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2008年1月17日 (木)

クルマお宝話(18) デイトナ・コブラ

次回はなんとかチューニングカーの章にステップしようと考えて
いるのだが、中々そうは行かないので困っている!
だって、次々と頭に浮かぶクルマ達をほったらかしにはできない。

みんな平等に紹介してやりたい!

ミニも2CVもキャトルも、それにモーガンもパンサーもある。
スーパーカーだってまだまだある、ランチア・ストラトスもあるし、
ランボルギーニやフェラ-リで余り知られていないクルマもある。

それに、その頃のアメ車には結構、個性的なクルマが多い!

などと思って、ほざいているから何時までたっても次ぎの章に

進めないので僕は考えた!

そもそも全面的にチューニングカーだけを扱う会社になったのは、
展示場をぶっ壊して「夢工場」をおっ建ててからだ!
このことは次回に、めずらしく真面目に経緯などを詳しく書く積もりだ!

僕が41才の厄年に「夢工場」を建てるまで、
20年近くは、いつも数十台の個性的なクルマ達の展示場だった。
そのいろんなクルマの「安住の地」は京都の金閣寺のすぐ側にあった!
今まで、お宝話で紹介した写真にも何枚か含まれている。

「夢工場」になってから来られた人には想像できないだろうけど!
結構広くて、希少なクルマが色々あったから来た人は楽しかったと思う。

前置きが長くなったが、言いたいことは僕が「41才」になるまでは、
まだまだ色々なクルマを扱っているという事!
だから次ぎの章に進んでも当面はいろんなクルマの事は書けると言う訳!
まぁトミーカイラが始まる迄は「AMG」や「HARTGE」と
平行して楽しいクルマの話しを書いて行きたいと思う!

・・メデタシ、メデタシ。

という訳で、早速ずっと気になっていたクルマを紹介しましょう!
是非とも紹介したいそのクルマはアメリカ製のレーシングカーで、
“デイトナ・コブラ”・・・あの第3回日本グランプリで突然出現した。

1161_2

ドライバーは酒井正氏で、当時の船橋サーキットなどの国内レースで
大活躍した人だ。

もともと手に入れた“コブラ427”が大好きだった僕は、
サーキットではじめて見たデイトナ・コブラに一目ぼれした。

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このデイトナ・コブラは、
当時、世界の「スポーツカー・レース」でフェラーリ250GT
独壇場となっていた状況の中で
打倒フェラーリとして造られたクルマだ。

1163_3

デイトナの名はフロリダ州、デイトナ・スピードウエイでの活躍で
つけられた名前らしい。

1164_2

デザイナーはピート・ブロックで彼はGMでコーベットにも関わり
シェルビーでも活躍をした。


1165_2

その後、日産のアメリカでのレースも手がけている。
彼とは一度だけダットサン(ニッサン)Zのレースのときに会った
事がある。

そんな事でポルシェ904GTSのとき同様、何とか手に入れたいと
アンテナをめぐらせたが簡単にはいかなかった。
何年もたったある日、突然吉報が舞い込んできた。
そんなこんなで、やっと手に入れたクルマだが、
引取りの時など大変でヤッパリ純粋のレーシングカー!

それこそ街で乗るのは大変だった。
一度雑誌の取材で、酒井正氏と対談!
サーキット走行で助手席に乗った事があるが、
やはりコブラ使いは腕っぷしが強くなければとつくづく思った。

最近の情報だがなんと!オークションでデイトナ・コブラに
2億円近い値段が付いたとか!!

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