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2008年5月 7日 (水)

クルマお宝話(49)お疲れさん、亜久里!

      

連休中は慰安旅行に出かけていたが、ずっと気になることがあった。
以前から気にしていた、スーパーアグリ・チームの今後の動向だ!

丁度、旅の最終日に記者会見が行われるとの情報を携帯でキャッチ!
携帯で確かめながら帰宅、その夜に最終決定の様子をテレビで見た。

なんとも残念でならないが・・・・・!
・・・・・お疲れさんとだけ言いたい!

テレビの記者会見で、久し振りに亜久里の顔を見たが、頻繁に会って
いた5年ほど前までの顔とは、随分と違う。・・・・・大人の顔だ!

良い意味の子供らしさがない、だけど歳のせいでは断じてない!

亜久里独特の人を和ませる、童の顔がもはや、なくなっている。

僕には痛いほどよく分かる気がする!

こと切れた無念さと、やれるだけやった潔さと、この苦しみから解き
放たれる開放感が入り混じっている。

彼がFI参戦を発表した2年半ほど前、僕は本当に自分のことのよう
に嬉しかったものだ。

夢に掛ける「男のロマン」が、「事」の大小はともかく、
僕としては手に取るように分かるから嬉しかったのだろう!

彼がオレンジ色のトヨタ・トムス・セリカCでルマンに初挑戦した時、
初めて彼に出会った。

そのルマンのホテルで部屋が同室となり、色々話したと思うが詳しい
ことは忘れた。

その頃は、まだ未熟だが「夢多き」若物だったように記憶している!
あれから26年、その間レース場以外でも結構遊んだが、縁もあった。

ZZ発表の頃、最初にメッセージをくれたのが、童夢の林君と亜久里、

0507

京都のサーキット構築の時も協力し合ったし、スポーツカー研究所の
設立時も2人で社外役員を引き受けた。

ガライアの記者発表会の時も、揃いのコスチュームで並んで立った!

将来、トミーカイラZZⅡでルマンに出るときは、ARTAレーシング
チームから総監督・鈴木亜久里で行こうなんて夢も一緒に描いてくれた!

もてぎサーキットでのARTA感謝デーの時、トミーカイラRZやZZ
に乗って「この日本車を誇りに思いますよ」と本当に嬉しくなるような
コメントをくれたりもした。

そんな彼が、FIに打って出るって聞いた時は本当にビックリしたけど
同時に、凄いな~と素直に尊敬した!

それから2年半の時を経て、今回の撤退会見になってしまった!

新聞には「夢破れ、後には徒労感と巨額の負債だけが残った」と!

こんな文章を見ていたら、この記事を書いた人が本当に可哀そうになる。
夢やチャレンジに興味がないと言ってしまえば、それまでだが!

同じ人として生まれながら、このチャレンジ精神が理解できないのだろう!
ましてや、現実にF1にチャレンジできる人など世界に一握りしかいない。

まぁ、そんなF1に僕の友人は何人もチャレンジしているから凄いのだが!

コジマ007の小島君、無限の博ちやん、童夢の林君もF1まで造って
しまったが、これはスポンサーの問題で断念!

余談だが、この童夢のF1に座ったことがあるが、異次元のこの乗り物の
精巧さと美しさが特に印象に残っている!

だけど今やFIは大メーカー同士の戦いだから、お金の桁が1ケタ違う!

負債総額100億と書いてあったが仕方無いだろう!

彼自身も「振り返ると、この2年半お金探しばかりしてちょっと疲れた」と!
僕もそうだったけど、資金調達が全てだと思う!

だってF1なんか全く知らないメーカーでも、資金次第で数年もすれば強く
なれるのだから!

だから、スーパーアグリ・チームはホントに思いきったことをしたんだよ!
だからみんなが応援したし、夢を感じたんだよね!・・・きっと。

自慢にはならないけど、この負債額は僕のときの10倍弱!

本当に大きいお金だが、一人だけが見た夢ではない!
参加した人、応援した人、みんなが夢を見たのではないだろうか?

僕は思う!・・・・・時間が経てばチャレンジしたことの喜びがきっと
           彼にも戻ってくると!

僕もまだ、果たせていない夢に向かって走っている途中だから!

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コメント

コラム読ませていただきました。
本当にそうですよね。
でも、亜久里さんは、大きな負債を背負うことに、なったかもしれないけど、人生のなかで、そこまでチャレンジできたことは、本当にすごいことだし、絶対幸せ!
お金の額が、大きいからよくわからないけど、人生は、自分が考えた通りになるはずだけど、少しでもマイナスのことを考えてしまうと、そちらを引き寄せてしまうとか。
だから、簡単ではないんでしょうね。
人生って、本当に簡単なようで、誰もが、波瀾万丈…。本当にそう思います。
だけど、今世で、ご縁のある方とは、ご縁あるのが、人生なのかな…と。
だから、何年後かの、コラムが楽しみです。結局は、そうなったのか…みたいな(笑)。

投稿: ひらめちゃん | 2008年5月10日 (土) 00時56分

一昨年、鈴鹿での開催が、ラストといわれた日本GPのとき、スーパーアグリの応援席から応援したことを思い出しました。あのときは、引退するシューマッハの走りの方が気になったのと、スーパーアグリの応援席からは、HONDAやTOYOTAの大応援団席が、よく見えて、応援席にまで及んでいる企業の力を感じ、何だか最後を走るスーパーアグリの車に、最後でも走る意味はあるのかな…とか思ってしまったり。でも、この参戦は、多くの人に夢と感動を与えたはずです。亜久里さんの今後の活躍を私も応援したいと思います。

投稿: ひらめちゃん | 2008年5月10日 (土) 10時37分

戦後、米国指導の教育のせいか、挑戦することと無謀が同一の意味を持つようになってしまった気がする。
米国は戦争に勝ったにもかかわらず、日本人が再起することを恐れ、教育によって従順な羊のようにしてしまったと思う
。それほど戦前の日本人は挑戦的な国民だったのに!
だから、せっかく人間に生まれたのだから、自分なりの範囲でチャレンジを続けるようにしている。

投稿: 富田義一 | 2008年5月10日 (土) 13時31分

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