« 車お宝話(68)懐かしのtomita autoの資料(Ⅲ) | トップページ | 車お宝話(70)もう1つの「夢工場構想」 »

2008年7月16日 (水)

車お宝話(69)懐かしのtomita autoの資料(Ⅳ)

   

僕はやっぱり変わり者なのか、世間とは逆に厄年に「夢工場」を
おっ立ててしまい「トミタ夢工場」と社名まで変更してしまった。

その上、この年には自宅も建てたし、日産自動車とのプロジェクト
(参照・お宝話44)も進めたから、とんでもないお金が動いた!

厄年のときは、余り派手なことをしないで、おとなしくしている
ものだと、周りからは言われたが・・!

それまでの僕はほとんど休みを取らず、仕事、仕事で来て倒れて
しまったから、40歳を境に、生活を一変しょうと考えていた。

入院生活で緑いっぱいの心地よさを知ってしまったから、緑の木々
が懐かしくて仕方なかった。

それまでの自宅は工場の上だから、緑どころか、一本の木もない!

そこで、緑の木々に囲まれた中に家を建てようと思いたったのだが、
田舎暮らしはまだ早いし、かと言って街中は予算がとても、とても!

そんな時、会社から5分、有名な仁和寺のすぐ側に千坪ほどの庭を
持った、新築の売物を見つけ出した・・・

・・といっても千坪の庭は借景なのだが・・・!

ちょうど旨い具合に閑静な住宅地に、造園屋さんの庭に面した新築
の家が長く売れ残っていたのだ。

超ダサイ田舎風の建物に、小さな部屋が沢山ある大家族用ときている
から、誰も買わなかったのだろう!

僕は3人家族だから、気持ちよく暮らすには大改装するしかないと、
その分、思いっきり値切った!

敷地に面した庭は造園屋さんだから、桜の木や、山茶花、猿すべり、
大好きな紅葉など、手入れのいい木々が新居を包むように生い茂って
いる。

今もそうだが、いつも思った通りの環境が、不思議と整い手に入る!

金閣寺を出発点に嵐山まで続く「衣かけの路」の途中で、「夢工場」
からはクルマで5,6分ほどの距離なのだが、日,祭日だけは観光都市
「京都」を思い知らされることに・・・!

この「衣かけの路」は・・金閣寺、等持院、竜安寺、妙心寺、仁和寺、
大覚寺、苔寺、嵐山と名所が居並ぶ・・・

・・・だから、休日はいつも大渋滞が当たり前!

おもしろい事に、会社から僅か5分の新居は、カブトムシ、クワガタ、
ブンブン、糸切り、ヤモリ、特大ムカデ、マムシ、その上なんと・・!
猪がウリ坊まで連れて来るのだから、ホント賑やかだった・・・!

ある時、何も知らない銀行の人が、いつものように玄関まで来た時、
イノシシとバッタリ出くわしてしまい、「にらめっこ」したらしいが、
この話はあとあとまで語り草になったほどだ!

そんなシティ・リゾート的な環境が、よほど精神的に良かったのか・・
・・どんどんと健康を取り戻していった。

やはり39歳のときの闘病生活が、僕という人間を大きく変化させた
のだろう。

もし入院せずに済んでいたら、多分、「夢工場」も「この家」も必要と
していなかったような気がする!

人間は毎日の生活の中で習慣と妥協を繰り返すが、たまにはゆとりを
持って考える時間が、つくづく必要だと・・!

そんなことでこの時期、公私共にかなり充実していたが、以前とは
比べ物にならない程の資金を必要とした。

それでも、自分の中では40歳になったら、自分らしい独自のモノを
確立しようと決めていたから、迷いはなかったが・・!

昔の人がよく言う「四十にして惑わず」の心境だった。

元来、幼い頃の環境や、境遇がそうさせたのか、マイナスをプラスに
変える「力」は相当に強いと自負していたから、絶対に旨く行くと
信じていた。

(夢工場が完成したとき、建築雑誌に大きく取り上げられた。
 その時の見取り図や、写真を一部、参考までに乗せて於く)

07111

この建物の意匠設計は、富田義一と田中光一となっていて、随分と
建築の勉強させてもらった思い出の建物で、如何に安い材料でいい
物を造るかに心血を注いだ!

07112

この建物のコンセプトを、なかなか面白くコメントしているので書い
てみることにする。

07113

「TOMITA夢工場は,常に未知の分野の開拓に情熱を注ぎ,夢を追い求め,
 夢を実らせて来た(株)トミタオートの新社屋である。
 今回の工事もメーカーとのタイアップという大きな夢の実現,
 そして設立20周年という節目を捉え,以前よりの構想を具現化した
 ものである。
 それは[新しい形のビジネス]の提言として,
 夢舞台(見せる,売る,ショールーム)
 夢茶房(語る,考える)
 夢教室(60人が一堂に学ぶ)
  夢工房(造り,見せる工場)の融合合体した未来空間を,建築という
 カタチでで表現したものである」

07114

これが僕が41歳のときに「夢工場」に馳せる想いだったが、
実はもう1つの夢工場構想があった。

・・・つづく

|

« 車お宝話(68)懐かしのtomita autoの資料(Ⅲ) | トップページ | 車お宝話(70)もう1つの「夢工場構想」 »

1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

見ることの出来なかった夢工場がちょっとだけ見えて嬉しいです。出来れば大きい画像で見たいですね!R-zもここから生まれたかと思うと、なんだかジーンとします。

投稿: 今日 | 2008年7月16日 (水) 20時41分

そうでしたね~!
来てもらう前に無くなったんですよね~、申し訳ないです。
カラ~の大きいヤツ探してみますよ!

投稿: 富田義一 | 2008年7月18日 (金) 12時23分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 車お宝話(68)懐かしのtomita autoの資料(Ⅲ) | トップページ | 車お宝話(70)もう1つの「夢工場構想」 »