« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月

2008年5月31日 (土)

   車お宝話(56)やっぱりレアなモノがいい!

  

いつものことだが、遅い昼飯を取ろうと御堂筋を歩いていると、
超レアなクルマに出会ってしまい、思わず嬉しくなってしまった。

ピカピカのメルセデス280SLで、仮に71年型の最終モデルと
しても、37年も前のクルマだ!

0531

余程好きなんだろうな~、お金も掛ってそうだし、な~んて勝手に
クルマの持ち主のことを想像しながら、見えなくなるまで見送った!

歩き出してすぐに僕の歩いている歩道の脇を、何と今度は素晴らしく
奇麗な、初代のセリカ・リフトバックが信号で止まった。

これも負けないぐらい「レア」なクルマだろう!

トヨタがフォード・ムスタングの成功に刺激されて、コンパクトな
スポーツセダンとして、最初に世に出したモデルが「セリカ」だ!

このセリカを「ムスタング・ファーストバック」そっくりに造った
のが「セリカ・リフトバック」で通称セリカ・LB。

一瞬にして、30年以上昔に記憶が遡る!

当時、TOMITA AUTOにいた社員の愛車で、このセリカ・LBが自慢で
いつもピカピカにして乗っていたのを思い出した。

その頃、外車屋の僕は、内心こんなコピーモデルをよく造るもんだ、
まして、そんなクルマに乗るなんてなどと思っていたのを思い出す!

でもこうして30年以上の時を経て間近に見ると、なんと良く出来
ているクルマだと改めて思ってしまった。

最近のムスタングより、断然エッジが良く効いてメリハリがある。
やはりあの頃の僕は、外車屋気取りで生意気だったのだろうな~!

それにしても歌と同じで、懐かしいクルマを見た瞬間に、その頃に
戻れるのはナント嬉しく楽しいことだろう!

昨年の秋、トミーカイラ・オーナーズクラブ10周年に招いて貰い、
この何倍、何十倍の濃縮ジュースの様な、濃い思い出に一瞬にして
浸たれたのを思い出す。

トミーカイラの一台、一台に濃い思い入れがある!

それが一瞬にして、何十台分も一度に感じられるのだから、嬉しく
楽しいを通り越して、それはもう幸せな気分だった。

話を戻すが、6年も大阪のど真ん中にいても一度に何台もの珍しい
クルマを見ることはホントに稀だ!

AMGやベントレーなど、高級車は嫌というほど走っているから、
珍しくもなんともない。

その上、色までほとんど同じなのには閉口する、せめて色ぐらい
個性を出せばいいのにと思ってしまう。

これも世界中から言われている、日本人特有の横並び思想なのか!
・・・高級車まで皆と同じ横並びとは・・・・・!

なんなんだろうな~、この感性は!
目立ちたいけど、目立ちたくない?

そんなことを思って歩いていたら、食事処まで行く間に解決した!

この御堂筋には世界的に有名なブティックが、ずっと先まで並んで
いる。

H・ウィンストンに始まりエルメス、ロレックス、F・ミラー、
カルチェ、アルマーニ、ルイ・ヴィトン・・・・まだまだ続くが!

このルイ・ヴィトンまで来た時、ハタと気が付いた。

そういえば日本人ほどルイ・ヴィトンを持っている国はまずない。
並みの10倍もする高級品を、横並びの思想で買うのは何故かと!

それは商品にしろ、食べ物にしろ、サービスにしろ、基準に厳しい
日本人が「多くの人が選ぶモノが最良のモノ」と自然に身に付いた
知恵だろう!

2年ほど前に、アルファロメオの159が発表になった時、新しい
社長が「今度の159は、世界一厳しい環境と顧客を持つ日本でも
必ず成功するだろう」とメッセージしていた。

それほど日本人の基準は、レベルが高いということだろう!
だから人と同じ、世界の一流ブランドを持つことで安心するんだと!

それでも人と違うモノを持って、人と違うことをしたいと思っている
から、僕自身が「レア」なのだろう・・・・・!

| | コメント (0)

2008年5月28日 (水)

車お宝話(55)幸せ塾Ⅰ・・「得する心の使い方」

     

「奇跡の杖」の最終回から早いもので、半年が経ってしまった!

多少は人の役に立てばと「奇跡の杖」を始めたのに、好きなクルマの
話や、自分のことばかり書いてしまったと反省している!

そんなことで、僕が以前に院内で行っていた「幸せ塾」の中から、
「得する心の使い方」をテーマに、月に1回ほどのペースで紹介して
行こうと思う!
       
