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2008年5月14日 (水)

クルマお宝話(51)気になる2台のスモールカー

最近、特に気になるチューニング・スモール・カーが2台ある。
それは、フィアット500アバルトとミニクパーSクラブマン!

この2台が羨ましくも、そのお洒落な感じがなんとも僕好みだ。

アバルトもクーパーも今やハウス・チューナーとしてはメジャー
な存在で、最近は世界中でこの手法が復活している。

アメリカでは、ご存じシェルビーがフォードで復活、僕の好きな
アルピーヌも近々ルノーから再デビューの噂がある!

もしアルピーヌ・ブランドが復活すれば、僕が昔から好きだった
スモール・チューニングカーのトリオが揃う!

アバルトやクーパーが復活したことで、自分がやって来たことの
答が出たような気がする。

これが僕の思う理想的な形だったのかな~と!

実を云うと、僕が憧れていたクルマ造りは、アバルト社のような
いくつかの形態を持つことを理想としていた。

自動車メーカーと深いつながりを持ち、協力し合う形で・・・

ひとつは、フィアット500や600をベースに695SSや、
1000TCといったチューニングカーに作り替える作業。

もうひとつは、同じくフィアット600のシャシーを使って、
750ザガートクーペのように全く違う魅力的なスポーツカーに
仕立て上げる事。

さらにフィアット850のシャシーを使って、OT1300の
ような本物のレーシングカーを造ることなど!

このように大きく分けても、チューニングカー・オリジナルカー・
レーシングカーと多彩で、3部門から成り立っていた。

デザイナーも定番はザガートだが、他にもピニンファリーナなど、
その頃のヨーロッパならではのトップ・ブランドが名を連ねていた。

この辺りは、自動車の歴史が浅い日本では考えられないことだが!

この他にもポルシェ356のシャシーをベースに、総アルミボディ
により130㎏も軽量化したカレラ・アバルトは余りにも有名だ!

レース活動も盛んで、カレラ・アバルトでタルガフローリオを始め、
数々のメジャーなレースでクラス・チャンピオンになっている!

レーサーも、若き頃のポールフレール氏や、あのグラハムヒルなど
大御所がこぞってアバルトでクラス優勝を勝ち取っている。

オーナーのカルロ・アバルトはポルシェ家に縁の深い人らしいが、
なんとも羨ましい経歴を残している!

そんなことで、若いころから漠然とアバルトのようなメーカーに
なりたいと思っていたし、アルピーヌのようにもなりたいと思って
いた。

だから僕も多くのチューニングカーとオリジナル・スポーツカーを
造ったまでは良かったが、なにせ事実上、日産自動車がルノーに
買収されたことが響いた!

日産自動車に永年築いてきた実績や、契約は一瞬にして無くなった
のだから!

それと僕のいつもの悪い癖だが、日本の土壌では早すぎたと思う!

特殊車扱いではなくAMGのようにもっと一般的に理解できるには、
日本の国として考えれば、まだまだ機は熟していなかったのだろう!

でもアバルトにしろアルピーヌにしろ、今日まで永く眠っていたが、
世の中の求める変化によって、ふたたび復活ということになったの
だから・・・!

歴史に名を刻むメーカーでも、日の当たるときもあれば、陰の時も
ある、だから僕もまだまだ諦めずに駒を進めていきたいと思っている。

前置きがほとんどになってしまったが、近々発売されるフィアット
500のアバルトには是非とも乗ってみたい!

日本では発売されていないフィアット500の100HP、マニアル
ミッション車に先日触れたが、なかなかいい感触のクルマだった。

それとミニクーパーSクラブマンは、久々に僕のハートを揺さぶった
クルマで、懐かしさやキュートさが入り混じって普通のミニとは比較
にならないほど大人びている!

この2台とも、特にインテリアに「力」を入れているのがうれしい!

日本車の遅れは、このインテリアだろう!

新しいGTRしかり、ホンダS2000しかり、ニューインプレッサ
もランエボも、みんなインテリアは置き去りにされている気がする!

質感を出すのがやっとで、とても魅力的で個性的なインテリアまでは
考えが及ばないのだろうか?

でもミニやフィアットの価格帯の車でさえ可能にしているのだから、
言い訳はできないだろう!

