« クルマお宝話(13) イタリアお宝さがしの旅III | トップページ | 奇跡の杖(最終回) »

2007年12月26日 (水)

クルマお宝話(14) スーパーカーブーム

カメラを持った子供が少しずつお店に来るようになったのは、
僕が30歳位のときで、その数年後にあのような異常なブーム
になるなんて夢にも思わなかった。

フェラーリ

しかし同時にビジネスとはなにかを教えてくれた。

僕としては「商品を仕入れて売る」それがビジネスだと思い込んでいた。
好きなクルマを懸命に探し、リスクを負って仕入れて、また懸命に売る!

しかしこのブームを取り巻くと言うか、煽ったビジネスは限りない。
テレビ番組から消しゴムまで・・・数え挙げればキリがない!

ディーノ・イオタ・バゲーラ

このブームをビジネスにした人はチャンスと捉え懸命だったと思う。
だけど本筋から外れたところでビジネスが栄えたことは事実で、
当時は複雑な思いをしたが、結果として社会的なブームになった。

僕はたまたま自動車屋でブームの中心にいたから贅沢が言えるのだろう。
でも僕はクルマが好きだから違和感を覚えた。

ランボルギーニ・ハラマ

ここに当時の僕の気持ちが書いてある本があるので紹介したい。
雑誌、ゲンロク2002年10月号に、スーパーカーブームを検証する
特別企画があった。
「仕掛け人の裏話×3」として漫画家の池沢さとし氏、シーサイドモーター
そしてトミタオートが仕掛け人らしいと言う事になり取材を受けた。
大きな企画で3号に渡る特集だった。

それでは雑誌から僕のコメントの部分を紹介させてもらう!


ホンモノのスーパーカー文化を日本人にも
伝えたかった。

「あの異常なまでのブームの盛り上がりを見ていたら、
正直このままでは、スーパーカー本来の魅力が間違った
方向に伝わってしまうと感じましたね」

ランボルギーニ・エスパーダ

スーパーカーブームの西の立役者である、「トミタ
オート」代表(現トミタ夢工場代表取締役社長)の
冨田義一氏は当時の状況をそう振り返る。

「確かに私は、あのブームを巻き起こした仕掛け人の
ひとりかもしれません。ただ、私は子供だましの
“見せ物”としてスーパーカーを日本に紹介したかった
わけではない。私が伝えたかったのは、スーパーカーが
持つ、もっとも本質的な魅力だったんです」

マセラッティ・ボーラ

伝説的なイベント“ラ・カロッツェリア・イタリアーナ”の
仕掛け人でもある冨田氏だが、興業的な要素のみで
語られるスーパーカーブームの在り方に対しては、あまり
よい印象は抱いていなかったという。

「20代の頃、イタリアの有名なカロッツェリアをいくつか
訪れたことがありました。そこでは、職人がほとんど手造り
で自分たちが描く夢のクルマを造っていたわけです。
あれは本当にいい刺激になった。
でも、当時の日本では法制的な意味合いも含めて、
自分の手でスーパーカーを造ることは困難な状況
でした。
日本ではスーパーカーやスポーツカーに秘められて
いる“夢”というものに対する理解、というよりもそう
いった“文化”に対する理解自体が薄かったんですね。

マセラッティ・メラク

だから、ラ・カロッツェリア・イタリアーナでは、ジウジ
アーロまで呼んで、本物のスーパーカー文化という
ものを、日本人にもしっかりと伝えてやろうと考え
たんです」

本物のスーパーカー文化。確かに当時の日本人にとって
それは理解しがたい天上の文化だったのかもしれない。
ただ、冨田氏が仕掛けた一連の“夢”の伝導活動が、
現在の日本における“正しいスーパーカー文化”の礎を
築いたことは間違いない。「トミーカイラ」というブランド
を通して今でも“夢”を発信し続ける冨田氏。次なる
ムーブメントの創造にも期待したい。

デ・トマソ・パンテーラ

○次回は私自身のスーパーカーの思い出話を
 書くつもりです。

|

« クルマお宝話(13) イタリアお宝さがしの旅III | トップページ | 奇跡の杖(最終回) »

1.クルマお宝話」カテゴリの記事

コメント

>ただ、私は子供だましの“見せ物”としてスーパーカー
>を日本に紹介したかったわけではない。私が伝えたか
>ったのは、スーパーカーが持つ、もっとも本質的な魅力
>だったんです

一過性のブームであったことは間違いないでしょうが、あのとき
ブームに乗って(乗せられて?)夢中になった子供の多くが
スーパーカーというよりもクルマの本質的な魅力に取り憑かれた
のも事実です。私もその一人です(笑)。自分にとってまさに
「夢」だったんですよね、あの頃のスーパーカーは。そして今でも。

今の時代のほとんどの子供達が、クルマの絵を書かせると
四角くて大きなミニバンなんだそうです。おもちゃ屋さんで売って
いるラジコンなんかも、ミニバンだらけですし。自分が子供の
頃は、ポルシェやディノのイタズラ書きを教科書に毎日書いて
ましたし、プラモ買ってリアガーニッシュのPORSCHEの綴り
を「ピーオーアールエス…」と必死で覚えたものです。

時代が違うと言ってしまえばそれまでですが、クルマが単なる
移動手段のひとつに過ぎないモノとしてしか子供達に認識され
てないような感じがします。

確かにミニバンのそれ(多くの人を快適に素早く運ぶという)
もまた本来のクルマの本質ではありますが、「何か夢が無いなあ」
と寂しい感じがします。

投稿: 田代@M20b | 2007年12月28日 (金) 04時47分

田代@20bさん

そうですね~!
最近の子供には最早、クルマは夢の対象ではないのでしょう。
でもそれでいいんですよ!
またよろしく。

投稿: 富田義一 | 2007年12月28日 (金) 21時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/47067/17484919

この記事へのトラックバック一覧です: クルマお宝話(14) スーパーカーブーム:

« クルマお宝話(13) イタリアお宝さがしの旅III | トップページ | 奇跡の杖(最終回) »