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今思い返すと、僕も若い頃は、今とは違った意味でハングリーな人間
だったと思う。

邪念や邪心も多く、物事は損得勘定で考え効率的に物事を捉えていた。
確かにこの頃の方が、金儲けはうまかったように記憶している。

(これは良いと云うことではなく「安念なるも貧し」で、自分よがり
な人間で、旨く行っても小山の大将と、陰陽27宿に記してある。)

38歳のときに、真珠腫という三半規管の病気で入院を余儀なくされ、
2ヶ月近くの闘病生活を強いられ、社会復帰には半年以上も費やして
しまった。

入院以前の生活は年中無休でこなしていただけに、正直2ヶ月の入院
を告げられた時は、会社は潰れるものと覚悟した!

入院は病気が脳に近い部分だったことや、手術ができないほどに放置
したため、下手をすれば脳障害が残るか、半身麻痺になると解り、
やむをえない選択であった。

しかし今思うと、この入院生活は意義深いものだったと痛感している。
現在の僕の基軸は、全てこのときに培われたといっても過言ではない!

この入院によって、目から鱗が落ちるほどの新鮮さを体験することに!
・・・そして新しい自分を発見することが出来た。

人間、覚悟を決め、腹をくくりさえすれば、それから後は意外なほど
なんともすがすがしく、安らかな気持ちで、日々を過ごしていけると
悟れたからだ。

このときに僕は、心の正しい使い方を自然に体得し知ることとなった。

入院中、たっぷりとある時間を活用して、今までの自分を省み、己の心
の使い方と対峙した。

導き出された答えは、会社が潰れるとか、損だ得だということは、全て
自分の心が勝手に作り出した妄想に過ぎないと・・・!

誰にとっても、一寸先は未知の世界、例えどんなに偉い人でも、
先のことなど分かろうはずもない・・!

先々を不安に思うのは、自らが作り出した想像でしかないと気づく。

そのとき、未来に対する正しい心構えとは何かが、ひらめいた。

   「先の心配は一切しないで、今を大切にしよう」・・・!
・・・・これが答えだと悟った。

損をするのではないか、或いは得かもしれない等と心がいちいち囚われ
なくても済むから、シンプルに物事を考えられるようになった。

未来を瞬時に読み解くことなど、誰にも出来ないことなのだから!

損をしたと思っていても、結果として得することがある。
逆に得だと思っていても、大きな損につながっていくことも大いにある。

現に僕の、この入院がもとで会社が潰れてしまうかも知れないといった
思い込みは、見当違いも甚だしかったと云う事になる。

現実は会社が潰れるどころか、社員たちの頑張りで逆に業績は上がった!

自分がいなければ会社が潰れるとの思い込みが、いかに会社の人たちの
成長を妨げてきたことかと、その時、深く猛省した。

その上、僕自身も大きく成長できたし、考える時間もとれ、心も身体も
ゆっくりと休養することが出来たのである。

ほんとうに「目から鱗」の体験をしたと感謝している!

あれから25年の時が過ぎたが、この基軸は全く変っていない!

     現在の僕の心を表す文章を記しておこう。

     あるがままに、現実を受け入れ、執着を無くし、
     自分よがりな感情を無くす。
     そのとき、この上ない静寂と平和が心に宿る。
     邪気のないその心に、不思議な力が湧いてきて、
     新しい世界が見えてくる。  

現在はこの心の使い方で、随分楽に生きられていると感謝している。

物事をシンプルに考えれば、ゴチャゴチャと余計なことを考えないし
思わないから、心が疲れない。

     心労がないから、身体はいつも元気でいられる。
     ここに「病は気から」の原点があると思う!

結局、この考え方が「得する心の使い方」だと断言できる!

何故なら、この25年の間、ほんとうに色々なことを経験したが、
益々健康で、後悔や、不幸などとは無縁で生きてこられたからだ。

もし、この「得する心の使い方」を知らなければ、多分、健康を害し、
最早、寿命は尽きていただろう!

| | コメント (2)

2008年5月24日 (土)

車お宝話(54)続・「鈴木オート」とトミタオート

    

先日、「続・三丁目の夕日」を観て、益々現代の薄れいく人情が
より強く出ている内容に、映画であることも忘れ
久々に故郷に戻ったような気持になってしまった。

あの頃は、お節介も有難迷惑も存在しなかった!

人の喜びは自分の喜びだし、人の子も自分の子も分け隔てしない。
親のない子も含め、知らず知らずにみんなで助け合っている!

貧しいけれど近所が親せきのような、兄弟のようなそんな古き
良き時代だった。

だがそんな辛い時代に戻る必要はない、でも気持だけは変わらずに
と願っている人は大勢いると思うのだが!

