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2008年7月12日 (土)

車お宝話(68)懐かしのtomita autoの資料(Ⅲ)

      

なぜ最終的にクルマの造り屋になったかを、知ってもらうよい機会
だと思い、数回に分けて書いているのだが・・・

ほとんどのクルマ屋は、ショールームを持つことに憧れる!

僕の場合も、この写真のようにスーパーカーを展示していた場所に
ショールームを作ってしまったのだが、余りの狭さに閉口してしまう
ほどだった!

07052

・・・何しろ、詰め込んでも5台しか入らない!

口の悪い友人が、建築前の地鎮祭の最中に、前を通りかかったらしく、
まるで歩道の上で、地鎮祭をやってるのかと思ったと、ぬかしやがる!

事実間口は広いのだが、2つの三角形からなる、変な地形だから、
奥行きがまるでない。

そこで僕は考えた!・・・なんとか広く見せる方法はないかと・・

・・ありましたよ~!・・なんと11台に見えると誰もが言う方法が!

三角形を利用して、三面に鏡を張ることを思いついたのだが・・・

・・・これがなかなか万華鏡のようで面白い!

初めて来られた人は一様に驚く!・・実際には5台しか入っていない
のだから・・・

まるで手品の様だと・・・これがまた面白い!

この三面に鏡を使った手法は、喫茶店とかレストランにもなく、車の
ショウルームなどは全く初めてだったらしい。

お陰様で、結構なことにお堅い雑誌の取材が増え、随分得をした!

・・・「魔法の三面鏡ショールーム」なんてタイトルもあった!

次に、この写真の上半分は、「夢工場」になる前の展示場の風景だが、

07055_2
この頃は常に面白いクルマを50台ほど展示していた。

tomita autoのロゴの横に、総代理店の「AMG」と「HARTGE」
のブランド・マークがあるのが懐かしい!

この頃は、チューニングカーに傾倒し出した頃で、出発点のホンダの
特約店から日英の特約店、そしてランボルギーニ、デトマソの代理店、
BAEターボの代理店と、少しづつモノづくりに移行して来た頃だ!

次の下の3階建ての写真は、ブームの頃はスーパーカーの倉庫にして
いた自宅兼のビルで、この頃は工場に様変わりしている。

実はこの工場で、少しづつだが、モノづくりをするためのステップを
踏んできたのだ!

最初に入社してきたメカニックは2名だったが、メカ上がりの僕は嬉
しくて、その2人になんでもやりたいことをやらせた!

・・・こんなエピソードがある!

本物の怖いおっさんが、神戸からやって来て自分のメルセデスSLC
をAMGチューニングしてくれと云う!

少し不安もあったが、当時、こんな機会は滅多にないと引き受けた!
この二人のメカには「勉強のつもりでヤレ」と!

年末に完成して無事納車・・・ところがお正月の最中に車が止まって
しまったと僕の自宅に電話が・・・!

あの手この手で何とかしたが、この時の事は今でも覚えているらしい。
現在のトミタオートに居る工場長が、その時の新人メカだ・・・!

相変わらず無口な"へんこつ者"だが、腕は間違いなく"天下一品"だ!
特殊なクルマや、古い奴なら安く直してくれる、今では数少ない職人。

ちなみに現在のトミタオートは、トミーカイラのテスト・ドライバー
だった中島君が後を継いでいる。・・・(参照・お宝話(43)

話をもとに戻そう!・・・僕はもともと工場を持つのが夢だったから、
こんな感じで手掴みしながら、段々と工場の仕事を増やして行った。

当時、国内に参考になる会社もなければ、聞く人もいない。
だってチューニングカーを扱ってる店など全くない時代だ!

その頃、東京の輸入車屋さんなんか、今でこそAMGやロリンザーを
平気で扱っているけど、誰一人として、チューニングカーの意味すら
知らなかった。

同業者がよく僕に「富田君は好きだからな~」って言ってたもんな~!

だから、一つ一つ確かめながら、失敗しても恐れずに前に進めて行った。

そして僕が41歳の厄年に、とうとう金閣寺の展示場を壊して、そこに
「夢工場」を建ててしまった!

・・・つづく!

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1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

三面鏡張りとは素晴らしいアイデアですね。

以前、CG誌でマラネロ・ロッソのミュージアムが紹介されてましたが、全面鏡張りだったので1台のクルマが無数に。かつ、いろいろなアングルを見ることができたので素晴らしいアイデアだと思いましたが、後日、移転されたミュージアムは鏡張りはおろか何の変哲もないディスプレイになってしまい残念に思ったのを覚えてます。(鏡の掃除が大変だったのかなあ?)

自分が好きなクルマをディスプレイするとしたら、どんな風に.......なんて妄想する今日この頃です。

投稿: 野村宏一郎 | 2008年7月12日 (土) 18時33分

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