« クルマお宝話(19)「チューニングカー」の章 | トップページ |  クルマお宝話(21)AMGとTOMMYKAIRA »

2008年1月23日 (水)

 お宝話(20)AMG社に契約に行く!

    

お宝話(19)で「AMG」のことは後日にと書いたが、

話しの流れから言って、引き続きの方が賢明と思うので書いてしまう!

最初にAMGのことを知ったのは、確か自動車誌モーターファンの記事で、

成江淳氏の記事だったと記憶している。

当時の僕は、全ての自動車誌に目を通していたので、

この記事がAMGを最初に紹介した記事だと記憶しているのだが!

その記事の写真を見て驚いたのは大好きなメルセデス300SEL6.3の

物々しいレーシングカーの姿・・・ほとんど“ひと目ぼれ”状態だった!

428HPの大馬力でスパ24時間耐久レース2位・・・と記してあった。

それでなくとも300SEL6.3の、頭がうしろに置いて行かれるほどの

トンデモナイ加速にシビレていたのに!

参った、参った!

最高級セダンとして300SEとSELがあり、

この純然たるセダンに6300ccもの大排気量エンジンを積んだモデルが

300SEL6.3である。

このエンジンはVIP仕様の600プルマンリムジン用のものでアルミブロック、

250HPで0~100kmが6.5秒、当時ポルシェ911より早いと言われた。

当時のクルマはメルセデスといえども車両重量が軽いのでこの馬力で充分なのだ!

最新のAMGモデルが過給機を止めて、NAで6300ccになったのは、

この300SEL6.3のDNAをCIとして確立するのが目的なのだろう!

その頃の僕は、自分のメルセデス350SLにモモのステアリングを付けて、

メッシュのホイールにワイドなタイヤ、タコ足のマニホールドを自製して取付け

得意げに乗り廻していた。

このタコ足の効果は抜群で、レスポンスと加速は著しく向上したと感じた!

その頃京都に、親しい自動車評論家の面々がよく取材に来てくれた。

僕の改造してある350SLを見て、その評論家の面々が口を揃えて

「ベンツはノーマルで乗るクルマだと思うけどな~」・・・・・!

見たいなことを言っていた時代である。

だからこの「AMG」の取材記事は僕の強い味方となったし、

大きな自信も与えてくれたが、同時に世界の広さと凄さも教えてくれた!

「成江淳」はペンネームである!本来はメルセデスの輸入元である

ウエスタン自動車の人で、当時重要な役職に就かれていた方だった。

そこで僕は、取材記事を書いた評論家の成江淳氏にすぐに電話をした!

以前に取材を通して面識があったので、快く話を聞かせてもらったが、

聞けば聞くほど自分の目で確かめたくなり、一刻も早く西ドイツにある

AMG社に行って見たくなった!

すぐに「AMG」に行く為の準備に取り掛かった!

計画としては、近々にルマン24時間レースに童夢チームの一員として

行くことになっていたので、ルマンの帰りに西ドイツに行く事にした。

ロスに住んでいる友人で、当時、童夢USAの社長も兼ねていた金古氏に

「AMG」とのコンタクトをお願いした。

彼は本当に親しい友人で、後にトミーカイラUSAもお願いしたことがある。

今もロスに行けば必ず会う間柄だ!

彼はすぐに欧州で著名なジャーナリストのジャンカルロ・ペリーニ氏に

連絡を取ってくれ「AMG」とのコンタクトを取ってくれた。

そして2ヶ月後のルマン24時間レースの帰りに行く事が決まった!

初対面のペリーニ氏がフランクフルトの空港に金古氏と僕を迎えに

来てくれた時のこと!

優しそうなヒゲズラの紳士で、見慣れないAUDIに乗って空港に来ていた。

金古氏は親しそうに英語でペリーニと再会の儀式を済ますと、

僕に「このクルマは発表前の新型AUDIで路上テストをしている」と言った!

瞬時にAUDIがクアトロの名称で四駆を出すと書いてあった雑誌の記事を

思い出した。

AUDIのリアシートに座ると「シートベルトはした方がいいよ」と言う。

金古氏の顔を見て「飛ばす気かな~」って聞くと、「多分ね」と!

案の定!・・・まるでラリードライバー見たいなペースですっ飛んで行く!

このクルマのトラクションとグリップの良さがかすかに記憶に残っている。

前置きが長くなり過ぎた!・・・AMG社に訪問しよう。

1231

その時の写真の端に81と記号が入っているので間違いなく26年前の写真だ。

僕が36才のとき・・・・・それにしても若いな~!

それに派手なルイヴィトンのアタッシュケース!・・・

レカロの応接セットに座った僕の横にシリンダーヘッドがあるのがナンとも

「AMG」らしい!

1232

契約の交渉は僕が日本語で金古氏に、それを英語でペリーニ氏に伝え、

それをドイツ語でペリーニ氏がAMGの社長アウヒレヒト氏に言う!

(写真右手前から僕、金古、ペリーニの順、写真左がアウヒレヒト)

なにせ26年もまえの話だから細かくは覚えていないが、

契約の詳細は後日、大手の商社を入れてやり取りをしたと思う!

アウヒレヒト氏は地味な感じの少し頑固な工場の親父って感じで、

僕がおみやげに扇子を渡したら極東の端の日本などあまり知らない

らしく珍しがっていろいろ聞いていたように覚えている。

1233

狭くはないがプレハブの工場を隅から隅まで案内してくれた。

1235

その当時のお得意様はアラブと西ドイツが中心だと話してくれた!

1237

1236

1234

帰りは皆でのんびりとラインの川下りをして帰ったようにも記憶しているし、

友達とメルセデス280SEの新車のレンタカーでアウトバーンを旅した

ようにも憶えているのだが!

そんな記憶も、ままならないほど遠い昔の話だ!

|

« クルマお宝話(19)「チューニングカー」の章 | トップページ |  クルマお宝話(21)AMGとTOMMYKAIRA »

1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« クルマお宝話(19)「チューニングカー」の章 | トップページ |  クルマお宝話(21)AMGとTOMMYKAIRA »