だからこの映画が、これだけ評価され観衆を集めているのだろう。

映画の中で、久し振りに「鈴木オート」の工場を覗いて見たら、
なかなか珍しく、懐かしい車が、入れ替わり工場に入っていたので、
思わず嬉しくなってしまった!

ユニークなデザインの3輪車も、4輪車も良く知っていたのに、
名前を思い出せないのが、残念でならない。

それにしても、車のサイズが余りにも小さかったことに改めて
驚いてしまった!

数年前、路上に止まっていた「マツダクーペ」を見て、余りの小ささに
良くこんな車に乗っていたと感心したが、小さくて可愛いかったな~と!

最初に就職したマツダの同僚なんか、この極小の「マツダクーペ」に
3人乗って、京都から九州の旅を当たり前のような顔で往復していた。

この映画「続・三丁目の夕日」は、昭和34年の時代設定とケースの
概要説明に書いてある。

とすれば、そのころ京都にいたから、東京タワーのことは知らないが、
僕が中学2年生の頃の話だと・・・!

もしこの映画が現実だったとしたら、僕はどんな役柄で何をしている
のかな~・・・なんて考えながら観ていたら、当時のことをお思い出
してしまった!

中学2年迄の僕は話にならないほどおとなしく、部活は花や木を育てる
園芸部の弱ッチイ男だったことは、以前にも触れた!

その僕が強くなれたそもそもの要因は、小学校6年の時の転校に遡る。

転校した学校に、小島君(コジマエンジニアリング代表)が居たからだ!
男らしくなることも、喧嘩もオートバイも彼といるだけで身についた。

05211

それに、恐ろしく怖いお父さんも、親のない僕にはやさしかったし、
人情というものを教えてもらった気がする!

だから高校時代は、ラグビーとオートバイと玉突きに明け暮れる毎日で、

05212
逆境を跳ね返して、友達の数はだれにも負けないほど大勢いたと思う!

こう書くと、な~んか偉くカッコいい学生のように聞こえるが・・・!
ラグビーもオートバイも玉突きも、取り立てて上手いわけではなかった。

日陰のモヤシのような弱ッチイ男が、大変身し、18歳になってすぐに
初めてモトクロスのレースに出場した!

05213

50ccのトーハツ・ランペットが2台目の僕の単車だ!

このクラスで、スズキ・ワークスに対抗できる唯一のオートバイで、
この頃でも既にワークスと市販車では、中身にかなりの差があった!

ワークスとの大きな差はミッションで、3速と4速の違い、マフラーも
サスペションも違う!

僕のランペットにはマフラーだけだが、多少見込まれてワークスから
支給されたものが着いていた。

最初のレースは、和歌山県、紀ノ川のだだっ広い河川敷にコースが設定
され、開催されたのをよく覚えている。

当時すでに小島君は、全国レベルで名前が轟いていたように思う!

本番前の下見で、コース取りを憶えるようにと、小島君が一緒に走って
くれたのが良かったのか、悪かったのか!

予選第1ヒートが僕で、第2ヒートが小島君!

いよいよ本番、広いスタートライン横一線にモトクロッサーが居並ぶ!
本命は、スズキワークスの鈴木誠一、久保和夫の両氏。

このベテラン達に初参加の僕が太刀打ち出来る筈もなく、それどころか
あたま真白で、審判が一人一人にフラッグで指さすのを見ているのが
精一杯だった。

審判が最後のライダーにフラッグで指差した、次の瞬間、30台ほどの
モトクロッサーが一斉に狭いコースに突進する!

無我夢中でコースに入ったら、ナント3番手にいるから正直ビックリだ!

直線の後はUターンするのだが、ターン直後に横を見たら、あの大本命と
並行して走っているではないか・・・ひょっとしてアタマ・・!

その後、小島君のアドバイス通りポンポンとコブをいなしてコースを取る。

さすがは小島君、コースの取り方が人とは全く違う、コースを横切る小川
も無事通過して、いよいよ2週目と思った瞬間・・・・宙を飛んでいた!

やはり僕の腕では、このコース取りは難しすぎたのだろう。

予選不通過・・・これが僕の初戦の結果だ!

第2ヒートの小島君は、僕のオートバイで走って、当然の如く・・・優勝!

それでも高校生としては最高にエンジョイしたと思う!

僕の取り柄は、その時、その時を懸命にやることだから!

05214

それから20年・・・・・息子にもラグビーとモトクロスを経験させた!

05215

| | コメント (0)

2008年5月21日 (水)

車お宝話(53)「鈴木オート」とトミタオート!

    

つい先ほど、ネットで買った「続・三丁目の夕日」が届いた
最近、映画館にあまり足を運ばないので、もっぱらビデオ鑑賞だ!

