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2008年2月13日 (水)

 クルマお宝話(26)F1のスポンサーとロールスロイス

 

これから数回はレースにまつわる面白話をいくつか紹介しよう。

僕は一度だけだが本当にF1のスポンサーをしたことがある!

それは32年前に遡る1976年、F1選手権INジャパンでのことだ!

こう書くと勘のいい人は、あっ、KE007の・・・と思われるだろう!
ましてや、お宝話を最初から読んでいる人ならKEオーナーの小島君とは
仲良しの同級性だということも良くご存じの筈だし。

でも残念ながらそんな大それたことではなくもっと、もっと小さい話だ!

F1・KE007のことは、昨年トヨタのサーキットとして
久々に富士で開催された日本グランプリで、
30年前のF1の思い出としてかなり紹介された。

だからよくご存じだとは思うのだが、
実はもう一台、国産のFIが参加していたのをご存じだろうか?

このF1マシンのことを知っている人は余程のレース通だろう!

マキF101と言い、74年にほとんど無名の若者たちが造ったF1で、
なんとロンドンでセンセーショナルな発表をし注目されたモデルだ。

日本人初のF1マシンとして、その頃のレース通は期待したものだが、
74年は確かイギリスGP、ドイツGPの2戦にチャレンジし、
翌75年にもヨーロッパ・ラウンドにチャレンジしたが、
残念ながら一度も予選を通過できなかった。

という訳で本戦に一度も出られない状態が続いての、富士という事だ!

余談だが、75年のマキF1のドライバーはトミーカイラ・ZZを造って
いたイギリス工場のトミタオートUKの社長だった鮒子田寛氏で当時は
トップレーサーだった。

話を戻そう!
そのマキF101のデザイナーのM君から、F1選手権INジャパンの
開催される数日前に電話が掛った!

聞けば資金難で、予選を走るガソリン代にも困っているという。
10万でも20万円でもいいからと・・・・・!

ちょうど僕も東京に、憧れのクルマを取りに行くことにしていたので、
富士スピードウエイなら帰りに寄れる。

それもスポンサー用のパドックパスを出してくれるというので
喜んで了解した!

それにF1のガソリンのスポンサーとして生まれて初めてF1を間近に
見れるという嘘のようなホントの話だ!

その上楽しみにしていたロールスロイスのコンバーティブルに乗って
F1を見に行けるなんて!

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予選の前日に東京でロールスロイスを受取り、翌朝早くに富士に向かって
出発した。

憧れのロールスのコンバチで都内を走っていてふと気がついた!
いつもの、あまりお行儀の良くない運転が影をひそめて、
ユッタリと落ち着いて運転している自分に気がつき可笑しくなった。

02132

話には聞いていたが、本当にロールスロイスは人間を変えるのだ!
いつもなら、我先にと争うように突っ走るのに不思議なほど紳士的に、
「どうぞお先に!」みたいな気持ちになている。

そんな訳かどうかは知らないが、タップリ時間が掛ってしまった。

まぁ日本で初めてのF1開催だから混むのは仕方ないかと思いつつ
サーキットにたどり着いたら、パドックパスを受け取る時間を大幅に
過ぎていたから約束の場所に待ち人がいない!

どうしたものかとクルマを止めて思案をしていたら、
なんとフェラーリチームのウエアーを着た人がすごく丁重に、
「あそこに止めてください」と!
フェラ-リやロールスが止まっているフェラーリチームのパドックの
近くのひときは目立つ駐車場に案内してくれた。

まぁ僕もその日は一応スポンサーみたいなモノだし、正直に案内して
くれた人に事情を話したら「結構です、どーぞ、どーぞ」と!

聞けば総代理店としてコーンズがフェラーリやロールスの顧客サービスの
ために行っているのだという!

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だから僕はロールスのユーザーだから「どーぞ、ど-ぞ」」という訳だ。

ロールスを買ってまだ2日目なのに凄い威力、さすがロールスだ!

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厚かましくも勧められるままにフェラーリチームのパドックに案内され、
すぐ目の前のピットレーンを走る音の凄さにド肝をぬかれた!