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コメント

イタリヤ車のインテリヤの良さに(フェラーリのへんてこりんなのは別にして)一発でノックアウトされた経験のある私はその後のクラウウン、セルシオに代表されるようなインテリアに、”偏差値の高い大学に入った学生”を想像してしまいます、”悪くない!でもチットも面白くない”
車というのは矢張り何世紀ものヨーロッパ伝統の結晶なんだと痛感しています、例えばサスペンションはナポレオン時代のフランスでDeligenceと呼ばれた20人以上も乗せた長距離大型乗合馬車で鍛えられ(驚く事に600キロくらいの距離を6頭立てで疾走し、ガラスで平民とし切られたファーストクラスまであった)、王侯貴族の馬車を持ち出すまでもなく民間に存在したこの馬車達の長い時代が、いまもなお日本人のたどりつけない、室内空間のユニークさと乗り味の良さを造りだしているのでしょう、ものの考え方が全く違うと感心する事があります、tgvのドア-は乗客がボタンを押さないとあきません、この伝統はメトロのレバー式ドア-そのものの発想です、時速570キロの記録をもつtgvのドア-がなぜ自働で開閉しないのか?、そんなステレオタイプの疑問しかもてない東洋の技術者からはインテリアの趣味のいい車は今後も生まれない気がします。
家の室内照明は天井に500ワット1000ワットの照明を当てる間接のみ、だから濃紺の壁にしてもお化け屋敷にならない、他の部分に原色を使ってもパチンコ屋にならない、この大胆さは偏差値教育の圏外、成層圏の発想です、そう言えばイタリアの奇て烈なスタイルのラリー車ストラトス(stratos)は成層圏の意味でしたね。
富田さんの興味を引くきびきび走りまわるスモールカーは今の偏差値青年達とは別のレールを走っている車の気がします、私は1300ccのシムカが好きでしたが。

投稿: aphrodisiaque | 2008年5月15日 (木) 17時26分

いやいやお詳しい、同感です!
僕もTGVには何度か乗りましたが、インテリアのカラーと
質感、それに何といっても本物のシートが素晴らしいですね
。僕もかねがねヨーロッパは馬車文化、日本は籠文化だから
何かにつけて違いが出るし、理解されないと話ていますよ!

投稿: 富田義一 | 2008年5月15日 (木) 18時36分

戦後、輸入外車の黎明期から車をみつめ、ついには独自のZZまで到達された富田さんに賛同いただいて恐縮しています。

一つ間違えて書き込みをしてしまいました、フランスの長距離乗合馬車はdeligenceではなくdiligenceでした、文豪バルザックもこの馬車の天井に乗って愛人に会いにスイスまで通ったそうです。10年以上フランスに住んでいながらお恥ずかしいミスです、このdiligenceについてはあのヴィクトル・ユーゴのレ・ミゼラブルの中に出てきまして記憶に鮮やかなためつい誤った発音どうりのスペルで書いてしまいました。

 日本が馬車時代を持たなかったのは、徳川幕府の入り鉄砲禁止と同根の発想で、高速移動で進軍されるのを避けたかった為と、なにより木曾馬に代表される古来馬が極めて小柄だったせいもあると思っています、体高で20センチ近くも大きいヨーロッパやアラブの馬は矢張り馬力・持久力・スピードが段ちにちがいます、漢の武帝の探し求めた汗血馬ではないか?といわれている、カスピ海横チュルクメニスタンに今も生存し全身黄金色に輝く絶滅危惧種アカール・テケ種の馬などはアラブ馬の大きさとその数倍の持久力をもったエンヂュランスな馬です。
日本の馬が小さかったのは、地理的な影響かと思います、現在世界に残されている馬の先祖はすべて、木曾馬に色濃くその特徴を残しているプレジュバルスキー(発見者のロシアの将軍の名前から)にたどりつきますが、隔絶された環境が日本馬の進歩を、そして馬車の時代を阻害したと言えます、ヨーロッパの騎馬戦争と馬車そしてその後の車の発展、ドレを取って見ても伝統の違いがでています。

 関が原の戦いが行われたその前年1599年には早くもゲルマン民族はガラス窓を付け前輪が独立して方向を変えられる馬車のカロセリア技術を開発しフランスもこのの先進技術を導入しています、恐るべしヨーロッパ!
ルイ・ヴィトンのバックの頑丈さは馬車移動に耐えられる所から来ているとパリでファッションのプロに聞いたことがあります、日本車はメカの面では一流に到達しました、でもインテリアデザインでは宿命的な血の不足がありそうな気がしております。
今後冨田さんが関わられる車には、是非室内空間にニヤリと出きる車を楽しみにしております。

こんなシーンを思いだしました、4月のパリ、午後の緩やかな日差しの指しこむ人気のまばらなオランジュリー美術館で私が暇をもてあましていた時、4才くらいの男の子を連れたフランス人が  ”クロード(幼児の名前)君この絵どうおもう?” ”ボクの絵みたいだね”  
こんな環境から飛んでもない発想の芽が生まれるのでしょう。 美術館の表にでたら日本娘が真新しいエルメスの大袋を下げておりました。

投稿: aphrodisiaue | 2008年5月16日 (金) 09時09分

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