最初の「三丁目の夕日」で「鈴木オート」を見た時は正直ジンときた。
まぁ僕の創業より10年も前の話だから、細かくは違うのだけれど!

道路とか、三輪車のミゼットとか、走っているクルマを見ていると、
懐かしいを通り越して、映画ではなく、現実になってしまう!

映画にのめり込むと云うより、入り込んでしまう、そして一瞬にして
その時代にタイムスリップしてしまうのだ!

この映画を観て、即座に現代と大きな違いを感じるのは、人に対する
情の部分だろう!

生活空間も環境も交通も所得も病さえも、ほとんど全てが変化したが、
何より大きく変わったものと言えば、やはり人の心だろう!

人や自然に対しての優しさや、慈しみの心を持つ人が、余りにも少なく
なったと思う。

僕の若い頃の映画でも、時代劇にしろ、現代劇にしろ、共通して底辺に
流れていたものは、男は義理人情、女は優しさや慈悲の心だったと思う。

その頃人気のあった時代劇などは、必ず正義の味方の主人公が出てきて、
悪役をやっつけると云うのが大方のストーリーだったが・・・今は違う。

確かに複雑な日本の映画やドラマと比べれば、単純極まりないと思うが、
それでも今だにアメリカ映画を観て、その頃に浸れるのはなぜだろう?

どこかに「三丁目の夕日」と共通するものを感じてしまうのだが。
それは現在もアメリカには正義感があると云うことなのだろう!

それにしても、たった50年で人の心がここまで変わってしまうものかと、
つくづく悲しくなってしまう。

僕だって名前が「義一」だから、義理一筋に生きようと若い頃は真剣に
思ったものだが、こんな言葉はもはや小説の中の言葉でしかないのかも!

たった50年なのに・・・・・されど50年か!

そんなことを考えていたら、隣の中国なんかもっと早いスピードで変化
していることに気がつき唖然としてしまった。

人間は欲望を駆り立てる目標があれば、何処までもその目標に向かって
突進する生き物なのだろう!

しかしその欲望のために大事なものが失われていく・・・・代償として!

ところで、この「続・三丁目の夕日」は昭和34年の設定になっている。
と云う事は、僕が14歳で原付自転車の免許を取った年でもある!

その頃、難関だった公立高校に受かれば単車を買ってやると叔母が云う。
勉強などしたこともない僕が、単車欲しさに猛勉強!

見事、授業料が桁違いに安い公立高校に仲間でただひとり合格した。

傘の内職屋をしていた叔母が自転車で納品するのを、買って貰った単車で
手伝うのが条件だったが!

それはもう、嬉しくて、うれしくて、それまでモノを買って貰ったこと等
なかったから、いまだにそのときのことは鮮明に憶えている。

でもこの経験は大きく役に立った、頑張れば欲しいものが手に入ることを
叔母は教えてくれたと思う!

その頃、僕は単車に夢中で、免許を取ってすぐに仲間の小島君に勧められ、
JAFに競技申請をして会員証をもらった。

始めて手に入れる大きな宝物が単車だ!・・(当時はバイクとは言わない)

その頃は特にホンダ・スーパーカブの人気が凄く、仲間は全員カブだった。

当然、僕もスーパーカブと決めていたのだが、近所の「鈴木オート?」に
聞くと人気車種だから2か月待ちだと云う。

僕としては、ひと月でも待ち切れないのに、2ヵ月も、とても待てない!

「鈴木オート!」に即納できる車種を聞くと、オートバイのカタチをした
”山口・オートペット”なる単車があると云う!

スーパーカブとの決定的な違いは、カブの4サイクルに対し2サイクルで、
スーパーカブより相当性能が悪いのだが、返ってこれがいい思い出となる。

納車された日、一睡もせず、一晩中眺めていたのを思い出す。
そしてこのオートペットをカッコ良くレーサー風に改造しようと決めた!

このときは未だモトクロスには興味がなく、ホンダのマン島TTレースの
活躍が、今のF1の如く報道されていた頃だから、やっぱりレーサー風!

こうして、僕のクルマ人生の入口が、単車によって開かれて行く・・・続。

| | コメント (3)

2008年5月17日 (土)

クルマお宝話(52)自動車保有 初の減少!

     

昨日の日経新聞の1面に「自動車保有、初の減少」と見出しが
出ていた。

いよいよ来る時が来たかと、思わずこの見出しに引き込まれて
読んで見た、予想通りの内容だったが、何故か考えさせられる。

新車の販売台数は、20年ほど前をピークに年々減少している
ことは知っていたが、保有台数はまだまだ増えていると思って
いたから余計だ。

でも冷静に考えれば、少子化による若者層の減少や、電車など
の交通網が充分に発達している都市部に人口が集中している
ことが原因なのは、至極当たり前のことだが・・・

今回は、それにガソリンの長期的な高騰が拍車をかけている!

