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2008年5月21日 (水)

車お宝話(53)「鈴木オート」とトミタオート!

    

つい先ほど、ネットで買った「続・三丁目の夕日」が届いた
最近、映画館にあまり足を運ばないので、もっぱらビデオ鑑賞だ!

最初の「三丁目の夕日」で「鈴木オート」を見た時は正直ジンときた。
まぁ僕の創業より10年も前の話だから、細かくは違うのだけれど!

道路とか、三輪車のミゼットとか、走っているクルマを見ていると、
懐かしいを通り越して、映画ではなく、現実になってしまう!

映画にのめり込むと云うより、入り込んでしまう、そして一瞬にして
その時代にタイムスリップしてしまうのだ!

この映画を観て、即座に現代と大きな違いを感じるのは、人に対する
情の部分だろう!

生活空間も環境も交通も所得も病さえも、ほとんど全てが変化したが、
何より大きく変わったものと言えば、やはり人の心だろう!

人や自然に対しての優しさや、慈しみの心を持つ人が、余りにも少なく
なったと思う。

僕の若い頃の映画でも、時代劇にしろ、現代劇にしろ、共通して底辺に
流れていたものは、男は義理人情、女は優しさや慈悲の心だったと思う。

その頃人気のあった時代劇などは、必ず正義の味方の主人公が出てきて、
悪役をやっつけると云うのが大方のストーリーだったが・・・今は違う。

確かに複雑な日本の映画やドラマと比べれば、単純極まりないと思うが、
それでも今だにアメリカ映画を観て、その頃に浸れるのはなぜだろう?

どこかに「三丁目の夕日」と共通するものを感じてしまうのだが。
それは現在もアメリカには正義感があると云うことなのだろう!

それにしても、たった50年で人の心がここまで変わってしまうものかと、
つくづく悲しくなってしまう。

僕だって名前が「義一」だから、義理一筋に生きようと若い頃は真剣に
思ったものだが、こんな言葉はもはや小説の中の言葉でしかないのかも!

たった50年なのに・・・・・されど50年か!

そんなことを考えていたら、隣の中国なんかもっと早いスピードで変化
していることに気がつき唖然としてしまった。

人間は欲望を駆り立てる目標があれば、何処までもその目標に向かって
突進する生き物なのだろう!

しかしその欲望のために大事なものが失われていく・・・・代償として!

ところで、この「続・三丁目の夕日」は昭和34年の設定になっている。
と云う事は、僕が14歳で原付自転車の免許を取った年でもある!

その頃、難関だった公立高校に受かれば単車を買ってやると叔母が云う。
勉強などしたこともない僕が、単車欲しさに猛勉強!

見事、授業料が桁違いに安い公立高校に仲間でただひとり合格した。

傘の内職屋をしていた叔母が自転車で納品するのを、買って貰った単車で
手伝うのが条件だったが!

それはもう、嬉しくて、うれしくて、それまでモノを買って貰ったこと等
なかったから、いまだにそのときのことは鮮明に憶えている。

でもこの経験は大きく役に立った、頑張れば欲しいものが手に入ることを
叔母は教えてくれたと思う!

その頃、僕は単車に夢中で、免許を取ってすぐに仲間の小島君に勧められ、
JAFに競技申請をして会員証をもらった。

始めて手に入れる大きな宝物が単車だ!・・(当時はバイクとは言わない)

その頃は特にホンダ・スーパーカブの人気が凄く、仲間は全員カブだった。

当然、僕もスーパーカブと決めていたのだが、近所の「鈴木オート?」に
聞くと人気車種だから2か月待ちだと云う。

僕としては、ひと月でも待ち切れないのに、2ヵ月も、とても待てない!

「鈴木オート!」に即納できる車種を聞くと、オートバイのカタチをした
”山口・オートペット”なる単車があると云う!

スーパーカブとの決定的な違いは、カブの4サイクルに対し2サイクルで、
スーパーカブより相当性能が悪いのだが、返ってこれがいい思い出となる。

納車された日、一睡もせず、一晩中眺めていたのを思い出す。
そしてこのオートペットをカッコ良くレーサー風に改造しようと決めた!

