公認のコンプリートカー・メーカーとして出発したのです。
その為に費やした時間と労力は、運輸省の認可以上の努力が必要だったが、運も良かったし時期も良かったと思います!
車の性能の一部分だけにしか、時間と労力を使っていない、チューニング屋とはそこが違います。
その分、時間と労力とリスクが小さくて済みますが・・・
しかしビジネスチャンスはどんどんと狭くなります。
そんな事は、20年前から分かっていたからこそ、自動車メーカー公認のコンプリートカー・メーカーとして出発したのです。
答えは一つしかないでしょう・・・・・
最早単独では無理です、「AMG」と同じ様な形態しか考えられないと思います・・これは20年前から同じ考えです!
ただ限界が来ただけのことです・・・!

投稿: 富田義一 | 2008年9月19日 (金) 14時41分

本文にある様に、トミーカイラの耐久性は大したものです。私のR-Sは良く頑張りました。平成11年9月に納車されてから、平成25年3月2日に富士スピードウェイ走行中にエンジンの圧抜けでオーバーヒートを起こし再起不能になるまで、13年半、20万キロを走り続けました。それもかなりのサーキット走行をしながらです。残念ながら手放す事にしましたが、「本当にありがとう、ご苦労様でした。」と言ってあげたいです。

投稿: タカノ@R-SZZA | 2013年4月 4日 (木) 16時46分

タカノ@R-SZZA さん良い物語を知らせて頂いてありがとうございます!
本当に愛してたんですね~、良く分かります。
僕からもご苦労さんと云わせてもらいます!

投稿: 富田 | 2013年4月 5日 (金) 19時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 車お宝話(80)銀座・日産ギャラリーでのお披露目 | トップページ | 車お宝話(82)サーキットの「R」と「ZZ] »