新聞には触れていないが、価値観の多様化による若者の車離れ
は、将来的にもっと深刻に影響するだろうと僕は思う。

宮崎旅行のお宝話(50)の折にも触れたが、レンタカーで
200キロほど走った印象だが、趣味性の高い車を殆ど見かけ
ることが出来なかったことだ!

室内が広くて、楽で、人が大勢乗れる車ばかりが目についた!
そこに乗っている子供が将来、車に興味を持つのだろうか?

その未来の大人が、もし便利な都市部にでも住むことになれば、
殆ど車など選ばなくなるのだろう!

だから日経の1面にデカデカと「自動車保有、初の減少」など
と書かれれば、歴史の変わり目に遭遇したような気になる。

何かにつけ中国に追いつかれ、逆に日本が衰退していく絵空は
嫌ほど知っていても、こうして現実に目にするとむなしい!

どんなことでも栄枯盛衰があるのは、当たり前のことだが、
米,英,独,仏では2006年まで保有台数が増え続けていると
書いてあるから、先進国では始めての減少なのだろう。

心中さみしいと思う気持ちもあるが、自分はいい時代に生まれ
たと思う気持ちの方が正直強いのは何故なのだろう?

やはり、好きなクルマと過ごした半生が素晴らしかったという
ことに尽きる!

僕が生まれた頃は牛や馬が運搬の主流で、自動車はまだ木炭車が
走っていたのだそうだ。

成功者だった父親の屋敷のすぐ側を、日本で最初のチンチン電車
が走り、そのチンチン電車を金太郎姿の僕が、おチンチンをほり
出して、両手を広げてよく停めていたそうだ!

僕が幼い頃は、それ位のんびりとした時代で、早い乗り物など
飛行機の他にはなかった。

だから小学校の時でさえ、まだ殆どの道路は地道で牛や馬の糞が
道の真ん中に堂々と散乱していたのを憶えている!

それから10年も経たないうちに、自動車のような早い乗り物に
出会ったのだから、至極当たり前に心を奪われたのだろう!

もし最初に飛行機に出会っていたら、間違いなく虜になっていた
だろうと思うが、京都にはいまだに飛行場がないのだから・・・

今の若者のように、バーチャルの世界で熱くなれない時代だから
実物にしか興味がなかった。

だから世代的にも、スピードに憧れる現実派なのかもしれない。

それにしても自動車先進国で、自動車産業が、国内の主軸産業と
なっているこの国が自動車離れの危機に直面しているとは・・・

堅いことを云うようでなんだが、少子化にしろ、金融にしろ、
政治にしろ、税金にしろ、どうして後手後手になるのだろう!

ダメな方の先進国としては世界一だろう。

僕が思春期に目覚めたのは、女性ではなくクルマだったと良く冗談を
云うが、これからは意味不明、理解不能の言葉になるのだろうな~!

| | コメント (3)

2008年5月14日 (水)

クルマお宝話(51)気になる2台のスモールカー

最近、特に気になるチューニング・スモール・カーが2台ある。
それは、フィアット500アバルトとミニクパーSクラブマン!

この2台が羨ましくも、そのお洒落な感じがなんとも僕好みだ。

アバルトもクーパーも今やハウス・チューナーとしてはメジャー
な存在で、最近は世界中でこの手法が復活している。

アメリカでは、ご存じシェルビーがフォードで復活、僕の好きな
アルピーヌも近々ルノーから再デビューの噂がある!

もしアルピーヌ・ブランドが復活すれば、僕が昔から好きだった
スモール・チューニングカーのトリオが揃う!

アバルトやクーパーが復活したことで、自分がやって来たことの
答が出たような気がする。

これが僕の思う理想的な形だったのかな~と!

実を云うと、僕が憧れていたクルマ造りは、アバルト社のような
いくつかの形態を持つことを理想としていた。

自動車メーカーと深いつながりを持ち、協力し合う形で・・・

ひとつは、フィアット500や600をベースに695SSや、
1000TCといったチューニングカーに作り替える作業。

もうひとつは、同じくフィアット600のシャシーを使って、
750ザガートクーペのように全く違う魅力的なスポーツカーに
仕立て上げる事。

さらにフィアット850のシャシーを使って、OT1300の
ような本物のレーシングカーを造ることなど!

このように大きく分けても、チューニングカー・オリジナルカー・
レーシングカーと多彩で、3部門から成り立っていた。

デザイナーも定番はザガートだが、他にもピニンファリーナなど、
その頃のヨーロッパならではのトップ・ブランドが名を連ねていた。

この辺りは、自動車の歴史が浅い日本では考えられないことだが!