このとき一番印象に残っているのは「リジエ」で確か12気筒だと記憶
しているが、そのエクゾーストの素晴らしさに痺れたのを憶えている。

そんなことで無事パドックにたどり着いたのだが、寄り道のせいだろう、
時すでに遅く、既にマキF101はリタイアしていた!
それもスタンド前のストレートで止まってしまったから成すすべはない。

もうひとつ大きな出来事が起きていた!

そう!・・・あの伝説の小島君のKE007がすでにクラッシュしていて、
パドックだったのか近藤ガレ-ジだったのか記憶が薄いのだが、
必死の回復作業をしていたのを見舞に行った!

ピリピリした雰囲気の中だが小島君が腕を組んで作業を見守っていたので
一言だけ声をかけたが、不機嫌そうな声で「うん」とだけ言った!
それはそうだろう、もしクラッシュしてなければ凄い快挙だったろうに!

解良君は必至に仕事に取り組んでいたので声をかけずに手で合図だけした。

のちに小島君にこの話をしたら「それがレースや!」って・・・スゴイ!

そんなことで僕のF1観戦は色々思い出を作ってくれた。

こうして30年経っても色褪せないだけの思い出を!

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コメント

いつも、更新を楽しみにしています。
やっとF1のところに来ました!
KE007のお話かと思いきや、なんとリジェが出てくるとは!
文献やビデオの中でしか知りませんが '76 '77 のF1は面白いですね。
リジェJS07はマトラV12で、ブラバムのアルファフラット12、フェラーリのフラット12の3機の12気筒が出てた時代
でエンジンが豊富でしたね。特にマトラのエンジン音は
他のエンジンより甲高い音だったと記憶しています。
現場で聞けば、かなり印象深いでしょうね。

今後も楽しみしています、どんどん更新してください!

投稿: 名古屋のタケウチ | 2008年2月13日 (水) 21時12分

 ありましたね、マキF-1。私はあの年のF-1GP in JAPANでF-1というものを初めて見ました。もちろんテレビ観戦でしたけど。

 やっぱり70年代、80年代頃のF-1が一番面白かったと思います。

投稿: tkVOXY | 2008年2月14日 (木) 12時19分

お二人さん、コメントありがとう!
僕もあの頃は正直あまり詳しくなかったですよ。
友人がF1をやりだしたから急に興味を持ってね~!
でも本物を見たら完璧に虜になりましたよ。
ほとんど病みつきに!・・・ホントあの12気筒の音は!
そうですね、70~80年代はF1にしろルマンにしろ
もっと自由だったしね!
今の時代は金次第みたいな所があるから、大企業しかできないよね!
むかしはルマンもF1ももっとプライベートが活躍できる場
があったような気がするけど!

投稿: 富田義一 | 2008年2月14日 (木) 16時46分

たまたまKE007のモデルカーがあるかと探していたら、こちらに着きました。伝説のマキF1、鮒子田氏でもトニートリマーでもなく、無名の(偽名の)日本人が乗るはずだったとオートスポーツで読んだことがあります。
今発売中のR'onはKEに乗った長谷見氏の特集ですね。叔父が氏の隣に住んでいるので応援していましたが、あの時クラッシュしていなかったらと思うと。

投稿: Powertour | 2008年2月19日 (火) 01時30分

そのマシーンは知りませんでしたし、名レーサー鮒子田寛氏がトミーカイラに絡んでいらしたとは初めてしりました。
ちなみに富士スピードウェイリニューアルは私がスタンド他建築工事を担当いたしました。

投稿: 髙野 勉 | 2013年3月21日 (木) 21時41分

高野さん、続けてコメントを読ませてもらいました!
いや~、カタログにしろ、エンブレムにしろ、ホントにせこくて穴があったら入りたいくらいですが、モノ造りを始めてからはトミーカイラも、このマキF1と同じで資金難でしたね~・・・
でもお金が掛ってもやりたいことをやる若さがありました。だから、その頃の友人も皆同じ感じだったのでしょう!

投稿: 富田 | 2013年3月28日 (木) 14時58分

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