このときは未だモトクロスには興味がなく、ホンダのマン島TTレースの
活躍が、今のF1の如く報道されていた頃だから、やっぱりレーサー風!

こうして、僕のクルマ人生の入口が、単車によって開かれて行く・・・続。

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コメント

人の1度ついたイメージはなかなか払拭されません、ホンダベンリ-という125ccのオートバイがありました、ドリーム250が買えなかったのです、タンデムシートで兄貴の赴任先の滋賀 長浜からの帰り箱根の坂を登れず兄弟で押して長い坂をあがった記憶があります、ノーヘルOkの時代なのに学生帽をかぶって、庇から汗たらして。。。以来ホンダはきらいです。
人気の国産を尻目にBSAのコピー、メグロ、s8 スタミナk1(この辺りは恐らくダレも知らないでしょう}そしてあの3億円事件のときはW1とカローラを所有してたので、家に3度も刑事がきました、上がり込んで茶をのんで。。。、あの犯人は絶対にオートバイには詳しくないですね、ナゼって当時警視庁では使ってなかったツ-サイクルのヤマハR1を白バイに改装してましたから、私ならメグロKⅡかホンダのCB350を犯行に使いましたけど。。。でも今でも何処かで頭ぶつけて記憶をなくし、3億を埋めた場所を失念してる夢をみます。
ハーレーにBMWのR100RS2台とオートバイの車歴の方が長くなりました、ビックツインの押し出す加速感がが好きなんですね、しかし一方ではスピードに対する虫が騒ぎ、現代国産のオーバー1000ccも所有したい、多分事故死するでしょうけど、あの加速はパワーウエイトレシオからまさにF1マシンのそれです、富田さんにもオーバー1000ccお薦めです、ランプウエーからの侵入でも本線のそこまでファミリーカーが来ているのに楽々動くシケインをパスできます、この手の事を書くと偽善的な若者がソレは遵法精神に反するとかナンとか馬鹿をいいますが、車の歴史はスピードの歴史、安全かどうかの一瞬の判断を培うのが経験です、十把一絡げにお題目を唱える御仁はワンボックスがよろしいでしょう、1度アウトバーンで知人のポルシェのへんてこな直列ツインターボ?高いらしいです、あの車、で300キロ近く出しましたが、流れる高速車のレベルが高いので案外平静でした。
しかし夢はアラビアのロレンスの愛車ブラフシュ-ぺリア。オートバイの上手い奴は車も好き、ロレンスもこのバイクで事故死してますが。

投稿: aphrodisiaque | 2008年5月24日 (土) 09時19分

そうですかオートバイも好きなんですね~!
僕もオートバイ好きが昂じて40歳ぐらいの時、
輸入バイクショップを始めましたよ、日本で売ってないオートバイの逆輸入専門で・・・殆どが1000ccオーバーの
キチガイバイクでしたけど・・・!
個人的にも所有してましたよ・・・ドガッティ750SSやハーレイ、特に国産では赤いホンダ1100Rが印証に残っています。

投稿: 富田義一 | 2008年5月24日 (土) 13時44分

トミタオートが外車オートバイを扱っていたとは知りませんでした、私の京都着任は市電烏丸線の消えたS49年ですので。
当時は外車オートバイは月賦が殆ど効かず、最大3回払いまで、BMWのR69S辺りだと私の初年収を超えていた気がします。

1100Rですか・ホンダは苦手ですが、ドカッテイはいいですね~なんでイタリア車はあんなに音がいいのだろう、彼らは4輪も2輪もメカノイズ・排気音も性能の一つと考えているのかもしれません、数日前マイクへイルウッドレプリカの赤グリ―ンの900ssにぶち抜かれました、とたんに記憶は’83年当時へ・・・・チュ―ンした(すいません少しブースト上げてます)M30Zなら軽く追いつけるでしょうが、ナゼか昔馴染みにあったような気がして戦闘意欲よりも懐かしさで、リーンインの派手な後ろ姿に見ほれてました。
出来たら私と似た年配がアクセルあおってくれているといいのですが。
では また他日

投稿: aphrodisiaque | 2008年5月25日 (日) 01時39分

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