この他にもポルシェ356のシャシーをベースに、総アルミボディ
により130㎏も軽量化したカレラ・アバルトは余りにも有名だ!

レース活動も盛んで、カレラ・アバルトでタルガフローリオを始め、
数々のメジャーなレースでクラス・チャンピオンになっている!

レーサーも、若き頃のポールフレール氏や、あのグラハムヒルなど
大御所がこぞってアバルトでクラス優勝を勝ち取っている。

オーナーのカルロ・アバルトはポルシェ家に縁の深い人らしいが、
なんとも羨ましい経歴を残している!

そんなことで、若いころから漠然とアバルトのようなメーカーに
なりたいと思っていたし、アルピーヌのようにもなりたいと思って
いた。

だから僕も多くのチューニングカーとオリジナル・スポーツカーを
造ったまでは良かったが、なにせ事実上、日産自動車がルノーに
買収されたことが響いた!

日産自動車に永年築いてきた実績や、契約は一瞬にして無くなった
のだから!

それと僕のいつもの悪い癖だが、日本の土壌では早すぎたと思う!

特殊車扱いではなくAMGのようにもっと一般的に理解できるには、
日本の国として考えれば、まだまだ機は熟していなかったのだろう!

でもアバルトにしろアルピーヌにしろ、今日まで永く眠っていたが、
世の中の求める変化によって、ふたたび復活ということになったの
だから・・・!

歴史に名を刻むメーカーでも、日の当たるときもあれば、陰の時も
ある、だから僕もまだまだ諦めずに駒を進めていきたいと思っている。

前置きがほとんどになってしまったが、近々発売されるフィアット
500のアバルトには是非とも乗ってみたい!

日本では発売されていないフィアット500の100HP、マニアル
ミッション車に先日触れたが、なかなかいい感触のクルマだった。

それとミニクーパーSクラブマンは、久々に僕のハートを揺さぶった
クルマで、懐かしさやキュートさが入り混じって普通のミニとは比較
にならないほど大人びている!

この2台とも、特にインテリアに「力」を入れているのがうれしい!

日本車の遅れは、このインテリアだろう!

新しいGTRしかり、ホンダS2000しかり、ニューインプレッサ
もランエボも、みんなインテリアは置き去りにされている気がする!

質感を出すのがやっとで、とても魅力的で個性的なインテリアまでは
考えが及ばないのだろうか?

でもミニやフィアットの価格帯の車でさえ可能にしているのだから、
言い訳はできないだろう!

| | コメント (3)

2008年5月10日 (土)

クルマお宝話(50)日本のクルマ文化に一石を!

      

この連休は、あの宮崎のシーガイアに慰安旅行に行ってましたよ!
ゴルフもしないメンバー達と、ゴルフ場に面したあのシェラトンに。

その僕もゴルフをやめて早や7年、だから苦にはならないけどね!

部屋の窓から、真下に見えるゴルフ場でプレイを楽しんでる人達を
眺めていたら、懐かしいことなど色々思い出してしまった。

随分と昔、tomitaautoの頃に、この宮崎へ社員旅行で来た事がある!

そう言えば、一度でいいから飛行機に乗りたいと言うメカニックの
要望を叶えて宮崎にしたのを思い出した!

このときの写真があるが、恥ずかしくて見せられないよ~!

だって僕が顔の倍ほどもあるサングラスを掛けてふざけている写真
なんだから!

この写真を見ていたら、この頃は屈託なく好きなクルマに囲まれて、
毎日が楽しく、充実していたな~と思う。

それに大きな夢もあったしね!

10年ほど前にもテレビで観たダンロップ・フェニクス・オープン
と同じコースを経験したくて、友人達と来た事もあるな~と!

だけど今回はゴルフとは一切関係のない旅行だから、是非とも車が
欲しい。

観光はしたくないが、色々動き回るにはクルマが絶対必要なのだ!

だから、レンタカーを借りることにした。

どうせ僕が運転するのだから、高のぞみはしないが、せめて多少は
興味のあるクルマにしたいと・・・・・ところが!

5人乗りが必要だからとトヨタ系のレンタカーに問い合わせても、
クラウンやセルシオなどは全くないと言う。

5人乗り以上は、例の腰の高いSUVかワンボックス車が主流だ!

僕はこの手の乗り物が全く苦手で、ほとんど運転したことがない。

だってゼロ・クラウンでさえ、運転したことがないのだから!

だからこの機会にCGの塚原編集長と、CG・TVの田辺さんが
BSテレビのCMで偉く新型クラウンをほめていたから、是非とも
新型・クラウンに乗ってみようと思っていたのに!

