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2008年3月 1日 (土)

クルマお宝話(31)NAVI・突然の取材!

  

先週このブログのコメントに、突然、取材の依頼が飛び込んできた!

NAVI編集部のH氏が、あるテーマの為に僕の名前を検索していたら、
このお宝話に行きつき、思い出ばなしに花を咲かせている僕のブログを
知ったという訳だ!

丁度レース話が続いたのでボチボチ方向転換しなければと思っていた!

最近の東京で代官山を中心としたフランス文化が静かなブームになって
いるらしい・・・だから古き良き時代のフランス車の話なら・・・と!

それが編集会議のテーマだという。
関西に居るとそんなことはいっこうに知らないし情報もないが!

それから数日後・・・もう既に大阪で取材を済ませてしまった。

それにしても、もしお宝話を書いていなければ面識のない編集部のH氏
とは接点がないことになる。

白状してしまうが、このブログはまだ5ヵ月ほどしか経っていないが、
僕のパソコン歴も実は似たようなもので、まだ半年しか経っていない!

携帯電話のメール一本槍で、結構まめに当初から使っていたのだが、
パソコンは覗くぐらいで必要性をまったく感じなかった。

そんな時、「ライフチューナー」の僕に専用のパソコンが届いた!

何気なく一か月ほどキーボードを叩く練習をしていたら、何かを書きたく
なったというのが真相で・・・クルマお宝話がシリーズに!

もともと未体験だから変なクセなく、基本通りに少しずつペースを上げ!

得意の探究心で「ここは」「これは」「何で?」と・・・
ひつこく周りの人に聞いている内に、まったくの素人だった僕が、
今では自分ですべてをこなしていること事態不思議なことだ!

さて取材の話に戻る、僕は丁度5年ほどクルマから遠のいていたから
自動車関係の取材は久々ということになる。

これもクルマお宝話を書き始めたから縁が出来たのであって、いま思うと
パソコンが僕の所に届いたときから、再びクルマ人生が始まっていると!

これは必然だと考える・・・・・こう言う考え方が僕は好きなのだが!

NAVI編集部のH氏との連絡は息子の大二郎に依頼した。
だから僕の所にはH氏と大二郎が東京から、カメラマンも一緒に到着!

NAVI誌、息子、周知のカメラマン、すべてが5年前に戻った感じで、
ほんとに楽しい一日を過ごすことができた。・・・NAVI3月26日発売

H氏はスーパーカー世代で、当り前のことだがその頃のクルマに詳しい。
彼は「夢工場」時代より「トミタオート」の方が思い入れがあるという!

アルピーヌA110、シムカらりー3、カロツェリア・イタリアーナなど
の資料は万全で、これらはすべて僕が昔に輸入して取材を受けたクルマの
資料で、僕自身も久し振りに目を楽しませてもらった!

それにしてもこの頃のフランス車には夢とロマンを感じるし、その底辺に
熱い挑戦の「力」をも感じ取ることができる!

アルピーヌA110は1971、72、73年頃のWRCモンテカルロで
総合優勝を含め無敵の活躍!

1987年のルマンでは「アルピーヌA442」が総合優勝!
そして「羊の皮を被った狼」シムカラリー3も小排気量で人気があったし
WRCでも大活躍した。

高級セダンにおいても、センセーショナルな出来事として取り上げられた、
ご存じシトロエンDSシリーズが世界に与えた衝撃は計り知れない!

僕としては、最近、久々にシトロエンがC6を発表したのでほっとしたが、
昔のあの素晴らしいシトロエンは一体どこへ行ったのかと心配していた!

たった今!・・・とんでもなく恥ずかしいことを思い出した!

随分と前のことだけど・・・たぶん前回のルマンのお宝話の頃だと思うが
僕が東京にいるとき、トムスの舘君が世界的に有名なラリードライバーと
一緒に食事をしようと言う!

まだ若かった僕はおもしろい話がきければと喜んでついて行った。
しかし、その頃の僕はあまりラリーのことには詳しくはなかった!

・・・・・・・・これがいけない!

例の如く、食事の前の紹介で舘君が、有名なドライバーに僕のことを紹介
し、いよいよ、世界的に有名なラリー・ドライバー氏を紹介・・・

この人が「オべ・アンダーソン」さんだよって紹介してくれた!
当然、舘君は僕が大のクルマ好きだから知っているものと思っている!

ところが間抜けな僕は、まったく知らなかった!・・・
と言うより、せめて知ってる振りでもすれば良かったのに!

「知ってるだろう」って、舘君が!・・・・ん、ん、ん!
「ほら、トヨタのCMで崖っぷちをクルマがすっとんで行くやつ」・・・!

やっと僕が!・・・ああ、、、知ってる、知ってる!
舘君がほっとして「モンテカルロで優勝した人や!」・・・って!

僕はここではじめて気がついた・・・アルピーヌの・・・って聞いたら!
分かったらしくアンダーソンさんが笑ってくれた!・・・よかった~~!

このときの僕の気持はいまでも憶えているけど、ほんとに恥ずかしいやら
申し訳ないやら・・・だってその頃の僕にとってWRCでアルピーヌ使い
のオベ・アンダーソンは神様なのに・・・まさか眼も前にいるなんて・・!

このときの僕はWRCではこの人しか知らなかったんだ!

ご存じのように「トヨタFI」の親分がオベ・アンダーソンなのだから!

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コメント

 トヨタのCMとはKP61のCMのことでしょうか?私の記憶も曖昧なんですが、あのCMは鮮烈に覚えています。自分自身KP61に乗っていたこともあるからなんでしょうが・・・。

投稿: tkVOXY | 2008年3月 3日 (月) 12時32分

僕もはっきりとは覚えがないのですが、あの頃トヨタのラリーカーはセリカだったと思うけど?!
あの崖っぷちのCMは最高ですよね~!

投稿: 富田義一 | 2008年3月 3日 (月) 12時41分

オベ・アンダーソン、懐かしいですね!
1980年代初頭、<トヨタ1300スターレット>のCMで欧州のダートを激しくコーナリングして「走り、較べたし!」と謳うあのCM。
小生も嫌というほど目にしました!
実際、当時の我が国のダートラには1300cc以下の常連中の常連だった同車、その敏捷な運動性能で財布の軽い若者に運転の楽しみと「俺のクルマは小型で安価だけど機動性では決して弱者じゃないんだ!」と大きな自信を与えた、その功績は讃えられるものではないでしょうか。
そんなKP61スターレット(後輪駆動)の末裔である我が愛車ヴィッツ1300U-Lを走らせる時の胸の高鳴りと緊張感―これはとっておきの獲物に向けてライフルのトリガーを引く時のあの殺気にも相通じるものがあると感じられてなりません。

投稿: 真鍋清 | 2012年12月18日 (火) 23時35分

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