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2008年1月11日 (金)

クルマお宝話(17)ランボルギーニ・イオタが燃えた!

  

30年ほども昔々の話!

あのランボルギーニ・イオタ(お宝話14,15の写真)に、

まだ幼い息子を乗せて、京都の紅葉で有名な高尾に紅葉狩りに出かけた。

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紅葉のシーズンだからかなり道は混んでいたけど、

今のように渋滞とか停滞などの心配がない時代だからイオタで紅葉狩りに

行こうなどと言った選択肢もあったのだと思う!

当時のテレビでスーパーカー・クイズらしき番組があって、

幼い息子がロクに言葉も話せないのに、片言でズバズバ当てるほどの

大のクルマ好き!

親バカも手伝って“ランボルギーニ・イオタ”を引っ張りだしたと言う訳!

きれいに舗装された高尾の山を、前が空いたときだけだがセカンドギアで、

“ガァウォー、ガァウォー”とライオンの雄叫びを挙げながら登っていた!

そんなとき、ルームミラーから見えるいつもの景色に“火”が写った。

「原型となるランボルギーニ・ミウラはミドシップに積んだエンジンが、

ルームミラーを通して見えるのがウリで、後ろの景色などはデザイン

重視のルーバーのすき間から多少見える程度である。

そのミウラのレース仕様のレプリカとしてイオタ(jota)は造られた。

外観も多少変更されているが、エンジンルームではキャブレターの上の

エアー・クリーナーがとり省かれて、筒状のエアーファンネルが奇麗に

12本、6本ずつ並列に連なっている。」

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そのエアーファンネルとキャブレターの付け根からチョロ、チョロと

小さいが“火”が出ている!

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僕が座っているシートの真後ろで、50cm程しか離れていない。

もちろん室内とエンジンルームの間に分厚い仕切りはあるが、

とても対岸の火どころではなく、むしろカチカチ山の狸の心境だ。

一瞬“ヒヤッ”としたが、とっさに僕は子供に分からぬように、

何食わぬ顔で道路の脇にイオタを止めて、50mほど後方にあった

茶店に息子を避難させた。

ゆっくりと巨大なリアーカウルを開けたつもりだったが、

大量に下から吸った空気が一瞬にして火を大きくしてしまった。

とっさに着ていたお気に入りの茶色いコートを脱いで火に叩きつけた!

一心不乱に何回も何回もコートを叩きつけてようやく火が小さくなった頃、

右横から「この消火器で!」と大きな声がした。

無我夢中だったのだろう!

気が着けば反対車線は大渋滞!・・その先頭の観光バスの運転手さんが

消火器を窓から突き出して叫んでいる。

僕は「有難う、もう消えました!」と大きな声で言いながら、

内心、消火器なんか使ったらクルマが台無しになると思っていた!

この頃のスポーツカーのほとんどがウエーバーかソレックスで、

特にダウンドラフト型のヤツは良く火を噴いた。

このイオタも多分、低速走行のときのバックファイアーが原因で、

キャブレターから滲んだガソリンに引火したのだと思う。

多少ほっとした気持ちで注意深くエンジンルームを隅から隅まで、

丁寧に見てみたが不思議なほどナンともない!

それどころか、まったく何事もなかったようなエンジンルーム、

綺麗に並んだ12本のエアーファンネルを見ていて拍子抜けした。

その上、お気に入りの細身の茶色のコートも少し汚れた程度で済んだ。

それでも息子が戻ってきて「わぁ、髪の毛が!」って言われて、

初めて前髪が焦げているのに気が着き、現実に引き戻された。

めでたし、めでたし、だがもし気が着くのがもう少し遅ければ、

どうなっていたことやらと思うと「ゾッ」とする。

それで思い出したが、その当時、笑えるようで笑えない話がある。

プロ・ゴルファーで優勝すれば必ずスーパーカーを乗り換えると言う

有名なトップ・プロがいた。

どこに行くのもスーパーカーで行くらしい!

あるとき京都の東大路通りを、カチカチ山の狸状態で、

後ろから火けむりを上げながらフェラーリ365BBが走っていた。

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周りの人が指をさして騒ぐが、本人は全く気にせずに走っていたと言う。

たぶん自分が有名だから騒いでいるとでも思っていたのだろう!

気が着いたときには手がつけられず、結局全損になったとか!

この手の話をもう一つ、東京からの帰り東名高速を走っていた時、

急に名古屋の手前で大渋滞になった。

暫くすると消防車や救急車がサイレンをならして側道を走って行く。

一緒に乗っていた友人に「絶対スーパーカーが燃えているよ!」と

“当てずっぽう”に僕が言った!

わずか数キロを二時間以上も掛かって現場に近づくと“びっくり”、

本当にクンタックが丸焼けの鉄板だけになっていた。

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コメント

富田さん
おはようございます。さわです。今回もすごい車の話をありがとうございますm(_ _)m

プロゴルファーの話は、幼少時に新聞で見た記憶があります。武庫川沿いではなかったでしょうか?
しかし、やはり割とよく燃えるのですね・・・
知り合いのポルシェも完全燃焼(?)したのですが、やけどを負わずに済みました。ミッドシップやリアエンジンだから走行中は後ろに火が流れるからでしょうか。国産フロントエンジン車で走行中突然ダッシュボード近辺から出火して全身熱傷を負われた方も知っています。

いずれにしても、富田さんと息子さん、おけが無くてよかったです(^^)

投稿: さわ | 2008年1月14日 (月) 09時04分

おはようございます。
そうですか!武庫川ですか、僕の記憶では京都の東大路通りになっているので、いい加減な記憶でですね!

ありがとう、お陰様で二人とも無事でした。
でも、その息子もとうに30才を超えていますよ!

投稿: 富田義一 | 2008年1月15日 (火) 12時12分

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