だから僕は意地になってネットで探し出し、日本レンタカーにある
クラウンを借り出したのだが、残念ながら新型ではなかった!

でも、借り出したこのゼロ・クラウンのデザインを、メルセデスの
Eシリーズより、もともと気に入っていたから十分に満足だ!

実は20年以上前の話になるが、トムスの舘君と同じ仕様のクラウン
を新車で買って、2年ほど乗ったことがある!

アメ車に凝っていた頃で、コラムシフトにベンチシートの何の変哲
もない、やたらとイージーなシボレー・シェビーⅡが大好きだった!

そんな時、サーキットに生沢徹ちゃんがベンチシートのクラウンに
乗って来たのを見て、なんかやたらとカッコ良く見えてしまった。

だから僕もコラムシフトのベンチシート仕様にした思い出がある!
クラウンを運転するのは、多分そのとき以来だと思う。

ところが、このクラウンに乗ってみてビックリした!

20数年の時を経ても、そのときのフィーリングと言うか、
感触と言うか、いまだにまったく変わっていないことに驚いた!

無論、すべてが良い方向に変化しているのは事実だが、ここまでCI
を守るトヨタのこだわりに感動した!

これはある種、メルセデス的、トヨタ的、ジャガー的という世界に
通用するブランドCIの確立と言えるだろう!

だからトヨタは、トヨタらしさを求める顧客をドンドン世界に広げて
トップに躍り出たのだろう!

このトヨタ独特の乗り味の極めつけは、何といってもレクサスだろう!

それにしても、この連休中に200㎞ほど走り回って考え込んだ。
ほとんど9割がミニバンもしくはSUVかワゴンなのだ!

その上、たまにセダンに出会っても、かなり古いモデルなのだから、
時間の問題でミニバンに買い替えるのだろう事が予測できる。

勿論、宮崎という土地柄もあるのだろう事は承知しているが!

それでも世界一、オートマチック車が日本を占拠しているクルマ事情と
相まって、当面はこの手のクルマが増え続けるのだろう・・・残念だが!

救いは、東京や大阪の都心部では、まだまだ魅力的なセダンが幅を利か
せていることだろう!

クルマが大好きな僕としては、一生をかけても、ここに一石を投じたい!

| | コメント (6)

2008年5月 7日 (水)

クルマお宝話(49)お疲れさん、亜久里!

      

連休中は慰安旅行に出かけていたが、ずっと気になることがあった。
以前から気にしていた、スーパーアグリ・チームの今後の動向だ!

丁度、旅の最終日に記者会見が行われるとの情報を携帯でキャッチ!
携帯で確かめながら帰宅、その夜に最終決定の様子をテレビで見た。

なんとも残念でならないが・・・・・!
・・・・・お疲れさんとだけ言いたい!

テレビの記者会見で、久し振りに亜久里の顔を見たが、頻繁に会って
いた5年ほど前までの顔とは、随分と違う。・・・・・大人の顔だ!

良い意味の子供らしさがない、だけど歳のせいでは断じてない!

亜久里独特の人を和ませる、童の顔がもはや、なくなっている。

僕には痛いほどよく分かる気がする!

こと切れた無念さと、やれるだけやった潔さと、この苦しみから解き
放たれる開放感が入り混じっている。

彼がFI参戦を発表した2年半ほど前、僕は本当に自分のことのよう
に嬉しかったものだ。

夢に掛ける「男のロマン」が、「事」の大小はともかく、
僕としては手に取るように分かるから嬉しかったのだろう!

彼がオレンジ色のトヨタ・トムス・セリカCでルマンに初挑戦した時、
初めて彼に出会った。

そのルマンのホテルで部屋が同室となり、色々話したと思うが詳しい
ことは忘れた。

その頃は、まだ未熟だが「夢多き」若物だったように記憶している!
あれから26年、その間レース場以外でも結構遊んだが、縁もあった。

ZZ発表の頃、最初にメッセージをくれたのが、童夢の林君と亜久里、

0507

京都のサーキット構築の時も協力し合ったし、スポーツカー研究所の
設立時も2人で社外役員を引き受けた。

ガライアの記者発表会の時も、揃いのコスチュームで並んで立った!

将来、トミーカイラZZⅡでルマンに出るときは、ARTAレーシング
チームから総監督・鈴木亜久里で行こうなんて夢も一緒に描いてくれた!

もてぎサーキットでのARTA感謝デーの時、トミーカイラRZやZZ
に乗って「この日本車を誇りに思いますよ」と本当に嬉しくなるような
コメントをくれたりもした。

そんな彼が、FIに打って出るって聞いた時は本当にビックリしたけど
同時に、凄いな~と素直に尊敬した!

それから2年半の時を経て、今回の撤退会見になってしまった!

