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2007年12月17日 (月)

クルマお宝話(12) 「イタリア」お宝さがしの旅Ⅱ

1週間の旅と記憶している!

滞在はデザイナー氏の自宅があるミラノのホテルに4日ほどいて、
あとは彼が西ドイツにクルマで案内してくれる事になっていた。

そのミラノのホテルに着いた翌朝のこと!

失礼なことを書くようだが、
その頃のイタリアは泥棒が町中に溢れているから、
くれぐれも気を付けるようにと、事前にチェックした本、
「旅の心得」に詳細に記してあった。

例えば、「ホテルのフロントなどに間違っても
貴重品を預けてはいけない」
「外出するときは必ずお金は全額、
貴重品はすべて身につけて」とあった。

“とくに男性には腹巻を推奨する”と書いてあったのには驚いた!

いまなら信じられないような話だが、当時、僕が読んだ「旅の心得」の
本が間違っていた訳ではない。

僕も“大真面目”で「旅の心得」の教えを守って、
子供のとき以来、見たこともなかった腹巻を買い込んで、
その中に札束をしまい込んで飛行機に乗ったと言う訳!

これが良かった!

デザイナー氏が、時差ボケもあるからと、
気を使って昼前に迎えに来てくれた。

「富田さん、最高に旨いパスタをご馳走するから出かけよう!」
「貴重品はフロントに預けたらいいよ!」とデザイナー氏が。

僕が「本当に大丈夫?」みたいなことを言ったら、
「ここは大事なお客さんを泊める、一番安心なホテルだよ」って!
だけど、したたかな僕は「わかったそうするよ」って言ったけど、
当然!・・・・・腹巻に札束とパスポートを入れたまま出かけた。

イタリアの昼飯はホントにゆっくりで3時間ほどかかった。
昼間からワイン!
普段は昼に酒など飲まないから、フラフラでホテルに帰り着いた。

部屋に入って胃薬を飲もうと、スーツケースをあけて“びっくり”!
薬の入った鞄ごとなくなっていた。

そのころの僕は胃が弱く、顆粒状の胃薬が山ほど入っていたのに!
出掛けにも飲んで行ったから間違いではない。

貴重品はすべて身に着けていたから、大丈夫な筈なのに、
なぜか、とっさに腹巻に手をやって「ホッ!」とした。

翌朝、彼が迎えに来てくれたが、そのことには何も触れなかった。

もはやイタリアンの彼への信頼が、少しだけ薄らいでいたのかも!

「富田さん、今日と明日はディーノとミウラを見に行くからね!」
例の電話で聞いたディーノ5台、ミウラ3台のことだ。

ほんとに、そんなに沢山のクルマが用意出来たのだろうか?と、
ちらっと思った。

イタリアに着いた日も、次の日も結構クルマで走り周ったが、
それらしい自動車屋は一軒も見なかったけど!
一体どこに置いてあるのだろう。

彼のBMWが20分ほど走って、
人通りの少ない清としたところで止まった。

背の低いビルが並んでいる。

「着いたよ、ここにディーノが3台置いてあるから!」と彼が、
「これが自動車屋さん?」って僕が言うと、
「日本と違って屋外にクルマは展示しないよ!」
そんなことをしたら、すぐに盗まれてしまうよ」だって!

倉庫で買付け

だからビルの1Fの倉庫のような建物の中に置いてあると言う。
それも、まるで監獄のような鉄格子が張り巡らされているから驚きだ。

倉庫で買付け

そう言えば彼の事務所のドアロックも凄かった!
機関銃のような音をさせて、鉄のドアに4ヶ所も鍵を掛けていた。

頑丈なドアを押し開いて中に入った。
突然彼がイタリア語で、わめくようにイタリア人に話しかけた。
まるで喧嘩を売っているかのような大きな声で!

何のことはない!
僕が買い主で、日本から来たことを説明しているらしく、
早くクルマを出せ、試乗させろと、まくしたてているのだ!

けっして喧嘩を売っているのではなく、
これぐらいに言わないとテキパキと動いてくれないらしい。

倉庫で買付け

かなり上質なクルマが結構な台数置いてあった。
僕は他のクルマにも興味があるから、
ゆっくり見させてほしいと頼んだ!

やはりフェラーリが多く、当時としては垂涎もののクルマばかりで、
やっとイタリアに来た甲斐があったと思った。

彼としては一刻も早く商談を成立させたかったのだろう!
「そそくさとディーノに乗り込んで、早く試運転に行こう!」と言う。
大好きで、憧れていたディーノ246GTにはじめて乗った!

試運転の途中で彼が「自分で運転してみる?」 って聞いてくれた。
嬉しそうに僕が「うん!」って応えたら、
ほとんど交通量のないところでクルマを止めて、
自分で納得したら決めればいいし、気に入らなければ他にもあるから!
と言ってくれた。

彼は、約束を守って本当にイタリアにまで来た僕に、
1台でも多く試乗させてやりたいと思っていたらしく、
電話で聞いたよりも沢山のクルマを見つけてくれていた。
だから急いでいたのだ!

彼への信頼は一挙に高まった!

ずっと後の話になるが、世界的なジウジアーロやザガード、
ミケロッティーなど、イタリアのカロッツェリアたちを招いて、
日本で最大級のスーパーカーショーを彼と企画した。

彼がイタリアで成功している日本人デザイナーだからこそ、
世界的なカロッツェリアが協力してくれて実現したのだ。

名称は「レ‘カロッツェリア・イタリアーナ」
当時の東京モーターショーと同じ、晴海イベントホールで開催。


Pininfarina Dino Competizione

残念ながら僕はスポンサーが見つからなかったから、
オーガナイザーにはなれなかったけど、大手広告会社が、
テレビ局なども巻き込み盛大に開催した。

その代わり、ランボルギーニ・イオタをはじめ数台出展したし、
特にザガードが一点もののザガード・ホンダを記念として譲ってくれた。

Hondazagard1

ホンダ・ザガード

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