新聞には「夢破れ、後には徒労感と巨額の負債だけが残った」と!

こんな文章を見ていたら、この記事を書いた人が本当に可哀そうになる。
夢やチャレンジに興味がないと言ってしまえば、それまでだが!

同じ人として生まれながら、このチャレンジ精神が理解できないのだろう!
ましてや、現実にF1にチャレンジできる人など世界に一握りしかいない。

まぁ、そんなF1に僕の友人は何人もチャレンジしているから凄いのだが!

コジマ007の小島君、無限の博ちやん、童夢の林君もF1まで造って
しまったが、これはスポンサーの問題で断念!

余談だが、この童夢のF1に座ったことがあるが、異次元のこの乗り物の
精巧さと美しさが特に印象に残っている!

だけど今やFIは大メーカー同士の戦いだから、お金の桁が1ケタ違う!

負債総額100億と書いてあったが仕方無いだろう!

彼自身も「振り返ると、この2年半お金探しばかりしてちょっと疲れた」と!
僕もそうだったけど、資金調達が全てだと思う!

だってF1なんか全く知らないメーカーでも、資金次第で数年もすれば強く
なれるのだから!

だから、スーパーアグリ・チームはホントに思いきったことをしたんだよ!
だからみんなが応援したし、夢を感じたんだよね!・・・きっと。

自慢にはならないけど、この負債額は僕のときの10倍弱!

本当に大きいお金だが、一人だけが見た夢ではない!
参加した人、応援した人、みんなが夢を見たのではないだろうか?

僕は思う!・・・・・時間が経てばチャレンジしたことの喜びがきっと
           彼にも戻ってくると!

僕もまだ、果たせていない夢に向かって走っている途中だから!

| | コメント (3)

2008年5月 2日 (金)

クルマお宝話(48)クルマとブテックの関係

    

僕はここ6年程、大阪の心斎橋が行動の拠点となっていて、
すぐ横を銀杏並木で有名な御堂筋通りが南北にまっすぐに
伸びている。

東京なら、さしずめ表参道と言ったところか!

ただ道路の広さは圧巻で、なんと6車線の一方通行の中に
銀杏並木の分離帯が左右に2本も通っている。

この広い一方通行の信号が、遙か彼方まで一斉にグリ-ン
に変わる様は見事の一言!

この一方通行の道路と信号に関しては大阪は凄いと思う。

この地域が一番お洒落な街並みで、ルイ・ヴィトン、エルメス、
シャネル、カルチェ、アルマーニ、等々、殆どのブランドが
軒を連ねるからブランド通りとも呼ばれている。

このブランド・ビルの前に止まるクルマを見ていると面白い!

宝石のハリー・ウインストンとエルメスが同時にビルを完成
させたのだが、この前に停まるクルマが特に凄い!

まずベントレー、アストンマーチン、マセラッティなどが、
圧倒的に多いのだが、ランボルギーニやフェラーリ、それに
ポルシェターボもたまには停まっている。

この車種構成を、何故だろうと考えると結構、楽しめる!

まず、俗に言う本当のお金持ちは、やはり値段の張る超一流
のブランドを身に着けるということか!

アルマーニとルイ・ヴィトンの前には、この手のクルマが以外
と少ないのが面白い!

それじゃー、クルマ好きが乗るAMGやポルシェ等のクルマ
は一体、何処に行くのかな~?

そんなことを考えて見ていると、面白いことが分かった!

この辺りはやたらとAMGやロリンザーやポルシェが走って
いるが、余り店の前には止まらない!

と言うことは、クルマ好きは余りファッションに興味が薄い
のかもしれない。

僕の居るビルの1階にイタリアのフェリージのブティックがあり
いつも年代物の可愛いレーシングカーを順ぐり展示している。

この店の売りは、欧州のミッレミリア・レースのイメージを
特徴としていて、クルマ好きが集まるところが面白い!

この店の前に停まるのは、かなり好き者が好んで乗るクルマが
多く、僕の知る限り一番クルマと縁のあるブティックだと思う!

ベントレー・アルナージ、モーガン、ジャガーXK150、
ジャガーEタイプ、昔のアルファロメオ、古いアルピナ、
966ポルシェ、フィアット500、トッポリーノ、
結構、クラシックな感じのクルマが多いから見てても楽しい!

勿論、新しいクルマも結構多いが、すべてファッションと結び
つくクルマ達だから、この店のハートを理解しているのだろう!

そう言えば僕も、お気に入りのクルマで行く店があるのだが、
残念ながら、エルメスでもアルマーニでもない!

クルマの真横で食べられる、オープンテラスのスペイン料理屋だ!

| | コメント (2)

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »